第十二話:大嵐龍王
ワールドネイションより先に区切りが良い所まで書けたので先にアップ
今回はちょっと短め
早くワールドネイションも仕上げねば
島を飛び立ったテンペスタはそのまま一気に加速……したりはしなかった。
周囲を確認した際、彼の知覚は確かに人の気配を島から感じる事はなかった。新たに流れ着いたと思われる船の残骸はあれど、生きた人間の存在は一つたりとも存在しなかったが、それはイコールで生命の気配を感じなかったという訳ではない。
小さな生命は多数いた。
けれど、それらを圧する巨大な気配が一つ。
それがテンペスタから飛び去るという選択肢を消した理由。
単なる巨大な気配というのならば分かる。一度だけだがキアラとテンペスタはテンペスタの母以外の竜王と出会った事があった。
それは元々は冒険者として受けた依頼での出来事だった。
開拓村から順調に拡大して現在では街と呼ばれる規模となったある地において、ある時ある場所から急に森に入れなくなった、原因を探って可能ならば解決を、というものだった。彼らは森を切り開いて農地を開発していった街としては更に農地を広げる為に森を切り開きたかったのだ。
到着したそこで待っていたのは極めて強力な幻による結界。
真っ直ぐ歩いているつもりでも幻によって進行方向をずらされ、気付けば森の外へと出ている有様。では、とばかりに森の入り口近辺の木々を切り倒そうとしても幻によって距離感を狂わされて空振りするぐらいなら可愛いもの、果ては自分の足に向かって斧を打ち込む者すらいる有様だった。
その森の深奥で出会ったのが一体の竜王。
地と風の属性を持つ遥か古来より生き続ける偉大な竜王だった。
話を聞いてみれば何の事はない、開拓村の初代との契約に基づいての行動、ただそれだけだった。
開拓村が現在の街の規模になるまで百年以上の月日が過ぎていた。
かつて、「ここまでは人の領域として、ここから先は獣の領域」と定めた境界線、ほんの百年余の間に人の間ではそれは忘れ去られ、街へと規模が拡大するにつれて加速度的に拡大した農地は遂にかつて約定を交わした境界線に達していたのだった。
竜王との契約は人と人が交わす国家間条約と同じものと国家からは認識され、扱われる。何故なら国としても竜王とやりあうなどしたくはなく、また竜王というのは約束を守る。逆にこちらが約束を破れば竜王も好き勝手に動けるようになるという事であり、その場合まず間違いなく人の側が逃げ出す羽目に陥る。これもまた人が長年の間に学んだ知恵だった。
何が言いたいかと言えば、竜王と正式に結ばれた契約である限り、国はこの街の拡大に手を貸してはくれない、という事だ。無論、貴族だの騎士団だのも同じ事。傭兵団なんて竜王に喧嘩売るなんて話を聞いた時点で即行逃げ出す。
何故そんな事を言うかといえば、実は街の領主含めた有力者達が「何とか竜王を排除できないか」と企みを巡らせていた為だ。
街の領主達は森に入れなくなると同時に原因を実地だけでなく文献でも探り、その結果竜王との契約を既に発見していた。だが、それに従えばこれ以上街は拡大出来ないという事になる。反対側は既存の領地と既に接しており、領地を拡大するには森を切り開き、更にその先の山にあるとされる鉱物資源を得るしかなかったからだ。
そこでそれを隠し、何も知らぬ振りをして冒険者を雇っていた訳だ。これはなまじ強大な竜王の領域であった為に他の竜が近寄らず、竜王の下で暮らすような竜は竜王の引いた境界線に近寄ろうとしなかった為に長らく彼らが竜というものの強大さを知らず、平穏に慣れていた事が大きかった、らしい。結果として知らないからこそ、竜を単なる蜥蜴ではないか、と侮り、けれどまともに依頼を出せば竜という名だけで依頼金が高まる事を知って、隠蔽して依頼を行うという姑息な真似をしていたのだった。
本来ならば、「契約は破られた」と看做されてとっくに竜王の怒りを買っていてもおかしくない状況だった。その時の一件を企んだ領主達は事態を甘く見ていたようだが、もしそうなっていればこの街そのものが住人ごと地上から消えていただろう。
