粉砕
多数の漁船と、その周囲を取り囲むように軍艦や大型の客船、自称NGOの船などが航行していた。
無論、そこには多数の記者達も同行している。
彼らはどこかで楽観していた。
『全世界に放送されてるようなこんな状況で、問答無用で攻撃してきたりしないだろう』
『ほとんどは民間人なのに、虐殺とか出来る訳がない』
残念ながらそれは人相手の話だった、という事を彼らは高い授業料を払って思い知る事になった。
「……?おい、ありゃなんだ?」
「うん?何かあったか?」
そんな会話がある先頭にほど近い漁船で交わされたのを機に、あちらこちらでそれに気づいた者達が声を上げだす。
それは巨大だった。
それは長かった。
そして、美しかった。
海と天を繋ぐように優美な胴体がうねり、動いていた。
その相手の名を「海の龍王」という。
そんな海の龍王の行動を、竜神テンペスタも、人の竜王ルナも、そして空も地も氷も止めるつもりはなかった。
そう、彼らは人に比較的甘かったり、共存していたり、寛大な心で眺めていたりと様々だが、それらは無償の愛とは異なるし、無限にある訳でもない。「仏の顔も三度まで」という言葉があるように、バカをやらかせば何時かは怒られる。
海以外の一柱と四体はいずれも彼女の行動を止めるつもりはなかった。
……まあ、やりすぎれば止めるつもりだったが。
『一年も経たずにこれですか』
びくりと全員が体を震わせた。
全員の頭の中に声が響いたからだ。
『まあ今更語る事もないでしょう、あなた達もその覚悟で来たのでしょうし』
呆けていた一同だったが、我に返ると一斉に叫び出した。
「やれるもんならやってみやがれ!」
「こっちは民間人だぞ!」
「このままじゃ食っていけねえんだ!」
「頼む!!もう少し時間と場所をくれ!!」
前者が主に記者やNGO組織のメンバーなどが。
後者が漁師など海で生活の糧を得ていた者達だ。発言内容が異なるのは、やはり生活という切実なものがかかっているかどうか、だろう。しかし。
『反省して、大人しくしていたなら考えもしましょう。ですが、こうも短き間にこの有様では私もさすがに怒ります』
この時点で、ほんの僅かな者達は一瞬、危険を感じた。
だが、そんな一瞬の冷静さもすぐに周囲の興奮に呑み込まれ、消えてゆく。
テレビクルーは興奮したように叫び、記者は特ダネとばかりに撮影する。
騒がしかった声が次の瞬間、一斉に沈黙した。
「え……」
誰もが呆けていた。
水の壁が出現していた。
天に届くのではないかと思わせるような超巨大な波が今まさに、彼らに向かって覆いかぶさろうとしていた。
慌てて、周囲を見た彼らはそこに絶望を見た。
前に水の壁があった。
右に水の壁があった。
左に水の壁があった。
そして、後ろにも水の壁があった。
周囲360度全てから水の壁が押し寄せ、叩き潰そうと崩れ落ちてきていた。逃げ場は、ない。
それに気づいた瞬間、誰もが呆けた顔になり、そして恐怖の表情を浮かべ、絶叫し、てんでんばらばらに船上という限られた場にありながら逃げ出そうとして……次の瞬間、海に呑まれた。
軍艦も巨大な船も何もかも、膨大な水の前に打ち砕かれ、そして沈んでいった。
海の龍王が静かに姿を消した時、そこには僅かな残骸が「ここに船がいたのだ」と知らせるように浮いているだけだった。
という訳で、海の龍王に叩き潰されました
大人しく礼儀を守って行動した上で、何年か経ってのお願いならまだ考えてくれる可能性もゼロではなかったでしょうけどねえ




