閑話 私は悪くない
「どうしてこんな事になっちゃったんだろ…」
お父さんに会いたい、あんな奴は父親なんかじゃない。
3年前、私はお父さんに別れを告げた。
あの時幸せになれると、母の言葉を信じ、酷い言葉をお父さんに言ってしまった…
『アンタは私のお父さんじゃない』
あの言葉を思い出すたび、死にたくなる。
本当はお父さんが大好きだった。
ずっと私を愛してくれていた、お父さん。
幸せだった日々、戻れるなら戻りたい…
「でも無理なんだよね」
私にはお父さんの血が流れてない。
汚ならしい母と、出棚満夫の血が流れているから。
本当の父親が出棚だと母から聞いた時、私は思春期の真っ只中。
理由もなく、お父さんを嫌ってて、その時期を母は突いた。
『紗央里…大きくなったね』
『誰ですか?』
4年前、出張で留守のお父さんを除いて3人で出かけた高級レストラン。
そこで私は出棚満夫と会った。
『この人は出棚満夫さん、亮二の本当の父親よ』
『この人が…』
兄が母の連れ子で、お父さんと血が繋がってない事は知っていた。
『そして紗央里、あなたの本当の父親でもあるの』
『お母さん…何を言ってるの』
青天の霹靂だった。
それまで私は、お父さんの本当の娘だと信じて疑わなかったのだから。
『すまない、これには理由があってな…』
出棚は涙ながらに言った。
母と将来を誓い合っていたが、両親に家格が違うと反対された。
それでも諦められず亮二を、つまり兄を作ったけれど、両親を説得できなくて、無理矢理別れさせられたと…
『へえ…』
それしか言葉が出なかった。
二人が愛しあっていて、子供まで出来たなら、反対なんかしてはいけないと思った。
『お父さんと結婚したのは、満夫さんが親の命令で結婚したのを知ったからなの…でも』
『…忘れられなかった』
『…そうよ、だから私はあなたを…せめて満夫さんの子供を。
本当の家族になれたならって』
『史佳…お母さんを責めないでやってくれ。
私にもっと勇気があったなら…』
『そうだぞ紗央里、出棚さんはお母さんに責任を取る為、離婚をしたんだ』
涙ながらに語る母、その肩を抱き寄せる出棚、私に諭す兄。
今考えたら信じられないような暴論と分かる。
それなのに、私はアッサリこの事態を認めてしまった。
悪いのは出棚の両親、お父さんと母が別れたら、私達は本当の幸せな家族になれると。
バカだった。
再婚した出棚は確かに資産家だったが、それだけの事。
薄っぺらい関係しか築いてなかった私達は、家族として最初から適合出来るはずがなかった。
破滅の始まりは母と出棚の不仲から。
障害が取り除かれた二人の仲は急激に冷めていく。
資産家の妻になり、散財を繰り返す母に満夫は何度も文句を言った。
『いくら使うつもりだ!』
『妻として、お付き合いするのには色々と掛かるのよ!』
『ふざけるな!
そんな付き合いなんかあるか!
お前はそんな女だったのか!』
『なによ、私をずっと待たせたクセに!』
毎夜のように始まる夫婦喧嘩。
殺伐とした空気に家庭は荒んでいく。
そんな家に居たくないと、兄は飛び出して友人の家を渡り歩くようになった。
大学に行かなくなり、出棚から渡されたカードで浪費を繰り返す。
そして遂に単位が足りなくなり、留年が決まった。
『亮二、貴様は!』
『今更父親ヅラすんな!』
髪を染め、悪態を吐く兄。
頼りになる以前の、自慢だった兄の姿はそこになかった。
そして、出棚は怒りの矛先を私に向け始めた。
『紗央里、お前には高校を出たら結婚をしてもらうからな』
『はあ?』
『もう話はまとまっている。
相手は旧家の跡取り息子で…』
見合い写真がテーブルに置かれる。
そこに写るのは太った中年の男性が。
『冗談じゃないわ!
私は大学に行くのよ!』
『ふざけるな!
大学に行っても亮二みたいなクソ学生になるだけだ』
『そんな事しない!』
『そんな事分かるか!
お前ら母子はみんな腐ってる』
もう破綻している。
お父さんを切り捨て、自分勝手に生きた結果がこれなんだ。
何度も出棚は私に見合いをするよう言った。
最初は反対してくれた母も、徐々に私から出棚の味方をするようになった。
それは兄も一緒になって。
「…帰りたいよ」
もう限界だ。
こんな事になるなら、お父さんと暮らしていた方が良かった。
自分からお父さんの子供じゃないなんて言わなければ…
高校の帰り道。
自然と足は以前暮らしていた家に向かう。
幸せだったあの家に。
「変わらないな」
そこには昔と変わらない私の家が、幸せだったあの頃が。
「クーどうしてるかな…」
お父さんと一緒に行った散歩。
走るクー、リードを握る私の後ろには笑顔のお父さんが居た。
「今更だよね」
ここには誰が住んでるんだろう?
もう売れてしまった、この家に住むのは知らない家族。
お父さんの足取りは分からない。
一度お父さんの勤めていた会社に行ったが、中に入れてもらえなかった。
お父さんの知り合いにも連絡したが、私の名前を言うだけで、殆どの人が電話を切ってしまった。
『誰かと思えば恩知らずの托卵娘か、桧山課長の行き先は知らない、知っててもあなた達には教えられない』
そう言った人もいたっけ。
「私は悪くない…」
そうよ、私は悪くないんだ。
悪いのは、兄と母、そして出棚満夫なのに。
「もう終わりね」
私達は終わりだ。
執拗にアイツが見合を勧める理由を知っている。
FX取引に手を出して、全財産を失ったのだ。
そもそも素人がする物じゃない事くらい、高校生の私でも分かるのに。
自宅も抵当に入って、年末までに金を用意しないと取られてしまうらしい。
預貯金は既に無く、あるのは借金だけ。
「嫌だよ…」
こんなバカな話があるもんか。
なんとかお父さんを見つけてやる。
そして、私だけでも助けて貰おう。
優しいお父さんなら、こんな私でも受け入れてくれる、血の繋がりなんか関係ないよね。
またクーと一緒に散歩しよう…