幸いだったのは、相手が長く、本当に長く生きた穏やかな竜王だった事だ。
竜王には明確な寿命はない。ないのだが、自然と共に長く生きる事でやがては彼らは自然そのものとなってゆく。
やがては肉体に宿る意志そのものが自然と一体化し、自我に相当する部分が実質的な消滅を迎える。それが竜王の死だ。
それはすなわち、長く生きた竜王程、気が長いものが多い、という事でもある。……まあ、長く生きてても短気なのだっている、らしいのだが。
とにかく、その気長な性格に加えて、相手を脅威と思っていなかった事が幸いして契約を破ったと看做されていなかったのだった。テンペスタ達が会えたのも、知恵ある竜の気配に気付いた向こうが招いてくれたからこそ、だった。あの時はテンペスタも経験豊富な竜王の老練な技術の織り成す技に見惚れたものだった。なにせ、招かれた時、竜王のすぐ前に着陸しながら彼の竜王が幻術を解くまで目の前にいる事に微塵も感じさせなかったのだから……。テンペスタが魔法というものに嵌ったのはその出会いがきっかけだったと言っても過言ではない。
結果から言えば、テンペスタの報告によってこの竜王との契約の詳細が明らかになった。
領主にはその記録は残っていなかったのか?と調査が入ったのだが……ここで企みがばれた結果、この領主は王国上層部の怒りを買い、更に周辺の貴族達からも怒りを買い、領主とその取り巻きは処刑の上、お家取り潰しとなってしまう訳だが……。
その時の記憶がテンペスタに訴える。
この気配が竜王のものである事、そして……。
(あの竜王より大きい……な)
老練な竜王は巨大な力の塊であり、母よりも巨大な存在だった。
だが、今感じる気配は……それより更に大きい。
よく考えてみれば、この地は不思議な土地ではあった。常に嵐に閉ざされて続ける島、荒天が多いとかそういうレベルではなく常に、だ。僅かに波が穏やかになる瞬間すらなく、暴風が吹き荒れ続ける。それも一年二年ではなく何年も何年も……そう、テンペスタが生まれてから数十年、一日たりとも止む事なく……。
しかし、竜王の巣であったならば納得がいく。
そう判断しつつ、どこか惹かれるその気配に会うべく嵐の只中へと突っ込んだテンペスタだったが……。
『っ!?いきなりかっ!!』
突入するなり、風による一撃が飛来した。
それを咄嗟に体を捻って回避する。通常の鳥には無理な回避、そもそもこの暴風吹き荒れる嵐の中を鳥が飛べるかはさておき、風の属性を持つテンペスタをしてかろうじての回避となったのは別段、嵐で体の動きが鈍ったからではない。緊急回避を行う段になって気付いた事だが……余りにも自然に嵐の風の中に竜の力が混じっていたからだ。
他の竜の力が混じっていたが故に、相手からの攻撃はそれに紛れて近くに来るまで気付けず、おまけに回避時に咄嗟に風の属性を使おうとした為に回避行動にも支障が出た結果だった。
この時点で既に違和感はあった。
だが、そんな思考を許さぬとばかりに連続した攻撃が襲い来る。
回避。
その回避した先に更に一撃。
それも回避、した先に出現する一撃。先の先に放たれた先読みの一手。
追い込まれた、そう理解した瞬間に直撃が来る。
『う!』
ゴン!と殴れられたような重み。
まただ、とテンペスタの中で違和感が強まる。
(何故本気を出してこない?)
それだ。
これだけ一体化する程にこの地の風を支配し、その支配下に置き、共にあるのならば、テンペスタが風の属性を利用しようとした所で妨害は容易だったはず。
そしてそれは攻撃も同じだ。
攻撃も本気ならばもっと分かりにくいはず。最初の把握が遅れた原因が竜の力が周囲に満ちていたからであったように、それを利用すればもっと楽にこちらへと攻撃を命中させる事が出来たはず。その後の先読みの一撃にしても間違いなくもっと攻撃力が上の一撃を叩き込む事も出来たはず……もし、そうしていれば、今頃テンペスタは落ちていたかもしれない。
となると……。
(追い払えればいい、別に撃墜する意志はない、そういう事か?)
