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花園の反逆者  作者: 青野海鳥


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03:人内魔境

「……というわけじゃ、わしはお前に対して一方的に理不尽を押し付けた。殺されても文句は言えないほどのな」

「でも私は生きてるよ? 任務を遂行するのが第一だったんじゃないの?」


 今まで知らなかった事実を聞いてミカドは驚いたが、同時に不思議でもあった。その話の流れで行けば、ミカドは今頃とっくに死んでいたはずだ。


「任務は遂行した。皇博士およびデータの確保、可能であれば素体……つまりお前を破壊することだ。研究施設とデータ、そして皇博士は国に引き渡した。その時は間違いなく殺すつもりだったのだ」

「破壊は不可能と判断し、手加減をしたという事ですか?」


 アレックスが質問するが、師匠は首を振った。


「いや、子供なら即死する電撃を撃ち込んだ。だがミカドは生きていたのだ。皇博士は自分を素体に身体能力も限界まで改造していたのだろう。つまり、ミカドは古代人の遺伝子を持った進化系……古代式未来人とでも言うべきかな」

「言うべきかな、とか言われても」


 いきなり大量の情報を叩きこまれたミカドは目を白黒させていた。自分が実は男で、しかも作られた存在であると言われてもピンとこないのは無理もない。


「お前自身は間違いなく女だが、体内に男の遺伝子を持っている。お前が子を成せばその因子は受け継がれる……つまり、その子が男児となる可能性がある。この世界で滅ぼした命を産み出す力があるのだよ」

「うーん……全然分からない」


 ミカドは困ったように頬を掻いた。今まで一度も病気をしたことも無いし、ケガをしてもすぐに回復はしたので頑丈な人間だとは思っていたが、そんな特殊技能があるとは夢にも思わなかった。


 そもそも、この島には父と自分以外の人間はいないのだから、子を産むも何もない。その考えを見通したかのように、父はミカドを見つめた。


「十五歳になった誕生日プレゼントだ。手を出すがいい」


 訳も分からずミカドが手を差し出すと、父はどこからか無色透明なあめ玉くらいの大きさの球体を取り出し、ミカドの手の平の上に置いた。


「何これ? あめ玉?」

「それはわしが生きていたころに使っていた任務用の生体IDデバイスじゃ。全権をお前に譲渡する」


 父がそう宣言した瞬間、透明な玉は光の粒子となり、ミカドの手のひらに吸い込まれていった。


「消えちゃった!?」

「お前の細胞に取り込まれたのだ。必要であればいつでも具現化できる。そのデバイスにはわしがこれまで貯めこんだ資産、そして国民IDが丸ごと入っている。これでお前は、この世界で生きていける権利を得たのだ。この島を出て自由に暮らすがいい」

「いやいや! ちょ、ちょっと待って父さん! いきなりそんな事言われても! 第一、父さんはまだ生きてるじゃない!」


 ミカドは思わず立ち上がり、父の肩を掴んだ。今の状況が全く分からないし、島を出ていけと言われるのはさすがに予想外だ。


「わしの仕事はいつ死んでもおかしくない仕事ばかりだったからな。お前をこの島に匿ってしばらくして、わしは『事故死』したのじゃよ。そのデバイスはそれと同時に失われたように細工をした。もともと機密情報の塊だからな。エージェンが死んだ瞬間に消えるようになっている」

「しかし、じじ……師匠はそのまま持っていた。死んだのなら消えるはずでは?」

「わしを誰だと思っている? 誰も付き留められなかった皇博士の研究を暴いたのだぞ? その程度の小細工できんでどうする」


 二人にとっての師匠は、あどけない顔に不敵な笑みを浮かべる。


「そのデバイスは電子社会において必須のものだ。人の街に行けば、自動的にお前が望むものを手に入れられるだろう。それに、わしが教えられる技術や知識はほぼ全てお前に伝授した。もうこの老いぼれに縛られる必要はない」

「でも、こんなに幼衰(ようすい)が進んでちゃ、一人になったら生きていけないよ」


 ミカドは泣き出しそうな表情で、この十年ほどで老いて若々しくなってしまった父である幼女を眺めた。文章が意味不明だが、これが未来の『老い』なのだ。


 幼衰とは老衰の逆バージョンだ。今の女性はいつまでも若く美しい姿を保てるよう、ある一定の段階まで成長すると、今度は逆に若返っていくように細胞が動き出す。だから、若返りすぎないように定期的にアンプルを摂取をするのだ。


 だが、ミカドを育てるために自分を殺し、エノシマに隠遁(いんとん)生活をした父は、その間全くアンプルを手に入れていない、その結果、長身のエージェントだった彼女は、今はもう子供のようになっている。


