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竜に生まれまして  作者: 雷帝
人竜戦争編
163/211

変わる世界8

 北大陸というのは人類にとっては未踏の地だ。

 いや、正確には端っこに短期間上陸したケースは存在しているが、そうした未踏の地を最初に踏破する事に情熱を燃やす冒険家達にとっても北大陸は厳しすぎる土地だったために、まともな調査が行われていない。


 まず、この大陸では液体の水が存在しない。

 何せ、屋外で熱いお茶をカップに注げば、注いでる最中に流れる形のまま凍り付く有様だ。もし、液体の水がどこかにあるとしても分厚い氷の下だろう、というのが研究者達の予想だった。そこなら地熱によってもしかしたら液体の水が存在するかも、という事だったが、そんな極寒の地では生存すら難しい。

 何せ、他の場所でなら十分な防寒着を着ていても呼吸をすれば口の中の水分が凍り付き、数分以内に肺の内部まで凍り付き、呼吸が出来なくなって死ぬ。

 戻ろうにも目玉すら凍り付き、視力すら奪われる。

 したがって、この北大陸ではそれこそ宇宙に出られるレベルの装備が不可欠だ。全身くまなく保護し、外部からの熱を断ち、酸素も水も内蔵したボンベに完全に頼る。動きも制限されるが死ぬよりはマシ、そんな状態で長時間の調査など出来る訳がない。

 中央大陸の魔法使用者達の事が知られるようになった現在、この地には何等かの魔法が作用しているのだろう、と推測されていた。

 だが、そうした異常気象に加えて、この大地には極めて危険な生物が多数生息していた。

 

 亜竜。


 知性などなく、しかし、この異常な極低温に適応した生命体。現在では一般的に「竜ではないけど、通常の生態系とは異なる独自の生態を持つ一定レベル以上の強力な力を持つ生物の総称」だ。

 しかし、しかし、だ。

 世の中、どんな厳しい場所だろうが、どんな危険生物だろうが、それが金になるならやって来る連中は必ずいるのもまた事実だった。


 『よしっ!獲物がかかった!』


 全身を特殊な防護スーツに固めた男がそう通信機に叫んだ。

 中央大陸の狩人達が魔法と自らの肉体で真っ向亜竜に挑むならば、こちらは科学と知恵の搦め手で仕留める。なぜ、そんな事をするかと言えば、答えは簡単。この北大陸の亜竜達は金になるからだった。

 なんといっても希少性があるのが大きい。世の中にはただ希少というだけで大金を払う好事家には事欠かない。そして、こうした人間は「自分が持っていない者を好事家仲間のあいつは持っている!」というだけで、好事家としてのステータスとして自分も欲しがる。

 これがある程度まとまった数が取れるならすぐ出回るだろうが、生憎北大陸での亜竜は早々簡単に数が確保できるようなものではない。

 結果として、年に限られた専門家達が命がけで狩ってきた獲物に多数の人間が群がる。

 何しろ、希少性を求める好事家だけではない。この大陸の亜竜達は美味かった。……無論、こんな危険な地の、危険生物が美味いなんて事を世間に教えたのは他ならぬルナだった。


 例えば、あるすらりとした体躯を持つ蛇のような亜竜がいる。

 この亜竜の肉は冷たい調理が不可欠だ。何せ、煮込んだり炙ったりしようものならその最中に溶けてしまう。

 骨もまた長時間煮込めば跡形もなく溶ける。そんな骨を長時間、他の野菜と共にじっくり煮込んだ上で冷ました冷製スープに下味をつけて寝かせた新鮮な肉を浮かばせると絶品だった。無論、生の肉を使う性質上、新鮮な素材である事は不可欠だが、この肉には傷みだしても溶けるという性質を持つ為、非常に分かりやすい。

 また、半ば透き通った肉は見た目にも実に美しい。

 

 また別の亜竜は硬い甲殻を持つが、こちらはまるで赤身肉のような色合いをしている。

 先程の亜竜とは逆に、こちらはしっかりと熱を通す必要があるのだが、高い火力で焼けば焦げてしまうどころか燃え上がってしまう程で、長時間蒸し上げるか、じっくり煮込むか、或いはオーブンで焼き上げるか……とにかく手間が必要だ。何せ、調理には最低一週間はかかるとされている。

 熱を通しやすくする為に、と薄く切るとふにゃふにゃになって歯応えも何もなくなって旨味がごっそり消えてしまう為、ある程度塊で処置を行わねばならないのが困った所だ。

 そんな手間をかけて食うこちらはぷりぷりの歯応えと、噛んだ瞬間に溢れ出すしつこさの全くない肉汁、濃厚な旨味から少々マナーには欠けるかもしれないが、塊でかぶりつくのが一番だとされている。


 かと思えば、ある鳥のような亜竜の肉質は煮てよし、焼いてよし、蒸してよし、と非常に調理しやすいし、保存もしやすい。

 しかし、この肉にはある特徴があり、全体的に赤味がかかっているのだが、このほんの僅かな濃淡の差が辛味の差を生む。

 淡い場所はほんのりとした辛味である反面、濃い部分は非常に辛い。それらが入り混じって存在している。

 この為、肉質のわずかな差を見極めるのはこの肉を調理する際の必須事項。

 見極めを失敗すれば、繊細な料理は極悪なまでの辛味で台無しになり、逆に辛味を活かすはずの料理は駄作に落ちる。それを見分けるのは正に料理人の腕次第。名ばかりの虚栄の料理人ならばまともな料理は出来ず、逆に無名でも本物ならば一つの肉から異なる素晴らしい料理が生まれる。

