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あの日よりハンナは少しだけ塞ぎこみ気味になっていたが、最近、ソニアやレフティア公爵のおかげで少しずつ元気を取り戻すことができていた。
ただ、元気になってくると今度はあることが気になりはじめてしまっていたが。それは床頭台の上に置かれた花束を毎日、ハンナが眠っている間に誰が替えてくれているのだろうと。
何しろ、この花束に日々、元気をもらっていたので。香りや花言葉などを通じて。
つまり、ハンナはこの花束を持ってきてくれている人物にお礼を言いたいと考えていて。
それこそ今日は頑張って早起きをするほど。
「日が出ていない時間に起きてしまったけれど、流石にまだ来てないわよね……」
そう呟き、まだ花束が昨日のものである事がわかり安堵をして。
ただし、病室の扉が突然音もなく開き、看護師の女性とルーカスが花束を持って入って来る姿が視界に入ると心底驚いてしまったが。
「ルーカス様!?」
思わず大きな声を出してしまって。
まさか、ルーカスだとは思わなかったので。こんな時間にわざわざ来る人は。
しかも、花束を持って……
そう思っているとルーカスがバツが悪そうな表情を浮かべる。
「ハンナ嬢、起きていたのか……」
「は、はい……。いつもその花束を持って来て下さる方にお礼を言いたくて。でも、まさかルーカス様だとは思いませんでした」
「あっ、いや、なんだか私で申し訳ない……」
そう言って、今度は申し訳なさそうな表情を浮かべるルーカスにハンナは慌てて首を横に振る。
「ち、違うんです! 私はてっきり、仲の良い学友か親戚の方かと思っていたので……」
「……それはエリオットではなくて?」
そう尋ねられても「はい。あの方が来る事は絶対ないですから」と、笑顔で頷き。
ただ、「そうか、君は吹っ切れたんだな……」
そう言って安堵した表情を浮かべるルーカスを見ていたら、ハンナはルーカスとフィナが婚約解消した事を思いだして申し訳ない気持ちになってしまったが。
「ごめんなさいルーカス様」
「えっ? な、何故ハンナ嬢が謝るんだ?」
「……妹との婚約解消の件です」
「ああ、それなら全く気にしてないし、むしろ解消できで良かったぐらいだ。何しろ、フィナ嬢との婚約は親の都合で結ばれたものだから。まあ、もちろん私のためを思っても少しはあったのだろうけど……ただ、婚約を結んだ相手が悪かった。全く商会に顔を出さないし、将来平民として生きる私に対しての態度もね」
「そのことに関しましては大変申し訳ありませんでした。妹に代わって謝罪を……」
「いや、ハンナ嬢が謝る必要はないよ。むしろ謝らなければいけないのは私の方であって……」
ルーカスはそう言うと俯く。
「えっ、どういうことですか?」
ハンナの問いに「エリオットがフィナ嬢と徐々に仲良くなるのを私は止めようとしなかった」
そうすぐに答えも。
「……ああ、それは、しょうがありませんよ。妹はエリオット様を狙っているようでしたし、エリオット様も私が目を覚まさなかったので愛想が尽きてしまったのでしょうから」
「だからといって、妹と付き合って結婚前に子を作るなんて貴族としてあるまじき行為だと思うけどね」
「確かにそうかもしれませんね……。でも、二人は平民としてやっていくわけですから問題ないと思いますよ」
つまりは、ハンナとしてはもう答えは出ているので気にしないでほしいと。
ルーカスはそんなハンナの態度に口元に手を当てて吹き出してしまったが。
「ぷっ! た、確かにそうだな。ふふふ、これは楽しくなってきたな」
「楽しくなってきたですか?」
「いや、君がある事を心配すると思ったが、やはり君は立派な貴族だと思ってね」
何度も頷きながら。
なので、ハンナは何がなんだかわからないが、とにかくルーカスがフィナとの婚約解消を気にしていない事に安堵することができたが。
そして、つい頬が緩んでしまいも。
ルーカスにソニアやレフティア公爵と同じ雰囲気を感じたので。
◇
ソニアside.
「そう、ハンナは気にしてないのね」
病院の応接間でソニアが楽しそうに聞くとルーカスは頷く。
「はい。なので頃合いかと」
「わかったわ。では、早速キリオス伯爵家の掃除を始めるわ」
「じゃあ、私は例の人物を捕まえておきますよ」
「お願いね」
「ええ」
ルーカスは頷き、病院の応接室を去っていく。
すると、今度は入れ違いにレフティア公爵が入ってくる。
「どうやら、始めるようだな」
既に戦いに赴くという表情をしながら。
「ええ、なのでお兄様もお願いしますね」
それはソニアも。
ただし……
「ああ、陛下には既に話はつけてある。だからキリオス伯爵邸にいる者達にはそろそろ夢から覚めてもらおう」
「もちろん目覚める場所は地獄だけど」
会話が終わるなり二人は騎士ではなく悪魔のような笑みを浮かべていたが……