 このまま症状が進行すれば、いずれ完全な赤ん坊になってしまうだろう。脳と体が縮み、今まで出来ていたことが出来なくなる。その点では老衰となんら変わりない。


「わしの事は気にするな。もともと、わしはお前を平気で殺そうとした人間なのだ。だが、わしにも人の情とやらが残っていたのだろう。どうしてもお前を国の連中に引き渡す気になれなかった。だから、お前はわしの独断で人生を決められていたのだよ」

「で、でも……」

「ミカド、お前は優しいな。まっすぐに育ってくれて父役として嬉しいぞ。だからこそ、お前は人の中で幸せに生きて欲しいのだよ。そのデバイスは体内でお前に役立つ働きをしてくれる。お前が子を作るとしても女の子にすることも可能だ。そうすれば一般人に紛れることも難しくない」


 父は、ミカドを諭すように温かいまなざしを向けながら、さらに言葉を紡ぐ。


「お前が自分から語らぬ限り、人間社会で生きていく分には何の支障もない。それと、お前がこの島を出ていくときのために学生服を用意しておいた。その服と素足で歩いていてはさすがに目立つからな」


 そうして父はミカドの手をそっと外し、壁側にあった朽ち果てたロッカーから、新品の制服を取り出した。ベージュ色のブレザーとプリーツスカートというシンプルなものだが、素材の良さは素人目にも見て分かる。


「ほぉ、確かこれは、良家のお嬢様だけが袖を通せる服では? 通信教育カリキュラムもあるから、世間知らずのミカドでも学歴は取れるというわけですか」

「猫のくせに博識だな。まあ、そういう風にわしがお前を鍛えたのだが」


 アレックスはその制服を見ただけでおおよそを言い当てた。島にこもっているだけのミカドと違い、アレックスは猫という立場を利用し、よく人里で情報を仕入れてくるのだ。


 (しわ)一つない、ぴかぴかの制服を手渡されたが、ミカドの表情は晴れない。


「父さん、本当にこの島を出て行かなきゃ駄目? 私、ここの生活嫌いじゃないよ?」

「出ていかなくても構わん。あくまで選択肢を増やしてやりたかっただけだ。どのみち、わしはこのままでは、あと十年くらいしか生きられないだろうしな」


 さらりと父が言ってのけると、ミカドはさらに表情を曇らせた。ここ十年で父はすっかり縮んでしまった。放置しておけば赤ん坊まで(さかのぼ)り、ろくに食事もとれないまま死んでいくだろう。


「そんな悲しい顔をするな。わしはもう納得している。そもそも、人が二百年も若いまま生きていくこと自体がおかしいのだ。動物は死んで土に還る。それが自然の成り行きなのだよ」

「父さん……」

「お前がこの島に残るのも、人の中で暮らすのも自由だ。お前には外界で生きていけるだけの力を与えたつもりだし、この魔境の島で生きることも出来る。好きに選ぶがいい」

「うん……」


 ミカドは(うなづ)くしかなかった。それ以上は話す事は無いという雰囲気を父が発していたから。



 ◆ ◆ ◆



「これでいいのかな? 制服なんて着るの初めてだしよく分かんないや」


 その夜、ミカドは慣れない手つきで制服を身にまとい、最後に胸元に赤いリボンタイを結んだ。若干不格好だが、もともとの愛らしさも相まって、上質な制服を身をまとったミカドを見た人は、令嬢と名乗って誰も違和感を抱かないだろう。


 これまた慣れないつややかな革靴を履き、ミカドは人外魔境のジャングルを平然と歩いていく。この辺りに出てくる野獣はミカドを恐れてむしろ逃げていくので、ミカドは何の警戒も無く歩き続ける。


 人外魔境の森の中をゆっくり歩く可憐な少女は、まるでコラージュ動画のようだったが、ミカドは突然ぴたりと足を止めた。島を出るための唯一の通り道である朽ち果てた大橋の前に、月明かりに照らされた小さな影が見えたからだ。


「やはり人里へ行こうというのですね」

「アレックス、止めに来たの?」


 その小さな影は猫――アレックスのものだった。アレックスもまた、この島の頂点に位置する獣だったが、その猫が最後の門番のようにミカドの前に立ちはだかっていた。


「止めるわけではないのですが、私は反対ですね。ここから先は人内魔境(じんないまきょう)。いくら優れた能力があっても、世間知らずのミカドが生きていくのは苦労しますよ」

