32話 しまったピカピカ
シングルの取調室を無理やりダブルの取調室にしたゴルティナと、彼女と一緒に聴取を受ける事になったルルス。しかし考えようによっては、ゴルティナを一人にせずに済んだのは、かなり運が良かったと言えた。
ルルスの居ない所でゴルティナの取り調べが始まってしまえば、一体なにが起こるかはわからない。何か凄まじいことが起きてしまうことだけは確かなのだが、その凄まじいことが一体何なのか、ルルスにはわからないし予想もつかない。
とにかくそうなってしまえば、五体満足で取調室から出られる人間が居なさそうなことだけは確実だった。こうなってくれて本当に良かった、とルルスは心底思う。
「それで、これから何が始まるのだ?」
とゴルティナが聞いた。
「僕にもわからないけれど、たぶん取り調べっていうのを受けるんだと思う」
「取り調べ? 何を取って調べるのだ?」
「基本的には何も取らないけれど」
「じゃあ取り調べじゃないではないか。調べであるぞ」
旋律を調べそうだった。
「とにかく僕たちから話を聞いて、調べたいことがあるんだよ」
「それはピカピカなことか?」
「どちらかといえばモヤモヤかな」
「なるほど。ガッテンピカピカ」
ルルスはいつのまにか、ゴルティナと謎のオノマトペで会話できるようになっていた。
ゴルティナと一緒に狭い取調室で待ちぼうけていると、その扉が開かれて、あの太った騎士団長が入室して来る。ゾロゾロと数人の騎士を引き連れて来た騎士団長は、その縦には短いが横には長い大きな体を椅子に収め、威圧するように座り込んだ。
「錬金術師ルルスと、『ピカ☆ピカ軍団』のリーダー……エイリスだな?」
「そうです」
「我はエイリスではないぞ」
「いや、ゴルティナはエイリスでしょ?」
「そうだった。しまったピカピカ」
自分が書類上では『エイリス』という名前で登録されてあることをよく忘れてしまうゴルティナは、そう言ってパッと口に手をあてる。しまった、も言わない方がよかったのだ。
「ふん、その辺も調査済みだ。お前の本当の名前はゴルティナ。『エイリス・ペンディルトン』は偽の戸籍を使っているな?」
「…………」
困った。
その辺も、すでに調査済みということか。
しかし偽の戸籍くらい、上手く誤魔化せば……とルルスが思っていた瞬間、ゴルティナが吃驚した様子でおののき始める。
「な、なぜそれを知っているのだ!? 我が偽の戸籍を使っていることは、誰にも秘密であるのに……!」
困った。
絶対に誤魔化しが効かなくなってしまった。
隣の最高黄金精霊が、完璧でクリティカルな自白をしてしまった。
「ゴルティナ?」
「どうした、ルルよ! これは大変なことであるぞ!」
「そういうのはね、自分から言わなくても良いんだよ」
「どうして? 正直なことは良いことであるぞ」
「これはね、正直なほど不利になるゲームなんだよ」
「なるほどそういうことか。引っかかってしまったぞ」
何も無い所に引っかかってしまう精霊だった。
「ふん。まだお前たちには、聞きたいことが山ほどある。先ほどの……地下領域の生物が溢れて来る寸前だった、モンスターの集団暴走の件だが」
「我は何も話さんぞ」
「そこでお前たち二人は、謎のスキルでモンスターを手懐けたそうじゃないか!」
「まあ、そうですね」
「うむ、そうである」
「これについても、大方の調べはついているのだ……」
肥満の騎士団長は、核心に迫るような顔つきで二人を睨みつける。
まさか……どこまで知られているんだ?
自信満々といった様子の騎士団長の様子を見て、ルルスは冷や汗をかいた。
もしかして……ゴルティナが精霊であることが、すでに知られていているのか?
そうだとしたら……騎士団は彼女の身柄を確保するために、冒険者ギルドごと制圧にかかったのか? だからこれほど大規模に、突然に連行されたのか? ゴルティナを封じ込める、何らかの方法があるのか?
もしかして……!
あの取調室に拘ったのは、事前に何らかの……精霊の力を封じ込めるような術式が、用意されていたからか!?
これは、予想よりもまずい状況なのかもしれない……!
ルルスが焦っていると、騎士団長はバンと机を叩き、まさに確信に満ちた表情でゴルティナを指さした。
「その女の子は……何か我々の知らない、未知の能力を隠し持っているに違いない! そうだろう!」
「………………」
ルルスは思わず、ポカンという表情を浮かべる。
何も知らなかった。
彼らは何も知らないということがわかっただけだった。
一瞬の内に凄まじい取り越し苦労をしてしまったルルスが息を吐き出していると、隣のゴルティナが、再びわなわなと震え出す。
「ま、まずいぞルルス……! こやつら、我が秘密の能力を持っているということ知っておるぞ! 我のルル以外には絶対秘密な正体が、気付かれておるかもしれぬぞ!」
「………………」
取り調べに弱すぎる最高黄金精霊だった。
もはや逆に凄い気がしていた。
「ルル、どうしよう! これって秘密にしなきゃいけないことなんだよね!?」
「ゴルティナ、落ち着いて」
「我がスピ……んぐ」
ゴルティナの口を手で塞ぐと、ルルスは騎士団長に向き直る。
「たしかに、この子は特殊な力を持っています」
「そのようだな」
「しかしそれが……どうしたんですか?」
「我々はずっと、ある男を追っていた」
騎士団長はそう言って、ふと息を吐いた。
彼は大きな体でグイと椅子の背もたれに寄り掛かると、遠い目をし始める。
「確たる証拠を掴めずにいたが……ついに、点と点が繋がり始めたのだ。『エイリス・ペンディルトン』の戸籍を使う謎の少女、アシュラフの突然の昇格、何の前触れもないモンスターの集団暴走に、鎧鍛冶ギルドで発生した破損事故……! そして、錬金術師ルルス。十数年前に起きた、お前の父親ラオンの詐欺と殺害!」
騎士団長は再びキッと二人の方を見ると、自信満々に言い放つ。
「お前たちが、あの教王ボーフォール4世と繋がっているということは……すでにわかっている! さあ、吐いてもらおうじゃないか! お前らは奴と共に、一体何を企てている!?」
「………………」
予想だにしない名前が出て来て、ルルスは再び、ポカンと口を開けてしまった。
教王ボーフォール4世?
アシュラフの昇格?
『エイリス・ペンディルトン』の戸籍?
モンスターの集団暴走に、鎧鍛冶ギルドの破損事故?
そして……父の死?
それらは一体、何がどうなって繋がると言うのだ?
キムチ鍋にハマっています。




