第三十九話 ベルベット・アネスト①
突然、見えない魔法が御姉様に直撃し、神殿の壁まで飛ばされました。
ぐったり倒れて動けない御姉様.....
『あら~、御姉様ダウンですぅ?......良いのが入りましたものねぇ』
ベルこと、ベルベット・アネストは、目の前で近くで倒れ伏す御姉様をニヤニヤ見て呟いてしまいました。
御姉様のぐったりとした姿を喜ぶなんて不覚です!
ごめんなさい御姉様。
遠くで、コメットさんの『ひじりちゃん!? 』という声が聞こえますけど、コメットさんの方も敵に襲われていて、こっちに来ることは出来ないようですね。
ベルは御姉様の影の中にいて、様子を見ていたんですけど、メンドクサイ展開になってますね。
ベル的には、相手の情報をなるべく集めてから出ていきたいので、隠れときますよ。
それにベルの【隠密】のお陰で全く気付かれません。
というか、この敵、今までずっと玉座に座っていた擬態影人なんでしょうか....
影人って御姉様の主人は言ってましたけど、今の透明になって攻撃してくるところを見ると、それだけではない気がしてきます。
いや~メンドクサイ相手ですねぇ。
レファンシアの呪海迷宮を気ままに彷徨いていた当時のベルや、その後、ダルフ様の目に留まり『進化の儀式』に参加し、他の層のモンスター達との死闘で頂点を極め、こうして【デスサイザス】に成れたベルでも、姿を消し、使う魔法すら透明にするなんて敵見たことありませんよぉ。
倒れている御姉様の影から頭半分を出してコメットさん達を見ますが、やはり見えない相手に苦戦しているようですね。
御姉様の主人である偽宝箱が飛び道具、あれはチャクラムでしょうか。それでなんとか応戦しようとしていますけど効果はなさそうですねぇ。
となれば、『点』の攻撃より『面』の攻撃をするべきでしょうか。
コメットさんの障壁や結界は無効化されていますので、偽宝箱に任せるしかないですね.....
ギャリッ―――。
甲高い音は大剣とチャクラムによって生み出されていました。
御姉様がバカ力で投げた大剣が、ひとりでに勝手に動き、振りかぶった攻撃をコメットさんを守るようにチャクラムが割り込み、大剣と空中で拮抗しているその音のようです。
ぶつかっているその隙に逃げたコメットさんは、適当に人がいるであろう大剣の側に結界を貼りました。
しかし、何か無効化された気配を感じます。影人が【透明化】に【魔法無効化】とは......
『このっ! 』
コメットさんの声も虚しく、何度やっても障壁や結界は役にたたず、すぅーっと空間に溶けていくようです。
影人は余裕なのか傲慢に喋っていますね。
なになに、コメットさんの魔法は解析してあるって?
しかし、魔法は個人の魔力や波長によって、常に同じ魔法であっても個人の違いはあるものなのに、初めて会った人物があの短時間でどう解析するって言うんですか.....バカらしいですねぇ。
ベルはブラフや手品だと思っているんですけど、違うんでしょうか。
コメットさんが、乱雑に空間を埋める障壁や結界による攻撃を、なんなく打ち消していることから
本当のようですね。ベル驚きです。
そうなると、いったい短時間でなぜ無効化を出来たのか? ってなりますね。
考えうることと言えば......
一番、『そういったスキル』を持っているから
二番、魔法を打ち消す練習の賜物
三番、同じ使い手を取り込むことで力を貰い血肉になっている。
この可能性としては三つくらいでしょうね。
まぁ、あそこまで無効化されていれば一番か三番でしょうけど.....
今もコメット様が張った円柱の障壁に、触れただけで消し飛ばしてましたし。
一番の理由がスッキリするんですけど、でも始めの会話で『取り込む』と言っていることから怪しいです。
そもそも、取り込むってどういうことでしょうかね......
私が知っている影人は、姿を真似をして成りすますってやつで、化けられると本人か偽物か区別が出来ないくらいそっくりっていうやつですけど。
ここにいるこいつは異常ですよぉ。
まず、ただの影人が透明化なんてしません。
次に、使用魔法すら透明化する始末。
そして、闇属性魔法の威力。 幾ら御姉様が【魔法吸収】スキルを持っているとは言え、御姉様を吹き飛ばす余剰威力で御姉様を気絶させるなんて......
