≪3-2≫ 証拠と証言
都市では街領主の下、衛兵隊が編成され、治安維持を担う。
人の数が多い都市では、当たり前だが犯罪も多く、多くの衛兵による組織的で効果的な治安維持が求められるのだ。
対して、小さな農村では犯罪も少ない。……もしくは犯罪があったとしても、住人たちはコミュニティに波風立てることを厭い、犯罪扱いさせず内輪の理論で解決する場合もある。
衛兵の仕事は揉め事の仲裁や、外から来る者への警戒。そして都市への連絡係だ。
それを近隣の都市の衛兵隊から派遣された駐在衛兵が、一人で担うというのが、よくある話だ。
ここ、コルティ村でもそうだった。
村の駐在所は、ほとんど民家と変わりがない外見だった。
表から直接入れる広い土間が応接間とオフィスを兼ねていて、机と椅子が置かれていた。相談に来た者や、何らかの犯罪の容疑者の話を、ここで聞けるのだ。
とは言え、この部屋に来る者は少ない様子で、部屋の主たる駐在衛兵以外が床を踏んだり物を触った形跡は希薄だった。皆無ではないが。
「本職はガートベーラ衛兵隊所属、ドベロ・ガジュナクと申します。
ガートベーラより派遣され、このコルティに駐在しております」
ドベロはいかにもドワーフらしい、隆々たる筋肉と立派な髭を持つ男だった。衛兵の証として、黒に近い紺色の制服を着ていた。
部屋の隅には、熊でも倒せそうな大斧が立てかけられていた。都会では、武器を持った衛兵が通りをうろつくのも犯罪抑止のため重要なのだが、こんな村の駐在では訓練の時とか、たまの魔物退治以外で斧を持ち出す機会など無いだろう。むしろ日頃からこんなものを持ち歩いていたら顰蹙を買うかも知れない。
「マクレガー冒険支援事務所、代表のイヴァー・マクレガーです。
現在は冒険者パーティー“黄金の兜”に協力しております」
イヴァーは挨拶を返しつつ、全てを観察していた。
ドベロの一挙手一投足から人柄を推理する。……まあ、これはあまり重要ではないだろう。
続いて、家具類。建物と同じくらい古い。おそらく駐在所が出来た時から置かれている。ドベロが村に来る前からここにあったという事だ。ならばそれはリスクだと判断した方がいい。
イヴァーは懐中時計を取り出し、時間を確認するフリをした。
文字盤に嵌め込まれた赤い宝石がチカチカと輝いていた。案の定だ。
部屋を睨め回した一瞬で、棚の上や隙間など、イヴァーはそれらしい場所を全て確認する。
『目』は無さそうだ。と、なると……
「おっと、失礼」
イヴァーは懐中電灯をポケットに仕舞いつつ、わざと万年筆を床に落とした。
それは上手いこと転がっていって書類棚の前で止まった。
「拾っても構いませんか?」
「え? あ、はあ、構いませんが」
「では……」
首をかしげているドベロを尻目に、イヴァーは万年筆を……拾わなかった。
代わりに棚を持ち上げて、壁をこするようにずらした。
ベキリ、と音がして、ずらした棚が何か硬い物に乗り上げて潰した感触があった。
懐中時計を開くと、文字盤の宝石は、もう光っていなかった。
イヴァーは、今度は大きく棚をずらした。
露わになった棚の裏には、潰れてひしゃげたブローチの残骸みたいな物体が落ちていた。
「……お前ら、ここで何を話した? 聞かれてたぞ」
「それは……!」
『双子の耳』というマジックアイテムの片割れだった。
これは通話符のように音を届ける力があるが、一方通行であり、主に盗聴に用いられる。
何者かが駐在所に仕掛けていたのだ。
「こ、こんな!? こんなもの、誰が、いつ……」
「別に、いつもここに居るわけではないでしょう。
寝ている間とか、村を見回っている間とか……チャンスはいくらでもある。
あるいは最初から仕掛けられていたかも知れません。あなたが村に来た時から」
ドベロは酷く動揺していた。
しかしルシェラの方は、そこまで驚いてもいないようだった。
「どうやら、お前の勘は大当たりだな。ルシェラ。
……やることは陰湿だが仕掛け方は素人だ。村の誰かの仕業だろ」
「どうするべきでしょう?」
「何も気が付いてねえフリをするんだ。
問い詰めたところで白状するわけねえし、泳がせる」
駐在衛兵が部外者として扱われ、閉鎖的な村で疎まれる……というのは、決して珍しくない話だ。
だが、そのために盗聴まで仕掛けられるというのは流石に異常だ。
