第三十八話『偽宝箱と黒幕③』
『......』
「なんだと!? 障壁を抜かれたのか? 」
『......(コクコク)』
「厄介だな.....」
聖が玉座に座る擬態影人の方から視線を切り、真後ろに振り返った。
その際に、コメットから何が起きたのか説明を受けたようだ。
俺がもし防がなかったら、コメットが殺られていた可能性が高い。
ただの投げナイフでは無いのはコメットの障壁を抜いたことから理解できる。
聖が後ろへ振り返っても玉座の影は動かなかった。
俺の『目』が真上からの全体図と玉座の影を捉えている二つの視線から注意していることに気づいて動かないかもしれないが.....
それにしても、いまだ隠れたままで姿を表さないナイフを投げてきた奴はどこだ?
俺も警戒を強める。
取り合えず、上蓋を開けないようにしよう。
もし、さっきの投げナイフの精度で中を撃ち抜かれたら、瀕死は確実だろう。
【サポート・アシスタン】に教えられていた俺自身の弱点は理解しているつもりだ。
『おっと、防がれたようだ.....中々やるじゃないか』
陽気に喋る影、手でも叩きそうだな。
なぜコメットを狙ったのかは分からないが、敵はこいつ一人ではないことがわかった。
『お前の目的は俺達を手紙で呼び出すことなのか?』
『そうだな、我らの目的は、ここの迷宮主が隠した迷宮核の所持者と骨董品を手に入れることだ』
こいつ....また俺のことを骨董品って....
それに素直に喋るか? 答えを期待してなかったがまさか返ってくるとはな。
余裕のあらわれか? それとも......
聖やコメットが周囲を警戒している。
コメットは障壁を三重に張ったようだ。
だが、俺は嫌な予感がする。
『まぁ、手に入れると言っても我らの中に取り込むだけだがな』
取り込むだと?
いったい何のために......
いや、そもそも取り込めるのか?
思考に耽っていると再び上空からの『目』が後方の柱で蠢くモノを捉えた。
俺が警告を飛ばす前に後ろを警戒していた聖の方が早く気づいたようだ。
背中に背負った剣を柱に向かって投げつけていた。
「何度も同じ手を食らうか! 」
投げられた剣は高速回転しながら飛来して、柱ごと真っ二つにした。
剣はさらに奥の壁面に深く突き刺さっている。
なんて威力だ....
しかし、粉塵の中からまたしても投げナイフが投げられた。
聖の一撃をかわしたのか?
投げられたナイフは4つ。
そのどれもがコメットを狙ったものだった。
「はっ――」
掛け声と共にすべてのナイフを剣と盾で防ぐ聖。
しかし、聖の表情は優れない。
「今の一撃は入っていた筈.....」
聖の呟きに高笑いが響く。
笑っていたのは玉座の影だ。
肘掛けをバンバンと叩き大笑いの影人。
『くくくっ、まさか我らに物理攻撃が効くとでも? ここの配下の方が優秀だったぞ、まぁ、最後は一人残らず―――』
悠々と喋りだした影人が突然止まる。
影人の首付近に胴体と別けるように薄い虹色の板が出現していた。
『ガ―――』
影人は喋ることも出来ず、その板.....いや極薄の障壁によって頭と胴体を真っ二つにされていた。
ゆっくりと落ちる影人の首。
あっけない終わり。
俺は、あそこまで自信満々だったのに、こんな終わりなんてあり得ないと本能的に思い、落下する影人の首から目を離さなかった。
「終わったのか.....」
背後を警戒している聖も気配が消えたのを察したのか、剣や盾を下ろしていた。
コメットは玉座向けていた手を下ろしてため息を溢す。
擬態影人の首を落としたのはコメットの仕業らしい。
解決したと思い込む聖とコメット。
緊張感があった空気が霧散していく。
しかし、俺の目には、口が裂けそうな程つり上がった笑みを浮かべる影人の頭が、地面に溶けるように消えていくのを見た。
『おい、終わりじゃないぞ!? 警戒し――っ!? 』
警告を飛ばそうとしたとき、俺の体が吹き飛ばされた。
『......っ、っ!?』
いや、コメットが吹き飛ばされたのだ。
俺はそれに巻き込まれた。
『なんだ!? うつらねぇ! どこにいやがる? 』
叫びながら、飛び回るチャクラムで探すが、この空間に俺たち以外に何も映らなかった。
「おい、コメット!? な、重傷じゃないか!!」
聖がこちらに駆けてくる。
コメットは衝撃を受けた腹部が真っ赤に染まっていた。
魔法による攻撃だろう。
じわじわと服を赤く染めている。
「ばかな、多重障壁を張っていた筈だぞ!」
叫びながらも聖は、回復魔法を唱える。
【魔】に属する【ブラック・パラディン】の聖だが、パラディン故に光の適性もあるのだ。
しかし、前線で戦うことを良しとする性格ゆえに、回復系の魔法はそれほど強力ではない。
元々高い耐久値が仇になり、傷を負うことが少ない聖にとって苦手分野だった。
聖が掛ける回復速度は気休めでしかない。
俺はそんな状況に歯噛みするばかりだ。
(こんな状況、どうしろってんだよ!)