たしか御姉様が受けた【ダークネス】は侵食感染系でしたか?
本来は闇色の光線なんですけど、無色透明でしかも至近距離から撃たれたと見て間違いないです。
「う、うぅ....うぁ」
呻く御姉様。
この魔法の恐ろしいところは、受けたところから毒や病気のように闇因子が感染拡大していくところです。肌は段々と真っ黒になり身体構成をすべて闇の因子に変換させられ、ぼろぼろと身体が崩れていく。凶悪な魔法です.....が、闇属性の適性を持っていれば単なる衝撃波で済みますよ。
つまり、闇属性を持っている御姉様には、感染する恐れはないんですけど......なんでしょうか、御姉様の体からもやもやと現れる黒く禍々しい煙は.....もしかして闇因子でしょうか。
ベルは戦慄です。
『お、御姉様? 起きてください! なんか出てますぅ!!』
影から肩を揺すったりしますが反応は微妙です。
「......あうぅ、頭いたい....ぞ」
ぐったりうつ伏せのままモゾモゾする御姉様.....なんです、その二日酔いみたいな反応は。
とりあえず今は戦闘中ですし、御姉様は放っておきましょう。
外傷も無いようですので。
なぶられているコメットさんに、影を上手く伝い近づきました。
『コメットさん、コメットさん、御姉様は無傷ですのでそのうち目を醒ましますよ』
『.....(ほっ)』
落ち着きを取り戻したのでしょうか?
コメットさんも、見えない敵に致命傷だけは喰らわないよう避けていましたが、さらに傷をおうことが減ってきていますね。
しかし、ベルは体力が心配です。
コメットさんの腹部は真っ赤に染まって時おり、ぽたぽたとベルがいる影に血が落ちてきています。
一刻の猶予も無さそうですけど.....私も姿をだして戦いましょうか....
そんなことを考えていると、声が聞こえました。
『5分、いや....ん0秒持ちこたえてくれ!!』
御姉様の主人の声ですね。
しかしコメットさんには聞こえないはず、私が伝えておきましょう。
えっとぉ....
『コメットさん、30秒耐えてくれればなんとかするそうですよぉ』
あれ?合ってますよね?
こくりと頷くコメットさん。
『あと、障壁や結界を無効化されるなら、逆にそれを逆手に取れば居場所が分かるのでは?とベルは助言しましょう』
『!!?』
目を見開くコメットさん。
『全方位に断続的に障壁を飛ばすことで、ある程度位置が絞れるかもしれませんよ』
そう言って、コメットさんの影からチャクラム、石柱、通路の影と移動していきます。
ベルはもしものために応援を呼びにいきましょう。
ベルのマスターを呼びに。
最後に御姉様をチラッと見ますが、なんなんでしょうねあの黒いオーラ......魔核の容量がオーバーして溢れて暴走してるとか.....まっさかーですぅ。
さて、マスターはどこに?
影を伝い、戦闘の痕跡を追いかけていきます。
――――――――――――
神殿の破壊の痕跡を辿っていきます。
それにしても、マスター達は......途方もないですねぇ。
神殿を移動して、元いた場所から宮殿を3つ過ぎた辺りでしょうか。
真っ白な壁に刻まれる人がぶつかったような痕跡。
庭園の花々は禍々しい炎を絶えず灯し、盛り上がった地面に刺さる数十本の光で出来た槍や矢。
こじんまりとした噴水はカチコチに凍り、散らばった札は破れ、空間にある不気味な穴。
『怖すぎますよ。 ベルは生きて帰れるんでしょうか.....』
そうはいっても今では戦闘音も聞こえませんし、まさかと思いますが遅れを取って殺られていたとかなら笑えません。
なるべく最短で......遠回りをしていきましょう。
急がば廻れって言いますからねぇ。
元の場所から数えて宮殿を5つ抜けたところで声が聞こえてきました。
一人は知っている声、もう一人も知っている声? でしょうか、似ている声が聞こえました。
「ダルフ.....私に原因があるとはいえ、やりすぎではないですか? 」
「はぁ? 助けてやったんだから良いでしょ、おおめに見なさいよ」
「しかし、私の小宮殿が.....」
「いいじゃない、まだ、7宮殿あるでしょ!それに神殿も!! 」
「そ、そうですね、助かったことは事実ですし」
「そうそう、てか、アイツはなんなの?あんなんに殺られたとか、どうなのよ? 」
「うっ、ですが油断しないでください、あれは単体ではありません」
声が段々と大きくなってきますね。
そろそろ見える所に出るのではないでしょうかねぇ......