盗聴器は潰したが、これが偶然なのか、それともイヴァーが勘付いて対処したのかは、分からないようにしておく。
すると犯人は両睨みでの対応を迫られ、精神的な負荷を受ける。それがイヴァーの狙いだった。
「ここで話したのは、ギルドの調査に対して村人が偽りの証言をしている可能性と、それに対するドベロさんの意見です」
「了解。
さて、あらためてお話を伺えますか、ドベロさん」
「は、はあ……はい」
まだドベロは頭が追いつかない様子だったが、頷いた。
もし村人が何らかの陰謀を働いていて、ドベロをも敵視しているのなら、彼の身は安全と言えないし、外部の者に縋るしかないのだ。
「まずは件の事件に関して、あなたの視点からの事実を」
「一月前、田に出て農作業をしていた村人が、防壁を越えてきた魔物に襲われて殺されました。
早朝のことで、農地に出ていたのは三人だけだったのですが……丁度そこに居た全員が」
「死体の状態は?」
「酷いのなんの。爪と牙で引き裂かれ、太ももやハラワタを貪り食われていました。
朝早くでしたので魔物を目撃した者は居りません。現場を見ましたが、稲が薙ぎ倒された田んぼの中に、巨大な猫のような足跡がありました。ですが本職には魔物の種類までは分からず……魔物なら冒険者に任せればいいと、よく見てもいませんでした」
「なあ、ルシェラ……」
「ええ。調査書によれば、冒険者ギルドの調査が入る前に均されて足跡は消されていたと」
二人は頷く。
魔物が暴れた後であれ、人による犯罪の痕であれ。
現場に居合わせた者や現地の者の無理解によって、重要な証拠や痕跡が悪意無く消されてしまう……というのは、よくある事だ。
だが、この場合、悪意を勘ぐれるのではないか。
「……その後のことも、もう一度伺ってよろしいでしょうか」
「あ、ええ、はい」
ドベロはルシェラに促されて、少し躊躇ってから、口を開く。
「犠牲者の葬儀が、いつの間にか終わっておりまして……」
「はい?」
「本職には何も知らされぬまま。
事件から二日後の、夜間でしたね。まるで本職に隠すかのように、本職が眠っている間に」
ドベロは憔悴した様子で語った。
不気味に思ってはいたのだろうが、この上、盗聴アイテムまで出てきたとあれば心穏やかでは居られまい。
駐在衛兵も普通は冠婚葬祭に呼ばれるものだ。住人に嫌われているか……それとも何か、他の不都合があるのか。
「衛兵さん。お酒はお好きですか」
「え? は、はい。人並みに……」
「毎晩お飲みに?」
「……はあ、そうですが」
ドワーフが『人並みに酒好き』と言った場合、それは、火を噴くほど強い酒を浴びるように呑むという意味だ。
そして、酒飲みの動きを封じることは、容易い。ミスリル銀の検毒食器など、誰もが持っているわけではないのだから。
「盛られたな」
「えっ」
「葬儀の夜、普段より眠くてぐっすり眠ってしまった、なんてことはありませんか?」
酒は混ぜ込まれた薬の味を誤魔化し、身体への回りも早くする。
ドベロは寒さを堪えるような顔をして、太い指でしきりに髭の先を絡めていた。
「覚えて……おりませんが、確か、あの朝は二日酔いのように軽く頭痛が……」
セミが鳴いていた。
短い命を燃やし尽くすように。
ドベロの頬を汗が伝うのは、暑さのせいばかりでもあるまい。
小さな村にとって駐在衛兵は、国を国として編むもの……法秩序への窓口だ。
その目を欺き、村の者らは何をしているのか。
「こう言っては……なのですが……
村の者たちが犠牲者に対して、あまり悲しんだ様子を見せていないのも気になるのです。
死んだのは鼻つまみ者なんかじゃなく、皆に慕われる働き者や、結婚したばかりの好青年だったのに」
怖がっているというより、不気味がっている様子で、ドベロは言う。
あくまでも彼の評は、村の外からのものだ。村人から犠牲者たちは違う姿が見えていたかも知れない。
だとしても留意には値するとイヴァーは思った。
この村では、道理の通らぬ何かが起こっているのだと。
書籍版二巻発売間近&コミカライズ始動! ということで活動報告書きました。
デザイン画とか山盛りです。よろしくどうぞ!
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