「じんないまきょう?」


 ミカドは首を傾げた、人外魔境という言葉はよくこの島で使われるが、人内というのが意味不明だった。


「だって外にいるのはほとんど人間なんでしょ? この島みたいにライオンとか恐竜がそこら中にうろついてるわけじゃないし、むしろ安全じゃない?」

「ミカドは人間の恐ろしさを分かっていませんよ。ここの猛獣どもは凶暴ですが純粋です。必要以上に物を奪わないし、悪意で他者を傷つけません」


 アレックスはそう呟いた。優れた身体能力と、父から譲り受けたありえないほどの資産を持ったミカドだが、彼女には致命的な弱点がある。


 それは『純粋』であるという点だ。父はサバイバルや戦闘術、その他、知りうる限りの教育をミカドに叩きこんだが、意図的に教えなかった技術がある。


 それは、インターネットやSNSと言った、世界中をつなげる電子ネットワークの扱い方だ。


(外部からミカドの存在を隠すという意味もあるのでしょうが……)


 アレックスは思索を巡らせる。ミカドの存在をなるべく目立たせないという意図もあるだろうが、恐らく、あのじじいはミカドに『毒』を見せたくなかったのだ。


 無くてはならない便利なものではあるが、同時に精神を(むしば)む危険な毒性も持っている。だから、幼いミカドには、なるべく清らかなままでいて欲しかったのだろう。


「どうしても通りたいなら俺を倒していけ、みたいな感じ?」

「負ける気はしませんが、そんな事はしませんよ。単に確認したかっただけです。ミカド、この島を出ることが、本当にあなたにとっていい事なのですか? 今まで通りの暮らしで十分ではないですか」


 アレックスは嘘偽りない言葉を投げかけた。この島で暮らしていてもミカドは決して孤独ではない。ここに住んでいる獣たちは、何だかんだでミカドとは仲がいいし、何より自分(アレックス)という存在が居る。


 だが、アレックスの問いに対し、ミカドは首を振った。


「別にずっと外で暮らすわけじゃないよ。父さんを助けたいんだ。その……アンプル? みたいなのがあれば、父さんの衰弱を抑えられるんでしょ」

「じじいの話を聞いてなかったんですか? あれはミカドを殺そうとしたんですよ。結果的にあなたの耐久力が勝って、情にほだされたというだけです」

「でも、私をここまで育ててくれた。それに……」


 少し考えるそぶりを見せて、ミカドはまっすぐにアレックスを見た。


「知りたいんだ。もしもママ……皇博士がまだ生きているなら、私をなんで男の子にしようとしたのか」

「ふむ……」


 しばらくの間、アレックスとミカドはまっすぐに見つめ合っていたが、やがてアレックスは長く、深いため息を吐いた後、くるりと(きびす)を返した。


「分かりましたよ。じゃあ行きましょうか」

「え? 行くってどこへ?」

「決まっているじゃないですか。人里へですよ。ミカド一人じゃ機械のボタン一つ押せないでしょう」

「そんなこと……あるかもしれないけど、アレックスも来るの!?」


 ミカドは心底驚いたが、アレックスは平然としていた。


「ええ、ちょうどこの島にも退屈していましたし、第一、ミカドが訓練を始める前から、僕はあのじじいに師事してきたんですよ。いわば兄弟子。不安定な妹分を放置は出来ませんからね」

「失礼だなぁ」


 ミカドは頬を膨らませるが、内心でほっとしていた。正直なところ、一人で行くのはかなりの不安があった。アレックスの有能さはミカド自身が一番よく知っている。


 そうして、ミカドたちは元々は長い橋が掛かっていた場所を二人で歩きだした。今は木々に浸食されてトンネル状になっているが、ここにも大量の野獣が生息し、常人では生きて通れないとすら言われている。


 そんなトンネルを二人はやすやすと抜け、島を出て本土に到着した。辺りは砂浜になっているが、人気はまるでなかった。それからしばらく歩き、ミカドは後ろを振り返る。


 生態系が破壊され、森におおわれた人外魔境の島。だが、間違いなくミカドの故郷だ。アレックスもその様子をじっと見つめている。


「では、行きますか」

「うん」


 それだけ言うと、二人は島に背を向け、もう振り返らなかった。二人は気付かなかったが、その近くには『この橋を渡る者は一切の希望を捨てよ』と書かれた、注意喚起の看板が立ててあった。


 その看板は、本土からエノシマに入らせな注意書きだったが、長い間放置されていたせいで、すっかり朽ち果てて傾き、島から本土に行かないようにというような向きになっていた。


 ミカドは全く気付いていなかった。女性が君臨するこの世界でただ一人、世界そのものにに対抗する反逆者となったことに。

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