『おっとっっ』
足元に蠢く黒い塊をかわしていきます。
黒い固まりには何かが書かれた札が貼られていたり、光の槍が刺さっていたりします。
「それは、はじめから気づいていたわよ? 私を狙っていることは分かりきってたし、大体、几帳面で真面目なあんたが、いつもより早く手紙を寄越すわけないじゃない、ねぇ?」
「なぜでしょうか、評価されているようで、貶されている気がしてきます」
「それにしても自我の封印に行動の支配って『TREEWシリーズ』を思い出すわね」
「そのレプリカですよ.....ホントに忌々しい異世界道具です」
さてと、宮殿の壁に空いた大きな穴から外に出て、話し声の方に歩いていきます。
今度は影がありませんから徒歩ですよぅ。
メンドクサイですよぉ
「で、敗北して、奴隷生活を満喫してたのね!ぷっ」
「そうなんです、ご主人の影人にご奉仕って......調子乗んないで下さいよ!!」
「ちょっと、いま腕くっ付けてるんだから攻撃してくるんじゃないわよ!」
「しかし、意識を取り戻してみると、影人の目的がよく分かりません」
「どうゆうこと」
唯一形を保ったベンチに腰かける金髪碧眼の美人と、瓦礫に腰かける銀髪蒼目の美人を発見しました。
美しさはどちらも幻想的で、でも胸の大きさは絶望的に違う二人。
ベルは声を掛けます。
「マスター!!」
「あら、ベル?何かあった?」
手を振るベルに、そっと振り返しました。
マスターの片手は呪符で巻かれていました。
戦闘での負傷でしょう。
「この子は? 」
そう問いかけてきたのは、神殿で攻撃してきたお方です。
マスターは自信満々に紹介をしてくれました。
ちょっとベルは恥ずかしいです。
「私の配下よ!!しかも進化してるの、スゴいでしょう?羨ましいでしょう?」
「あ、ベルベット・アネストですよぉ、マスターもう、いいですよぅ」
ベルはぺこりと頭をさげますが、マスターのせいで恥ずかしいです。
こういうプレイは御姉様にさせたいのにぃ.....
金髪碧眼の美人さんはニッコリ微笑みます。
微笑みに光属性でもあるのかくらくらしてきますよぉ。
「そう、羨ましいわ、配下の方が優秀そうですもの」
ベルの隣で、ビキッと何かが立った音が.....
「な、な、なんです「そんなことしてる場合じゃないですよね」.....」
怒り爆発のマスターの発言を遮るこの人.....恐るべしですぅ、ベル戦慄.....
そうして、よく見るとコメットさんにそっくりだと気がつきました。
コメットを妖艶な大人にした感じでしょうか。
「あ、コメットさんに似てますぅ」
「正確にはあの子が私に似ているのよ」
「マスターと聖のようなもんですかねぇ.....」
「聖?なにそれ、見てみたい」
キラキラした目を向けるコメット似の人。
「え、エルフィ.....」
発言を遮られ、さらにはおいてけぼりのマスター。
不完全燃焼なのでしょう、なんともいえない顔をしていました。
そして、ベルもマスターに伝えるべきことを思い出したのです。
ここが、戦闘と全くかけ離れた空気なのがいけないですよぉ。
つい和んでしまいました。
「マスター、みんながピンチなのですよぉ、救援を求む、です!!」
バッと敬礼をするベル。
マスターとエルフィさんが顔を見合わせた直後。
ゴッ、ズウゥゥゥゥゥン――――。
地面を轟かす大きな揺れに、空間を叩き強烈な風を産み出す爆破音と閃光。
閃光の色は白と黒という反する2色でした。
衝撃で倒壊していく宮殿もチラホラありますねぇ。
「ちょっと私の小宮殿が!!」
「ほんとに何が起きてるにょよ」
「「......」」
さっと顔を背けるマスター。
しらっとする空気。
「と、とりあえず向かいましょう、案内しますよぉ」
「そうですね、行きますよ噛んだ魔精」
「嫌がらせがストレート過ぎでしょ!? 」
ベル達はみんなの元に掛けていきます。