 

 そんなルナが狩った亜竜を祖霊の一人が懇願して一部を譲り受け、分析に回した結果、例えば希少な薬効が製薬会社によって発見されていたり、ファッション界で一部が用いられたりと現在の北大陸の亜竜には莫大な需要が存在している。

 そして、それゆえに北大陸の価値は上がる事はあっても下がる事などなく、けれども過酷極まる北大陸の気象の前には一攫千金を狙って上陸しようとする身の程知らずでは生還などありえず、中には軍隊を送った国さえあったが全てが消息を絶った。

 ハンター達からすれば「極寒の中で武器が凍り付いてまともに機能しなかったんだろ」という事になる。

 ここを狩場とする者達は中央大陸とは異なるが、彼らもまた超一流の、限定的ながらも、この地を知り尽くしたハンター達だった。

 

 『仕掛けを動かせ!!』


 今回狙った獲物は大型の四つ足蜥蜴型。

 この地に生きる生物らしく全身白く、ふと目を逸らすと見失いかねないが、さすがに熱までは隠せない。

 強力な毒を持つ生物だが、この毒にこれまで不治の病とされてきた病気の治療薬となる可能性が大きくなった。これまで聖竜教の聖なる泉(テンペスタの竜の庭園から湧き出る泉)ぐらいしか完治の希望がなかったそれに、聖なる泉ほど劇的な効果はないにせよ治癒の可能性が出たという話は大きく、こうしてハンター達が医療業界からの依頼を受けて複数のチームでやってきたのだった。

 そうして、今。

 全チームをまとめるリーダー役の指示で仕掛けが起動し、蜥蜴亜竜が大型の網によって囲われる。

 それを察した蜥蜴亜竜は即座に周囲に毒を散布、腐食性のこの毒は接近時に浴びれば、この大陸専用の防護服でも腐食させ、結果、一旦毒混じりの外気に内部の人が触れればまず助からない。

 ただし、理解していれば対処のしようもある。

 例えば、この網。この網自体は耐寒性こそ重視されているが、耐久性はそこまでたいしたものではない。実の所、この蜥蜴亜竜がお構いなしに突っ込めば、問題なく破れるレベルだ。

 だが、毒を武器とするこの亜竜は毒に頼りがちなのか、何かしら異常を感じ取ると足を止めて、毒を放出する。逆に言えば、何かしら常と違う事を起こせば、この蜥蜴亜竜の足を確実に止めさせる事が出来る、という事でもある。 

 

 ぎゅりいいいいいいいっ!?


 そうして、足を止めると分かっていれば罠も仕掛ける事が出来る。

 この蜥蜴亜竜は確かに周囲に毒を撒くが、全方位に向かって放つ訳ではない。表皮の普段閉じられた孔から放出するか、それとも口から放つかだ。そうして、毒が散布されない絶対的な死角が存在する。

 そうなれば後は簡単。その絶対的な死角、腹から攻撃する罠を仕掛けておけばいい。柔らかな腹部から仕掛けが飛び出し、突き刺さる!

 ……これだけ聞けば簡単な仕事に思えるだろうが、極寒の中、重たい全身を保護する装備を身に着け、それらが故障したら即命に関わる恐怖の中、保護色の亜竜達を探し出し、場所から奴らの動きを予測して罠を仕掛け、目標を誘導して罠にかける。重労働に耐えるだけの体力が不可欠だが、それだけではなく、対象に関する知識、観察力に精神力など様々なものが要求される。それらを超えた末に、こうして楽に獲物を狩れたかのような光景が見られる訳だ。

 

 『……ようし、もう大丈夫そうだな』

 『……こちらも確認した。熱低下中、仕留めたぜ!』

 『こちらも確認した。オーケーだ』


 念の為、複数のチームで複数回確認した上で、毒が薄まるのを待って回収作業に入る。

 今回は犠牲者を出す事もなく、しかも割合短期に狙いの獲物を発見できた事もあって、皆疲れながらも明るい声で作業していた。そんな中、一人が「んん?」と疑問の声を上げた。


 『どうした?』

 『いや、今、普通のスーツ姿の女がちょっと離れた所を歩いてたような……』

 『『『『『はあ!?』』』』』


 全員が呆れたような声を上げた。

 

 『おいおい、ここをどこだと思ってんだ?』

 『見間違いってレベルじゃねえぞ。疲れてんのか?』

 『そんなに女に飢えてんのかよ……幻覚が見えてきたってヤバいもんじゃねえぞ』

 『だよなあ……やべえ、俺思った以上に疲労溜まってんだな』


 こんな所をスーツ姿で歩けば、三歩と歩かない内にあの世逝きだ。だからこそ、ありえない、と断じた彼らは声を上げた仲間をからかいながら作業を進めるのだった。 

もちろん、歩いてたのは……

いたのは彼女だけではありませんでしたが、そちらは気づきませんでした

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