だが、試しにとばかりにテンペスタが嵐の外へ抜けようとすれば再び一撃が襲って来る。
……巧妙な事に大気そのものを操作し、外縁部からの攻撃でテンペスタを内側へと押さえ込む。まるで嵐の中から出さぬ、とばかりに……属性を持たない場合は論外として、属性を持つ竜であったとしても火や地の属性しか持たぬ竜であれば、やがては疲労と空腹から墜落もするだろう。
だが、テンペスタは全属性を持つ竜。当然、その中には風と水も含まれ、この嵐の中であっても必要なだけ取り込む事の出来る属性が体力と疲労を回復し、飛び続ける事を可能とする。
同じ風の属性を持つ相手がそれに気付いていないとも思えない。
(分からん)
一体何がしたい。
風以外の属性を用いる事で回避を容易にした。
とはいえ、探知は未だ紛らわしい状態が続いている為に難しい。どうしても直前の探知になってしまう。
反撃は、しない。
小さい頃なら苛立ちに任せて行ったかもしれないが、今それを行っても無駄な事は十分理解出来るぐらいには大人になったつもりだ。
だから、今は探知と回避に専念する。
『……力の集中する場所、おそらくはこの地の竜王がいると思われる場所に誘導するでもなく、かといって追い払うでもなく、けれども弄ぶにしては何かが違う……』
弄ぶつもりならば、「当っても構わぬ」「死んだらそれまでよ」ぐらいのつもりで攻撃を放ってきてもおかしくない。
だが、この相手はそうではない。
きっちりと回避ギリギリ、攻撃を受けても本当の意味でダメージにならないようきっちり計算されている。実に手がこんでいるというか、手間がかかっているというか……。
『むう……どう思う、キア……』
そう名前を呼びかけて……。
『そうだった』
首だけ捻って見た自身の背中に人影はなく。
『……もう、いないんだったな』
それが嫌でも現実をテンペスタに思い出させた。
思わず、といった風情で思い出に浸りかけたテンペスタを直撃した一撃が現実に引き戻した。
と、同時にテンペスタを一気に不機嫌にさせる。
(思い出に浸る時間すら与えられんか!)
むかっとしたのが一つ。
相手の力の質が見えてきたのが一つ。
……おそらく、本当の意味での切り札、こちらに大怪我を負わせるような、下手すれば命を奪うような攻撃はまだまだ隠されているのだろうが……それは使う気がないのだろう。
それならば、強引に突破してしまうのが良い。とはいえ、このままではそれも無理だ。実に巧妙且つ先程みたいな事がない限り感心しているぐらいの精密さで、強引に突破しようとすると飛行の向きを変えられてしまうのだ。しかし……。
飛行するテンペスタの周囲の雨の動きが変わった。
これまで風任せに動いていた叩きつけるような雨は急速にテンペスタの周囲へと集ってゆく。
そう、飛行しながらテンペスタの周囲へと集う水が巨大な球体を形成してゆくのだ。
そうはさせじ、とばかりに風の属性を用いての雷が放たれるが……。
実の所、水自体は電気を通す訳ではない。所謂純水、正確には超純水と呼ばれる徹底的に不純物を取り除かれた水は雷をその表面で弾き、内部へと通さない。
テンペスタが現在行っているのは、相手の力があくまで風の属性に基づいたものであるという認識の下での行動だ。水の属性を用いて雨を構成する水分を集める。一滴一滴は少なくともこれだけの嵐であれば十分過ぎる水分が集まる。そもそもここは海上、必要なら低空へと降りれば必要量は集まる。
無論、それだけでは不純物が大量に混じる事になるが、地の属性を用いてそうした不純物は弾き、水のみを集めてゆく。
みるみる間に半径百メートルを超える水の球体が形成され、そのまま一気に加速する。
ガボン、ガボンと音を立てて風の一撃が水球を打ち付けるが、それらには先程までのテンペスタの体を直接打つ事によって為しえた精密な方向制御は行われていない。それがますますテンペスタに確信を抱かせる。
(やはり、慣れていない)
雨水を通して、ならば可能なのだろう。
だが、竜の力によって集められた水球を突破しての手加減は余り経験がない、と判断する。場所柄、水竜が紛れ込んで来たりする可能性はあるのにそれ、という事はそうした相手を対象とした手加減を普段は行っていない、テンペスタに対して行っているのが特別なのだ、という事を確信させるには十分だった。
殺すつもりで放つ場合は強めの攻撃を放てばいいだけだが、大きな怪我はさせないよう細心の注意を払っての攻撃では相手の防御とこちらの攻撃の度合いを見極めて放たねばならない。
(確かめさせてもらうぞ、正体を!!)
