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女化町の現代異類婚姻譚  作者: 東雲佑
最終章 来つ寝

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8.友達としてではなく。

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 ――交通情報センター金井さん、ありがとうございました。以上、この時間のトラフィックをお送りいたしました。

 佐貫SKビルサテライトスタジオから生放送でお送りするラジオ竜ヶ崎『どらごんちゃんねるモーニング』。お相手はわたし葛生窓雪(くずうまどゆき)、みなさまのお耳のご近所さんユッキーです。お便り、リクエストは番組サイト及び公式ツイッターで受付中でっす。

 メールアドレスは――


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 ピクニックの翌日は九時近くになってようやく寝床から出た。

 まだ元気、まだ遊べると帰りしなまで訴え続けていた子ダヌキたちは、昨日は車に乗った途端にスイッチを切ったように眠りに落ちてしまった。

 寝落ちして重さの増した彼らをリビングのクッションまで運ぶのは、もちろん僕の仕事だった。

 そのせいで今日は全身が筋肉痛に悲鳴をあげていた。


 ラジオから流れる地元情報を聞きながら、少し遅い朝食を準備する。

 買い置きのウィンナーを低温で時間をかけてボイルして、その間に電気ケトルでインスタントスープに使うお湯を沸かす。

 同時に使用するとブレーカーが落ちてしまうのでケトルが止まるのを待ってから、今度はレンジで冷凍ご飯をチンする。


「……」


 サランラップに包まれた冷凍ご飯を手に取った時、またも夕声の顔が浮かんだ。

 我が家での夕食のあとで炊飯器にご飯が余ると、いつも彼女がこうして一杯分に小分けして冷凍してくれるのだ。

 この三ヶ月で、すでにそれは日常と化していた。


 視線をあげて壁に目をやると、壁のフックには白い袖付きエプロンが吊されている。

 男の僕には少し小さすぎる、Sサイズのエプロン。


「……やれやれだな」


 いつものようにため息をついて、僕は首を振った。

 やれやれ、この家には、あちこちにあのキツネ娘の気配が染みついている。


『椎葉さんは、夕声ちゃんが好きですか?』


 昨日から何度も反芻している問いかけが、再び蘇る。


「……僕は、夕声が好きだ」


 一人のリビングでそう呟いてみる。

 何気なく、言葉の響きを点検するみたいに。


 特に感情は込めずに口にしたはずの言葉は、しかし発した瞬間から覿面に心を乱しはじめた。

 口から出て耳に入り、鼓膜から染み入ってその奥にある脳髄を揺さぶった。


 息が苦しくなった。

 心臓が、自分でもわかるほどに高鳴った。


『友達としてでも、それ以外の意味としてでも、どちらでもいいんです。椎葉さんは、夕声ちゃんが好きですか?』


 昨日あの質問をするとき、水沼さんはそう付け足した。



【問い】栗林夕声は僕こと椎葉八郎太にとってどのような存在であるか?

【答え】龍ケ崎(このまち)でできた最初の友達。未知の世界への導師(ガイド)にして相棒(サイドキツク)

【補足】親友オールドスポートと呼んでも過言ではないかもしれない。

【強調】しかしあくまでも友達である。



 自分の中にある夕声への感情は、たとえどこまで膨らもうとも友情に過ぎないのだ。


 僕は今までそう思ってきた。そう考えてきた。

 そう信じてきた。


 ……いや、そう自分に言い聞かせようとしてきた。


 でも、たとえばだ。


 たとえばピクニックの前夜、我が家の台所でせっせとおにぎりを握っている夕声を見ながら、僕の心に去来した想いとはどのようなものだったか?


 まずは、とにかく幸せだった。

 言語を逸した部分で、強烈な多幸感に痺れた。


 そのあとで、きっとこの子は良い奥さんになるのだろうなと、そう思った。

 本邦の伝承に現れる狐嫁が揃いも揃って良妻賢母であるように、夕声も良き妻に、さらにやがては良き母になるのだろうなと。

 そんなことを考えながら、制服の上に直接エプロンを着けた後ろ姿に、他のすべてを忘れて見惚れた。


 そして最後に、夕声の求婚を受け入れてしまえば、そんな情景がかりそめではなく自分のものになるのだと気付いて、震えが走った。


 手を伸ばせば手に入るのだと。

 手に入ってしまうのだと。


 これだけじゃない。

 たとえば夜、夕声が帰ったあとで……帰ってしまったあとで、泣きたいほど切なくなることがあった。

 お互いに『おやすみ』と送ってメッセージアプリのやりとりを打ち切ったあとで、回線の向こう側に夕声の吐息を感じて、胸が苦しくなった。


 電気を消した布団の中で夕声も僕のことを考えているのだろうかとそう考えて、どうしていいかわからなくなった。


『友達としてでも、それ以外の意味としてでも、どちらでもいいんです』


 今ならわかる。あのたった一言の付言は、僕に対して水沼さんが用意してくれた逃げ道だったのだろう。


 だけど、もうダメだ。

 逃げ道は僕が自分自身で塞いでしまった。

 だから、これ以上の欺瞞など、これ以上の誤魔化しなど、もはや不可能だ。


 認めよう、僕は夕声が好きだ。

 友達としてではなく。


 僕は彼女に恋をしている。


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[一言] ハチ陥落!!
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