戦乱の兆し
あっという間に世界に混乱が起きた。
「やっぱりこうなったか」
それを溜息と共に新聞という形で読んでいるのはルナだった。
表向きの顔として巨大企業の支配者という貌も持つルナは世間一般で超のつく豪邸も複数保有している。今いる建物もその一つだった。
ちなみに、新聞はルナの企業の傘下にあるものだが、ルナは「事実を忠実に、且つ公平に伝える」旨を通達し、これに反した場合はどんな大物でも闇に葬ってきた。
中には別企業や果ては国まで巻き込んで巨大なマスメディア企業を裏から牛耳ろうとした者もいたが、その全てがことごとく行方不明になるわ、そのバックにいた大物まで他国のトップに近い位置にいようが、ルナの会社に負けない規模のトップだろうが忽然と消息を断つという事が続いた為にすっかり誰もが震えあがり、今ではアンタッチャブル的な扱いとなっている。
まあ、それでも時折思い出したように野望を燃え上がらせては人生そのものから脱落する者が出るのだが。
とにかく、そうした行動の結果、公平さでは他を寄せ付けないメディアとして世界に知れ渡るだけの存在となっている訳だが、その一面を飾るのは漁師や船会社らと国との衝突だった。
こんな事になった原因の一つは航路や漁場の割り振りを各国政府が決定した為だ。
つまり、事前に各国政府が喧々諤々の末、取り分を決めて、各船会社や漁師に配分した。
当り前だが、船会社や漁師達にしてみれば「こっちが良かったのに!」という部分が当然出てくる。
例えば、ある二つの漁場があった。
片方の漁場の方が明らかに大きく、大国の政府がそっちを分捕って、小国側には小さな漁場を割り振った訳だが、実はこの漁場、小さな漁場の方が名高い豊かな漁場で、大きな方は獲れない訳ではないが、小さい方と比べれば明らかに劣っていると漁師達は考えていた。
当然と言えば当然だ。
2の広さの漁場と、20の広さの漁場で漁獲高が同じなら当然、移動や魚の群れの捜索において狭い方が楽に決まっている。
燃料費などに関して言えば、移動が激しくなる分、むしろ後者の方が損をする事になる。
結果、当り前だが自分達の意見を聞こうともせず勝手に広さだけで決めた政府に対して漁師達は不満を抱く事になる。
更に、これに船会社も加わった。
こちらも理由は単純だ。航路を実際に利用する船会社から事情を聞こうともせずに勝手に決めたからだ。
これまた非常に当然の話なのだが、一見するとお得に見える航路でも実際は海流の問題で利用されていない効率の悪い航路というものが存在する。
そして、それを知らずに政府要員が勝手に決めた結果、本当に美味しい航路がなくなり、不採算な航路やイマイチな航路が多数含まれている事に船会社は愕然とした。
当然、船会社と漁師、双方は政府に対して激烈な抗議を行った。
更にこれに他の会社まで加わった。
水産会社は当然として、船会社の採算悪化によるコスト上昇を余儀なくされた会社まで多数が含まれていた。
とはいえ、こんな抗議をされても、政府側にも出来る事はない。
何しろ、自国だけで決めた訳ではなく、世界各国で話し合った末に出来上がった現在の形だ。これを決まって早々に覆すという訳にはいかない。国にも面子というものがある。大国が力を背景に無理やり言う事を聞かせるとしても、今回はもう一つ大きな躊躇う要因があった。
そう、海の龍王である。
下手に軍事力を動かして、海を争いの場とした場合どうなるか……。
最悪、海の龍王を今度こそ怒らせて、海を遮断されるのではないか。
そんな怖れが拭えなかった。
そして、そんな事はルナはとっくに承知だった。政府の最上層部の情報であろうと彼女が情報を入手しようと思えば、竜の力を使う必要すらなく日が変わる前に手に入る。
「……結果、企業や漁師の不満は政府へ向かう、か」
そして、ルナは知っていた。
彼らの懸念が決して考えすぎではない事を。
「海君、苛立っていたものね」
ルナは現存する竜王龍王の中では最古参だ。
生きている、という形で見れば母竜含め更に古い王もいるが、それらはいずれも既に眠りについているか、つきかけていて、ほぼ世界に干渉する気がない。
そんな彼女だからこそ、海君などと呼べる訳だが、彼の龍王の人嫌いは筋金入りだ。
ここで、約束を破ったり、争いだしたら……間違いなく、閉鎖に動くだろう。
そうなったら、どうなるか?海運というのは極めて重要な国家にとっての動脈だ。下手をしなくても国の崩壊にさえ繋がりかねないとなれば、一大決戦を挑まざるをえなくなるだろう。そして、消滅して海は完全に閉鎖される……。
説得にするにしても、百年ぐらいは我慢してもらう必要がある、という事になりかねない。
かといって、戦えば人の側に勝ち目なんてなく、かといってルナにせよ空の竜王にせよ海の龍王と喧嘩してまで人の側に立つ気もない。
(戦争起きるかもね)
それも陸と空を舞台にした戦争が。
それは半ば確信めいた思いだった。
政府の側にも急だったから仕方ないだろ!って思いはあります
とはいえ、海を生活や商売の舞台としてる面々からすれば「だからって実際に使う側の話も聞かずに勝手に決めんじゃねえ!」ってなもんです