しかし、それでもその内相手は何らかの手段を思いつくかもしれない。
何しろ、テンペスタは所詮竜としてはまだまだ若輩者でしかない。異界の知識、というデータバンクを持つ事で経験の不足を補ってはいるものの、この世界と異界はまた異なる世界。それ故に細かな点から大きな点に至るまで幾つもの違いがあり、結果として異界の知識が役立たない部分、こちらの世界独特の現象を用いた攻撃手段などもある為に経験豊富な竜王の動きを想定する事は容易な事ではない。
そもそも、現状においてさえテンペスタは未だ相手の姿を捕捉する事さえ出来ていないのに、相手はテンペスタを完璧に捕え、攻撃をかけてきているのだ。如何にここにいる時間において向こうの方が圧倒的に長く、おそらくはこの地が空中に生じた【竜の庭園】であるとはいえ、既にその時点で生死をかけた勝負、という意味では敗北しているのだ。
超純水による水球を纏ったまま加速し、更に地属性の力を用いて進行方向へと「墜ちて行く」事によって更なる加速をかける。
そして次の瞬間。
(抜けた!!)
圧倒的な力の気配を感じる方向へと進んでいった時、ある瞬間にテンペスタはそれを感じた。
……そこは静謐な空間。
おそらく、いや、間違いなくこここそがこの地を支配する竜王の【竜の庭園】。
その外側の嵐吹き荒れる地とは打って変わって、淡い光に包まれた巨大な球状空間……そう、直径は1キロはあるであろうその空間。最初に突入した時、テンペスタはその球体表面に幾本もの紐が走っているように
見えた。
だが、違う……。
その広大な球体表面に這うように伸びているのは体だった。
……恐ろしく長大な竜の体。蛇を思わせる長い胴体が巨大な球体表面に這うように縦横無尽に走り、頭部が球体中央に天空から垂れ下がるような形であった。
いや、頭部を含めた中央にとぐろを巻いているような部分だけでも通常の竜王に匹敵するであろう恐ろしく巨大な竜王だった。
体表面に纏っていた水も気付けば消えていた。
おそらく、彼の竜王の【竜の庭園】内部へと入った事で、より微細な力を揮う事が出来るようになり、結果どうやったか分からない内に水を取り除かれてしまったのだろう、そうテンペスタは推測した。
思わず、といった感じで空中で急停止したテンペスタ。
そこへ声がかかる。
「ようこそ、我が領域へ」
それだけの言葉であったが、荘厳かつ重厚。
そうとしか言いようのない響きであり、長く生きた竜のみが持つ威厳に満ち溢れていた。
が……その直後。
「そして、はじめまして!パパだよ、息子よ!!」
正に一転。
そう言える程に明るく楽しそうな声へと変わった。
先程までは顰め面というか、重々しい表情をしていた、と同じ竜だからこそ分かった表情をしていたのだが、それが一気にでれっとした笑顔に変わる。
正に、『職場では険しい顔をした謹厳実直な老人が、孫を前にでれでれとなった』というのが相応しい変貌ぶりだった。
その余りの変化と、掛けられた言葉の意味が咄嗟に理解出来ず、唖然としていたテンペスタはたっぷりと時間が過ぎてから……。
『………は?』
そんな間の抜けた声を洩らしたのだった。
そして、これが……父であり、最古の竜王の一体である「大嵐龍王」その人、ではないその龍との出会いだった。
誤字修正しました
…質量は慣性質量と重力質量……むう、とりあえずは少し修正したのでこれがご勘弁を
今回より成竜編
ここまでサクサク書き進める事が出来たので、先にアップ
ワールドネイションも一部てこずりながらも進んでおりますのでもうしばらくお待ち下さい




