祖霊達
「竜王の一体が動き出したようだ」
ざわり、と空気が動いた。
「面倒な。火同様、大人しく引き籠っていればいいものを」
「それでどれだ。氷か、風か、それとも水か?」
「地だ」
「地か。一体何が目的だ」
敢えて明かりを落とし、薄暗いそこに集まる者達はいずれも【祖霊】と呼ばれる存在達。
故に彼らは簡単にこの場を「祖霊会議」と呼んでいる。
この場にいるのはいずれもその好奇心を人の世界の政治や経済、宗教といった分野に向けた【祖霊】達。それぞれの活動が、別の【祖霊】の活動に対して影響を与える可能性のある【祖霊】達であり、互いの活動が妙な影響を世界に及ぼさないよう何かしら動く際は事前に話をつけておく為の場だ。
そうした目的の為、そこまで大きな影響を与えない活動をしている【祖霊】達はこの会議の存在を知ってはいるが、基本的には参加しない。
例えば、ルナのような食、中央大陸にいた遊戯、或いは芸術、研究、医療、釣りに読書、執筆などだ。ただし、大きな影響を与えるような研究成果や発見を行ってしまった時には一時的に参加もするし、また大規模なものであった場合、協力を求めて参加する者がいる時もある。
世界に与える影響は巨大なものがあるが、この場は根本的な部分は【祖霊】同士の互助会だからだ。
重要な事だが、【祖霊】達は竜王に対して敬意など抱いていない。
彼らが敬意を抱くのは竜神、始祖、そして互いの好奇心に対してのみだ。
竜神に対してはその圧倒的な力、この星の管理者への敬意。
彼らは人と異なり、その膨大な属性や力のほどを理解出来る。自分達が束になっても敵わない、圧倒的な力。それが世界を管理しているのを本能的な部分で理解しているからこその敬意であり、畏怖であり、そして恐怖でもある。だからこそ、彼らは竜神がもしも協力を求めて来たならば、全面的な協力を行う事を竜神当人に対して誓っている。
何故なら、竜神がそれを必要とする時は彼らの活動自体にも大きな影響を与えるような大規模な事例の時だと理解出来ているからだ。
始祖に対しては全ての【祖霊】達に今の道を示してくれた事への敬意。
こちらは協力を求められたとしても必ずしも協力するとは限らないが、最初の【祖霊】とでも呼ぶべき存在故にその力もまた強く、また自身の好奇心を邪魔、妨害する者に対しては容赦しない。もっともそれは他の【祖霊】も理解していて、ある【祖霊】が暴走した挙句に他の【祖霊】にも多大な影響を及ぼした際には始祖がその【祖霊】を叩きのめすのに協力したぐらいだ。
そう、彼らが始祖に対して敬意を示す最大の理由は自身の好奇心の赴くままに突き進んでいるからこそ、その生き方に敬意を払う。
逆に言えば、竜王や龍王は彼らにとっては同格の存在であり、決して崇拝するような対象ではない。
無論、人族の一部が彼らを崇拝しているのは理解している。
しかし、竜王というものは総じて巨体だ。つまり、どうあっても目立つ。
「……やはり竜神様に話を通して、人の領域外で活動してもらうようにすべきではないか?」
「しかし、地は竜神様に近いとも言うぞ?なにせ、そのお膝元で活動してきたからな……」
「むう」
消すにしても面倒だ。
おそらく、【祖霊】の中でも武闘派の面々を動かせば(格闘技や軍事に対して好奇心を発揮した面々)、【祖霊】自身が器の関係で一対一では竜王との戦闘は厳しいとはいえ十分に勝機はある。あるのだが……戦闘が派手なものとなるのは避けられない上、竜王を通常の手段で殺せると人族が勘違いするのも拙い。
下手をすれば第二次人竜戦争の開幕だ。
「そうなれば、おちおち経済で遊ぶ事も出来ん」
「政治も軍事方面一色になってしまうからな……つまらん」
「全面戦争となれば宗教も対立が厳しくなるでしょうなあ……聖竜教なぞ下手をすれば弾圧の対象です」
しばらく考えていた一同だったが、一人がポツリと言った。
「……やはり、地の竜王がどう動くのかをまず見極めるしかなかろう。それが分からねばどうにもならん」
「正論だな。推測で動くにも限界がある」
「……問題は、だ。誰が確認に行くのだ」
ここにいる面々は忙しい。
かといって、【祖霊】というのはいずれも自分の趣味、好奇心の赴くままに生きている連中ばかりだ。そして、互いの好奇心を尊重する以上、誰かに押し付ける事も出来ない。
人族の部下はいるが、中央大陸に行くまでならともかく、地の竜王や竜神に会うのは到底不可能だ。
「貴殿はどうだ?」
「いやいや、今の情勢ではとてもとても……そちらこそ」
「や、こちらも厄介な事を抱えておりましてな……」
なので、こうなるのがオチではあった。
故に祖霊会議、その別名を愚痴会という。
結局最後はいつもの如く、「こっちに火の粉が来そうになったら協力するって事で」と先送りを決める一同だった。
Q:祖霊ってそんなに一杯いるの?
A:長々と生きていて、影響はでかいですが数そのものは総数で20~30(ルナ含む)程度です




