第1章 第16話 デート
〇環奈
「……どうしてこうなった」
流火たちとの練習試合を終えた週の土曜日。あたしは小野塚さんに誘われ、お出かけにきていた。場所はあたしの地元にある大型ショッピング施設、紗茎モール。別にあたしに気を遣ってくれたとかいうわけではなく、田舎で遊ぶところといえばショッピングモールしかないのだ。
……それにしても意味がまったくわからない。あたしたちの仲は最悪だったはずだし、小野塚さんはあたしを嫌っているはずだし、何より今は一秒でも長く練習してスランプを克服しなければいけないはずなのに。……何よりもあたしにリベロを奪われた小野塚さんのために。
「おーい水空さんこっちこっちー!」
「……げ」
小さい身体でぴょんぴょん跳ねている小野塚さんを見つめ、思わず声が出てしまった。小野塚さんに会いたくなかったというのは置いておくとして、格好がやばい。
『努力は必ず報われる』Tシャツに、ぴっちりとした黒のハーフパンツ。さらに薄汚れた運動靴を履いて飾り気のないリュックサックを背負ったその姿は、もう完全に部活帰りの女の子にしか見えなかった。あたし今からこの人と休日の地元のショッピングモールを歩くの……? しかも格言Tシャツはあたしがプレゼントしたものだから指摘しづらい……!
「わ、水空さん結構おしゃれさんなんだね。すごいかっこいい服着てる。もっとバレーにしか興味ないと思ってたよ」
「一応女子高生ですから……」
あたしの今日の格好は、低身長を隠すシンプルなコーディネート。無地の白シャツを黒のミニプリーツスカートの中に入れ、厚底のニーハイブーツを履くことで脚が長いように見せている。
……服はそう。でももっと別のところを見てほしかった。せっかく普段しないアイロンやイヤリング、ネイルまでしてきたのに……! ていうかこれじゃまるで小野塚さんとのお出かけに気合入れすぎたみたいになってるじゃん最悪……!
「で、どういうつもりですか? まさかただ遊びにきたわけじゃないですよね?」
「そうだけど? もっと水空さんと仲良くなりたいから遊びたいなーって思ったんだよ」
「……なんの冗談ですか」
あたしと小野塚さんが仲良く? ありえない。怨まれる理由はあれど、あたしにそんな資格はない。これならまだあたしをシメるために呼び出したとかの方がよかった。そう、先輩に怪我を負わされた流火みたいに……。
「……やっぱり帰って練習……」
「それにしても中学時代からすごい変わったよね。昔は髪も黒くて短かったし、なんか空気が暗かったっていうか……。ねぇ、『激流水刃』さん」
「……はい?」
待って……今激流水刃って言った……? え、あたしのこと知ってたの……?
「初めは全然わからなかったけどさ、さすがに飛龍さんたちが来たら気づくよね。いやー、全然気づかなかったよ。だってすごいイメチェンっぷりだもん。そうそう美樹も激流水刃さんのことすごいって褒めてたんだよ? 確証はないから言わなかったけど、その反応からして本当っぽいし今度教えて……」
「それだけはやめて!」
思わず大きな声が出てしまった。通行人たちがなんだなんだとこっちを見てくる……でもそれだけは勘弁してほしい。
「え? みんなに知られたくないの?」
「だって……ださいじゃないですか中学時代のあたし……。すごい芋っぽいっていうか……何よりその異名がいっっっっちばんださい! だからお願いします! それだけは黙っててください!」
真中さんにばれただけでも最悪なのに、小野塚さんにまで気づかれたなんて……。必死に小野塚さんに縋りつくと、きょとんとした顔がニヤリと悪戯っぽく変わった。
「じゃー今日は付き合ってもらおっかな。バレーのことなんか忘れてさ!」
「バレーを忘れるなんてあたしは……」
「そんなこと言わないでよ激流……」
「わかりました! 付き合いますからその名前もう出さないでください!」
「ふっふーん。そうそうそれでいいんだよ。もっと先輩を敬いなー」
「うぅ……」
こうして弱みを握られたあたしは、人生で初めてバレーボールを頭から切り離すことになった。




