第15話:ワイバーン
ジョゼさんたち『紅い狐』と別れてから遺跡の入口をぐるりと大きく周るように調査してみたが、ワイバーンがいたような痕跡を見つけることは出来なかった。
「そう簡単に見つからないな。やはり南を調べてみるか」
そう呟くと、周りを警戒しながら歩みを再開した。
朽ちた遺跡から南に三〇分ほど歩いた頃だった。
ゴブリン一匹出会わないので油断していたのだろうか。
いや、そこまで集中力を欠いていたはずはない。
しかし……それは突然あらわれた。
「はっ!?」
気配を感じ、咄嗟に後ろへと飛び退いた。
巻き上がる砂煙。
突然オレの前に舞い下りてきたのは……。
「わ、ワイバーン!!」
分類上は竜ではなく、姿形は似ていても別物とされている亜竜の一種。
竜ではない。
しかし、近くで見るその威容は竜そのもので、ドラゴンより一回り小さいとはいえ体高三メートルを軽く超える巨体は……超える巨体は……お、大きすぎない……?
「あれ? 軽く三メートル超えてる? え? ワイバーンにしてはデカすぎないか!?」
母さんに教えて貰った知識では、ワイバーンは大きい個体でもせいぜい体高三メートルぐらいのはずだ。
しかし、眼の前のワイバーンは体高五メートル近くある気がする。
実はドラゴンとか?
いや、形はどう見てもワイバーンだ。
「な、なんだ? どういうことだ?」
だが、混乱していようとこちらの都合でワイバーンが待ってくれるはずもなく、その鋭い牙や爪で攻撃をしかけてきた。
「くっ!? 黒闇穿天流槍術【雲海】」
考えるのはあとだ!
一瞬で思考を切り替え、出し惜しみはせずに最初から奥義全開でいく。
この【雲海】は体の左右交互に八の字に槍を高速で円運動させ、相手の攻撃をはじく技だ。
それに、ただ攻撃を槍ではじくだけでなく、切り上げるように槍をぶん回して地面を抉るように這わせることで、無数の砂や石を巻き上げ、砂塵を作り出した上で小石を相手に叩きつける変則技だった。
並の相手なら止まってこの技を繰り出すだけで攻撃を防ぎ、目潰しといくらかのダメージを与える技なのだが、こんなデカ物相手だと立ち止まって使うのは危険だ。
だからワイバーンの攻撃を受け流しながら、移動しつつ使用している。
ガガガガッ!!
すんでのところでワイバーンの攻撃をいなしていくが思ったよりキツイ。
特訓で対人戦は嫌というほどやってきたが、ここまで大きな魔物との戦闘は初めてだ。
間合いをはかるのが難しい上に、攻撃の重さが尋常じゃない。
「くっ!? やっぱり一ヶ月程度の冒険者生活じゃ、たいしてステータス上がってないな。はじくだけで手が痺れ……うわっ!?」
あ、危ない。
尻尾の薙ぎ払いが飛んできたので、後方に高く飛んで咄嗟にかわす。
しかし薙ぎ払いによってワイバーンにあきらかな隙が出来た。
「今しかない!」
オレは一瞬の隙をついて駆け寄ると、至近距離からギフトを使用してみた。
ギフトは授かった段階でその使い方を理解する事が出来る。
はじめて実践で使ったが、長年使い続けた技のように【ギフト:竜を従えし者】を使うことが出来た。
「ど、どうだ!?」
体が薄っすらと光を発すると、その光は手の平へと収束していき、ワイバーンへと向かっていく。
しかし……光はそのままなんの手応えもなく消えていってしまった。
「くっ!? ダメなのか!」
オレは一度仕切り直そうと距離を取る。
しかし、ワイバーンとの距離を取ったその時だった。
鋭い牙がギッシリと並んだ口を大きく開け、まるでドラゴンがブレスを放つような姿勢をとるのが視界にうつった。
なんだ? 頭の中で警笛が鳴り響く。
ドラゴンブレスは竜言語魔法の一種なはず。
ワイバーンに竜言語魔法は絶対に使えない。
つまりワイバーンがブレスを吐くことは……。
「ブレスは使えな……はっ!?」
その先入観がオレの回避行動を遅らせてしまった。
知識では知っていてもオレは実践経験が浅すぎた。
ワイバーンはたしかにドラゴンが放つような強力なドラゴンブレスは使えない。
でも、普通のブレスを放つ亜種がいるじゃないか!
「しまった!? こいつアシッドワイバーンか!?」
そのことに気づくものの、ブレスを避けるには遅すぎた。
扇状に吐きだされた強力な酸の霧が、見る間に視界を覆い尽くす。
咄嗟に繰り出した【雲海】でいくらかの酸の霧は散らして防ぐ事が出来たが、少なくない量を浴びてしまった。
「ぐぅっがっ……」
全身をチリチリと焼かれるような強烈な痛みが襲う。
痛みだけなら我慢すればなんとかなるが、確かアシッドワイバーンの酸のブレスは、遅効性の麻痺毒も含んでいたはず。
しばらくすれば体が痺れて動かなくなってしまう。
このまま戦っていれば……殺される!?
そもそもワイバーンがBランク中位の魔物なのに対し、アシッドワイバーンはAランク下位の魔物。たとえ麻痺していなくても勝率の低い相手だ。
濃厚な蜜のように死の気配が忍び寄ってくる。
オレはこの世界で初めて死を身近に感じていた。
母さんに鍛えられて強くなったつもりでいた。
ステータスはまだ低いが、技で補えばそうそう遅れを取ることはないと奢っていた。
だけどそれは、正々堂々正面から接近戦で戦った場合に限っての話だ。
対人において、魔法や遠隔攻撃を絡めて攻められれば危ないのはわかっていた。
だから遠隔攻撃にはいつも警戒していた。
だけど、魔物の使う特殊な技、毒や麻痺などの状態異常などへの警戒が甘かったのを今さらながらに思い知らされた。
「に、逃げないと……」
相手は空を飛べるアシッドワイバーン。
脳裏に浮かぶ己の死を振り払い、絶望的な逃避行が始まった。
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