破滅の足音
「会長、一部暴徒がうちにも抗議に参りました」
「そう。それで?」
「は……事前配備された武装警備隊に排除されました。こちら側に怪我人などは御座いません」
ルナは自社で報告を受けていた。
重役達はいずれも顔色が悪い。
「会長……昨今は他社は」
「民衆への迎合は許しません。我が社はあくまで我が社のこれまで通りを貫きなさい。勝手な行動を取る記者や編集長がいるなら飛ばして結構」
無論、テレビに関しても同じように、と告げた。
重役達からすれば、そこを何とかして欲しかったのだろうが、そこをルナは譲るつもりはない。
そして、ルナが譲らない以上、重役達に方針を変える事は出来ない。やったが最後、どれだけ裏に隠れて会長排除の工作をしようが、その時は文字通りの意味で明日の朝日が拝める事を真摯に祈らねばならなくなる事を理解しているからだ。
民衆の暴徒は危険だ。
だが、一見すれば若いように見える会長の意思に反すれば、良くて業界から追放、悪ければ冗談でも何でもなしに葬式が必要になる。どちらが怖ろしいかと言われれば、彼らは即会長を選ぶだろう。大体、彼らが重役の末端に加わって、会長に初めて会ってから一切容姿が変わらない相手を普通の相手だと思う事は彼らには不可能だった。
『会長って正体は竜なんじゃないか?』
というのは重役達の密かなジョークであり、同時に「もしかしたら」と思っている事でもあった。だからこそ、会長が暴徒や、その背後にいる連中に狙われる、という可能性はない訳ではないが、誰もそんなもので会長がどうかなるとは考えてもいなかった。
そして、重役達が肩を落として退席した後、ルナは少し考えていた。
(過熱気味、という処ではないわね)
海の龍王による大船団の粉砕。
これによる死者は膨大な数に上った。
船団全体で見た死者の割合はほぼ一〇〇パーセント、幸運か悪運か、奇跡が味方したのか、僅かに三名だけが後に救助された。船団全てに乗っていた人族の数は一万人を下回る事はないというのは確実だったので仮に下限の一万人と見ても生還率は僅かに〇.〇三パーセントという事になる。実際は更に低くなるだろう。
ただ、生憎、船も何もかも海の藻屑となってしまった上、その海域へと赴いて調査する事も出来ないので、正確な犠牲者数は永遠に不明のままだろう。
この状況に世論がヒートアップした。
ルナ配下のメディア企業群はあくまで冷静な報道に徹し、討論にしても「肯定側に立って答弁してもらう側」と「反対側に立って答弁してもらう側」と規定し、途中で敢えて立場を逆にしたりもしている。これは出演者を守る為でもあるが、同時に出演者達が片方に染まってしまわない為でもある。
なお、極一部の者はその意図が理解出来ず、肯定役になったのに反対ばかり述べている、なんて奴もいた訳だが。
しかし、ルナ配下を除くほとんどのメディアは煽る一方だった。
もっとも、これはルナ配下の最大手メディア企業に対抗する為の手段でもあった。同じ事をやっても勝てないのが分かり切っている以上、その反対方向の番組を制作して、対抗しようという方針だった。
結果から言えば、民衆に訴える、という意味合いでは後者の方が成功していた。もっとも、少しでも冷静な人達や、まともな頭を持つ政治家らはルナの所の報道をあてにしていたのだが、基本、こうした時には頭に血が昇った側が世間一般では目立ち、結果として主導権を握っているように見られる。
冷静な側は騒いだりしないが、冷静でない側はデモを起こしたり、ヒートアップして暴徒となったりするからだ。前者は報道すらされないが、後者はルナの局でさえ報道する。その際、自然と彼らの主張が報道される事になり、報道されない冷静な側の意見と比べると、人々の目に付く度合いが段違いとなる訳だ。
「でも、ねえ」
ガサリと他の会社が出す新聞の一つを手に取る。
「結果を考えない発言は問題ではないかしら?」
そこに踊る文字も写真もいずれも過熱する一方の世論を更に煽るもの。
それに突き上げられた結果、政治家も過激な発言をする勢力が増大する一方。
ただし、反対する勢力を叩き潰せ!みたいな論調は見られない。そこはやはりルナを怖れているのだろう。……ルナは口で喚くだけなら手を出さないが、手を出してきたなら容赦なく反撃する。まあ、口だけなら手を出さないのはルナなりの制限だ。それをある程度上にいる連中は知っているから、そういう煽りはやらない、部下にもやらせない。
結果として、暴力という点では一部暴徒が暴走しての衝突に留まっており、いわば最後の歯止めがかかっている状態だが……。
「長くはもたないでしょうね」
最近、これ以上は拙いと察した政治家や経済の大物の一部が表立っては引退を表明して去り、裏では密かに中央大陸行きの船や航空機に乗り込んでいる。
それはすなわち、過激化する勢力を抑えられる者が着実に減りつつあるという事でもある。分かりやすく言えば、アクセル踏みっぱなしの状況で、暴走を必死に食い止めているブレーキが徐々に緩みつつあるという事を意味する。
「海の知恵ある竜は龍王だけではないのよ?……人族の文明、どれだけ残るかしら?」
そう呟きつつルナは真剣な顔で考え、印をつけていた。
(あそことあそこは危険。そうすると、あそこの料理長は死なせるのは惜しいから何とか脱出させたい所ね……ここは間違っても津波で押し流さないよう海の龍王に念を押しておかないと……ここは厳しいわね。場所だけ保護しても上流から流れる地域が汚染されたら…兄さんに頼んで調整してもらいましょう)
ルナにとって最重要なのが料理とその素材な事に変わりはないのだった。
世界は着々と破滅へと歩みつつあった。
ルナは色々と頭を悩ませてます
ちなみにかつての国々の内、竜信仰の強い旧帝国(現在は立憲君主制の連合帝国)は比較的マシですが、他は大体ヤバいです




