≪10≫ ドライフルーツ
「≪炎熱波≫!」
ルシェラが叫ぶと紅蓮の熱線が迸り、河原の石を焼け焦げさせつつ弾き飛ばし、一直線のミゾを刻んだ。
カファルに魔法を教わってから既に一ヶ月。ルシェラは魔法の訓練に明け暮れていた。
と言うのも、炎を自ら生み出せるなら生活水準が遥かに向上するからだ。
肉などを自分で焼くこともできるし、カファルに頼らず暖を取ることもできる。
自由に火を使えるかどうかは、山中でのサバイバル生活で、獣の如く生きるか人として文明に生きるかの分水嶺となるのだろう。
……もっとも、既に『生活用の火』という領域を遥かに超えているような気はしたが。
ルシェラは術師ではなかった。多分。記憶が曖昧なので確定的なことは言えないが違った気がする。
だが魔法の知識は何故かそこそこあった。
そんな『知っていただけの魔法』を、ルシェラはいくつも再現できるようになっていた。
正しい術式など習っていないのだから、きっとやり方はデタラメなのだろうけれど、不思議とそれができてしまう。
「今日はもうこれくらいでいいかな」
ここ最近の練習で、焦げ付いて荒れ果てた河原を見てルシェラは汗を拭う。
山火事を起こさないため、魔法は川の近くで練習しているのだ。
カファルも巣から近いこの河原までならルシェラが出歩くことを許してくれる。実際この辺りは、カファルの巣に近すぎるせいか魔物も見かけない。
「さて。今日は向こうから回って帰るか」
巣への帰り道、ルシェラはぐるりと大回りするように歩いて辺りを探索する。
少しずつでも山の地理を覚えなければならないと思ったためでもあるのだが、もっと大事な目的は別にある。
藪の中を進んでいくと、鮮やかな緑の中にさらに鮮やかな彩りが混ざった。
赤、オレンジ、紫。
色も形もとりどりに、満開の花よりも麗しく、周囲の木々は沢山の瑞々しい果実をぶら下げていた。
「すごいな。これって何の果物なんだろう。
カファルが居るせいで魔物だけじゃなく、植物も変異してるのかな?」
カファルの巣の周囲は、見た事も無いような果実がまるで果樹園のように豊富に実っているのだ。
それはカファルにとっては関心に値しない、小さすぎる食料らしかったが、ルシェラにとってはありがたすぎる大地の恵みだ。
ルシェラは一枚余分に持ってきた毛皮を地面に敷いた。
そして太い枝にひらりと飛び乗ると、手当たり次第に果物をもぎ取ってはフワフワの毛皮目がけて投げ落とした。
「鳥や虫にちょっと食べられても俺が食べる分は充分だな。
むしろ熟れすぎる前に全部収穫できるか……」
たちまち毛皮の上は果物でいっぱいになる。
そろそろ良いかと思ったルシェラは、最後に一つ摘んだ果実にかぶりついた。
「んまい」
蜜を蓄えた果実はジューシーに甘い。
もぎたての新鮮な果物は天上の美味だった。
「山の恵みに感謝だなー、ホント」
ストンと地面に飛び降りて、ルシェラは毛皮で果物を包み、今の自分の体重より遥かに重いそれを背負う。
カファルは相変わらず肉ばかり寄越しているのだが、人間が雑食性の動物である以上、肉だけの食生活というのはどこかで破綻していたはずだ。
折しも今は実りの秋。
この大量の食糧資源をどうにか蓄え、来たるべき冬に備えなければならない。
「ただいまー」
『クルルルル……』
ルシェラが巣に戻ってくると、尻餅をつくように座っていたカファルは身を乗り出して顔を寄せてくる。
鱗がゴツゴツした鼻面をひとしきり擦り付けると、彼女は獣が寝るときのように丸く蹲った。
ルシェラが出かけている間は見通しが利くように首を高くして座り、見守っているのだ。
巣の周りには、最近カファルが仕留めた獲物たちから集めた毛皮が五枚ほど敷いてあって、その上にはルシェラが取ってきた果物をナイフで刻んだものが並んでいた。
「よし、ちゃんと干からびてる」
最初に並べた分などは、既に水分が飛んでカラカラに縮んでいた。
――ドライフルーツなんて作ったことないから完全に我流だけど……
冬の間、肉だけでしのぐのは絶対に厳しいしな。
今、ルシェラは魔法の練習と並行して保存食作りに精を出していた。
差し当たっては、豊富に実るフルーツを使ったドライフルーツだ。と言っても、ひたすら天日に干すだけしかやっていないけれど。
思ったより小さくなってしまったそれを一つ手に取って、ルシェラは囓ってみた。
「うん、適当に作ったにしては上出来」
弾力のある奇妙な歯応えと、濃縮されたしつこい甘味を感じた。
――寒さだけなら最悪、魔法とカファルの協力でしのげるだろうけど、やっぱり山にあるものだけで冬を越すのって厳しいんじゃないかな。
あー、くそ。パンでも米でもいいから、生肉より保存の利く主食が欲しい。
街まで買い物に行けないかな。たとえばこの毛皮なんか売ったら、食べきれないくらいパンが貰えるんじゃないか?
勿体なくも敷物にしている魔獣の毛皮を見て、ルシェラは頭の中で金勘定をする。
物好きな金持ちに高額で売れるだろうし、冒険者が使う防具の材料としても一級品のはず。
これ一枚、街へ持って行ければ冬ぞなえに必要な物は全て手に入るだろう。いや、それどころか家が一軒建つかも知れない。
「カファルは、人間の生態をどの程度分かってるんだろう……
最初生肉食わせようとしたし、そこが微妙に不安なんだよな……」
ドラゴンは、強すぎる。本能のままに生きたとしても世を踏み拉き、生を謳歌できるだろう。
しかしルシェラは人間だ。厳しい自然の中でドラゴンと共に生きるには、常にそれなりの備えをしていなければならない……
『ル』
ルシェラが考え事をしていると、カファルが首を伸ばして顔を寄せてきた。
すんすんと鼻息を立てて、ルシェラが持っているドライフルーツを鼻面で突く。
「え? 何? 食べたいの?」
『ル』
「んー……小さすぎてドラゴンの腹の足しにはならない気がするんだけどね。はい、どーぞ」
まあ、ドラゴンも気まぐれに珍しい物くらい食べたくなるときはあるのだろうと考えるルシェラ。
ルシェラは自分の両手にこんもり載るくらいのドライフルーツを、牙の隙間からカファルの口に放り込んでやった。
カファルはもぐもぐと口を動かして呑み込むと、頭突きのような勢いでルシェラにぶつかってきた。
『グォウ……ルルルルル……』
「え? そんなに美味しかった?」
食べさせたのはカファルの巨体に比べれば、ほんのちょっぴりでしかなかったのに、カファルはいつになく興奮した様子でルシェラに頬ずりをする。
そして仄かにフルーツの香りがする舌でルシェラを舐め回した。
「あっ……これって手料理を振る舞った的な話?」
押し倒されたまま呆然としていたルシェラは、はっと気が付いた。
我が子と思って世話をしてきた小さきものに、精一杯のささやかなプレゼントを貰ったのだから、それはきっと嬉しいに違いない。
「そっか……嬉しいか……」
もしこのドラゴンを喜ばせることができたなら、少しは命の恩を返すことができただろうかと、そんなことをルシェラは考えていた。







