第41話：血の盟約

　一抹の不安を抱えながらもリルラの参戦を許可したオレは、あまり張り切りすぎないようにと、数を減らすために次々とストーンゴーレムを破壊していく。

「黒闇穿天(こくあんせんてん)流槍術(りゅうそうじゅつ)、【雲海(うんかい)】！」

　もともと雲海は槍を八の字にぶん回す防御のための技なのだが、ステータスがあがったことでストーンゴーレム程度なら当たるに任せて破壊することができるようになっていた。

　しかし、それでもやはり数が多すぎる！

「うわぁ♪　この石っぽいのぜ～んぶ！　砕いちゃっていいんですね！」

　リルラが満面の笑みでそう呟くと、一瞬魔力が高まったのを感じる。

　感情の高まりにあわせて魔力がゆらいだのだろう。

　うん、やっぱり不安だ……。

「ちょ、ちょっとリルラ？　わかってる？　手加減、手加減忘れないようにな！」

　嫌な予感がして仕方ないので、念のためにもう一度伝えておく。

　こんなところで風の大精霊(シグルステンペスト)とか召喚されたら塔が崩れかねない。

「コウガ様、わかっておりますよ？　シグルステンペストを呼んだりしませんので安心してください」

「そ、そうか……」

　わかっているのならいいのだが……。

　オレは近寄ってきたゴーレムを蹴散らしながらリリーとルルー(ふたり)のそばに移動すると、リルラの詠唱が始まったら念のため一旦離脱するようにと指示を出しておく。

「「わ、わかった……にゃ」」

　ちらりとリルラを見ると、顎に指を添えてなにか考え込むような仕草を見せた後、両手を広げてパチンと手を合わせた。

「よし！　これで行きましょう♪」

　リルラの魔力が爆発的に高まっていき、朗々と詠唱を始める。

≪我、この身に流れるクロンヘイムの血の盟約により、その権利を行使する！≫

≪踏みしめるは土！　宿りしは大地！　抱くは忘却の浮舟！≫

　詠唱が進むと塔が崩れるのではないかと思うほどの地響きがおこり、大ホール全体に広がっていく。

　そして……詠唱が終わる……。

≪顕現せよ！　土の守護精霊『スピリットガーディアン』たち(・・)よ！≫

　魔力光が迸(ほとばし)り、地響きのおさまりと引き換えに土の守護精霊がその姿を現した。

　その体躯は小柄で身長は一メートル半ほど。

　土の精霊とは思えないようなゴツゴツとした重装鎧に身を包み、手には体に不釣り合いなほど大きな盾とメイスを持っていた。

　全体的に丸みを帯びたフォルムで、すこしコミカルなデザインのカブトからは可愛らしさを感じる。

　それが……一体だけならね……。

　陣を組み、一糸乱れぬ動きで行進していくその数は三〇〇体。

　その威容はシグルステンペストとはまた別のベクトルで凄まじいものがあった。

「こ、これで加減したのか……」

　気配から察するに、この大ホールにいる全ゴーレムと同程度の数だ。

　しかし対するストーンゴーレムたちは連携などがまったく取れていない。そのため、数体ずつ突っ込んで来ては『スピリットガーディアン』たちの見事な連携で各個撃破されていく。

「リルラちゃんとは仲良くしないと……にゃ」

　ルルーがなにか呟いているが、オレもまったく同じ気持ちだ。

　まぁでも、オレたちは心の準備が出来ていた。

　これでもシグルステンペストを呼び出さなくて良かったとホッとしているぐらいだからな。

　でも、ビアンカは美少女が絶対しちゃいけないような大口を開けて放心しているのだが……どうしたものか。

　◆◇◆◇◆◇◆◇

　その後二〇分もかからずにゴーレムたちはすべて(・・・)殲滅された。

　ストーンゴーレムだけではない。すべてだ。

　後ろに控えていた羽の無い巨大なガーゴイル？

　羽が生えていれば良かったのにな。囲まれてボッコボコにされて霧散した。

　石の巨人？

　四方を囲まれて足を徹底的に集中攻撃されて倒れたところを……あとは霧散するまではガーゴイルと同じだ。

　今は腰が抜けて、女の子座りで放心してしまっているビアンカさんが我に返るのを待っている。

「リルラ……次からそのクロンヘイムの名を使うような精霊魔法は、いざという時だけにしような……」

　普段の冒険者生活でも遊ばせておくわけにもいかないので、普通の討伐依頼などでもリルラに魔物をすこし任せたりはしていた。その時は、だいたい「○○さんお願い！」って感じで精霊に一言お願いするだけで片付けていた。

　きっとゴーレム(敵)がいっぱいいてテンションあがっちゃったんだろうな……。

　今後、このクロンヘイムの血の盟約を使う長い祝詞(のりと)を唱え始めた時は要注意だ。

　しかしジルほどではないが、リルラもやっぱり規格外の強さだということをあらためて認識させられた。

　常識の授業増やさないとな……。

「はい！　わかりました！　コウガ様が望むのでしたらそのように！」

　元気よく返事するその姿は可愛らしいのだが、絶対わかってない……。

　今も活躍できたのが嬉しいのか、オレを見上げてニコニコしている。これ以上テンションあがると怖いから褒めないぞ？

　リルラとそんなやりとりをしていると、急にスイッチが入ったかのようにビアンカさんが我に返った。

「わ、私は夢を見ていたのかしら……いえ、でも、この感覚はどう考えても現実……」

「えっと……ビアンカさん？　大丈夫か？」

　オレの声でようやく目の焦点が戻ってきた。

「あ、あの！　いろいろ言いたいことや聞きたいことはいっぱいあるのですけど……まずは一言だけ言わせてください！」

　ビアンカさんは立ち上がって姿勢を正すと……。

「助けて頂いてありがとうございました！」

　と言って深く頭を下げた。

「気にしないでいいよ。誰も怪我してないしな。みんな無事で良かった」

　意外に礼儀正しく、責任感もあるようだしちょっと見直した。

「そう？　じゃぁこれでちゃんとお礼は言ったわよ？　さぁ！　あなたたち！　あなたたちは本当は何者なのか？　さっき何をしたのか？　その説明をキッチリして頂きますからね！」

　態度の急変に呆気にとられていると、ビアンカさんは強引にオレの手を取り、問答無用で歩き始めた。

　あれ？　見直すのを見直しておこうか……。