それに敵は休ませる気は無いようだ。
「な!!?」
咄嗟の防御。
聖は回復魔法を掛けながら、盾を振り上げた。
カギンっ
という甲高い音。
しかし、盾で防いだ反対側には誰もいない。
上空から全体を見渡す俺の『目』にも何も映っていない。
俺たちは、どこから攻撃を加えているのか分からない正体不明の敵に、翻弄されていた。
「ぐわぁ―――」
盾を構えた内側での見えない爆発。
コメットを守っていた聖が弾き飛ばされた。
『......!っ!!』
コメットは脇腹を押さえながら弱々しく立ち上がる。
コメットや聖は小柄で華奢だが、それなりに戦える筈だった。
聖は見えない敵に翻弄されて実力が発揮出来ず、コメットに至っては障壁による防御が無効化されてしまっている。
『おや、もうダウンかい?我らはまだ実力の2割も出していないのに、もっと楽しませてくれ』
「ならば正々堂々正面から来たらどうだ!姿を―――がはぁっ!?」
きょろきょろと周りを見る聖に、何かが正面からぶつかり、後方の石柱まで飛ばされ噴煙を発生させた。
「ほぅ......」
感心したような声が聞こえる。
「闇属性魔法【ダークネス】を受けて『その程度』で済むとは驚いたぞダークエルフ」
煙が散ったその場に倒れている聖の姿。
とりあえず五体満足のようだが、意識がない。
『......!』
コメットはそこらじゅうに結界や障壁板を乱雑に設置して手当たり次第に攻撃、または捕縛しながら聖の元に駆け寄ろうとした。
さすがにこんだけ隙間もなく攻撃されれば、見えない敵でも当たるだろう。
「だから、生き残りの攻撃などとっくに解析済みで中和してあるのがなぜわからん」
コメットの真後ろで、聖が投げた剣が勝手に振りかぶられ、コメットを寸断しようとしている。
『くそっ!勘でも良い当たってくれ!』
剣の軌道に割り込ませる高速回転のチャクラム。
ぎぃぃいいいいん――――
金属同士の甲高い音が響く。
回転しているオレンジ色に発光する刃を持つチャクラムと剣が空中で押し合いを続ける。
その間にコメットが待避して、剣に向かって立方体に包み込むように結界を張るが、打ち消された。
『.....っ!?』
驚くコメット。
ならば!未だに鍔迫り合い? をするチャクラムと剣。
そこにもう一つのチャクラムを突っ込ませた。
突っ込む軌道は剣の持ち手の少ししたらへんだ。
『チッ....』
突っ込まれる寸前、押し合いをしていた剣がいきなり力が抜けて、下にカランと落ちた。
グリーンの刃のチャクラムは何も切り裂くことはなく、スーっとその空間を通りすぎていった。
『ちっと、目的が二つあるとめんどくさいな、一つずつ片付けるか.....』
その声が真横から聞こえ、時既に遅く再び吹き飛ばされる。
見えない魔法も厄介すぎる。
俺の外装にピシっとヒビが入り始めた。
(本当に不味すぎる、それに......)
俺もコメットと一緒に吹き飛ばされながら、打開策を練るしかない。
コメットの容態も既に危ない。
片腕はだらんとしたままで、所々に切り傷や打撲、一番ひどいのが腹部の出血だろう。
不味すぎる。
何とかしないと、このままじゃ、ダルフ以外全滅はまのがれないだろう。
一か八か、外に出してある『目』を回収して、見えない敵に対して追加効果を付与するしかない。
『コメット.....5分、いや、50秒耐えてくれ、その間になんとかして見せる』
チャクラムを高速回転させその移動の終点を俺の口にすることで、相手からの攻撃を可能な限り減らす。
コメットには俺の声は聞こえない筈だが、コクりと頷いたのが見えた。
もしかしたら察してくれたのかもしれない。
ならば、俺は期待に答えるため『全力』でやらせてもらう。
覚悟しろ!!




