26話 鉄銅鉛錫水銀銀
「錬金術の基本は循環だ」
倉庫の床に術式を書き込みながら、ルルスはそう説明する。
「金属には序列と順番がある。錬金術の基本操作は、その序列を入れ替えることにある」
穴だらけの錆だらけの鎧の山を中心に置いた錬金陣。
ルルスは床に頬を付けるようにして顔を近づけながら、その術陣の細部を白墨で書き入れている。
「大きな順番は鉄から始まって、銅、鉛、錫、水銀、銀、そして最終地点としての黄金。細かく把握するなら、鉄と銑鉄、鉄と鋼とか細かく分かれる部分もあるし、他にも色々な金属があるけれど……まあ、大体そういう順番」
「これから何をするのだ?」
「植物に浸食された鋼から、腐食だけを抜き取る。『換金』で限りなく元の状態に近い鋼に入れ替える。つまり、鋼から黄金を経由して一巡させて、同じ鋼に入れ替える」
「そんなことができるのか?」
「できる。ただし『換金』で金属序列を丸々一巡させるから、かなりの換金手数料が持ってかれる。その分、いくつかの部品が喪失するのは間違いない……最悪、鎧一つか二つ分くらいは持ってかれるかも……三つかも……」
だけど、と言って、ルルスは立ち上がった。
「あのゾイゼンが本気を出せば、きっと喪失した分の部品は……全部とは言わずとも、ある程度は期日までに補えるんじゃないかな? あとはゴルティナが適当に見繕ってあげれば……何とかなるかも」
「へえー、錬金術って凄いんすねえ」
『究極の闇』のリーダーが、感心したようにそう呟いた。
「まあ……こんな回りくどいことをするから、錬金術は最弱って言われるんだけど」
「でもこんなこと、他の誰にもできないっすよ」
「金属専門のお医者さんにして、調合師みたいなものだからね」
そう答えると、ルルスの手が不意にぎゅっと握られた。
ゴルティナだ。
「一応、手を繋いでおこう。あまり力を使いすぎると、松明としての存在が燃え尽きちゃうかもしれぬから」
「あ……そうか。ありがとう」
ゴルティナと手を繋いだルルスは一息つくと、術陣に片手をかざす。
「よし……いくぞ……『換金』!」
術式が仄かな青色の光を帯びて、大規模な『換金』の発動が準備される。
しかしその瞬間、ルルスは奇妙な音を聞いた。
金属が激しく擦れ合うような、鼓膜に障る甲高い音。
聞きなれぬ不快音に、ルルスはヒヤリとする。
まさか、失敗したか?
しかし、次の瞬間。
術式は眩い黄金の輝きに変わり、爆発するかのような光線を放った。
キイイイイインという激しい音が鳴り響き、倉庫中の板金が共鳴しているかのようにして増幅される。
ルルスは思わず片腕で目を塞ぎながら、半歩後ずさった。
「…………っ!?」
こんな激しい反応は、『換金』では起こらないはず。
ルルスが自分の発動した錬金術に驚いていると、『換金』の循環が終了し、黄金の輝きがふっと消え失せた。
「…………あれ?」
錬金陣の中に存在していたのは、下に散らばった鋼の錆と、穴ぼこのままでピカピカに変質した儀礼用甲冑だった。
それを見て、『究極の闇』一行が驚愕の声を上げる。
「うおおお! すっげええ!」
「マジでピカピカだ! 兄貴すげえっす!」
「ほほほー! ピカピカでキラキラではないか! すごいな、ルルよ!」
最後にそう言ってはしゃぎ始めたのは、ゴルティナだった。
しかし当のルルスは、自身が発動させた『換金』の結果を見て、唖然としている。
ほとんど序列の一番下から、『換金』で序列最上位の黄金を経由して、さらに一巡させたのに……
換金手数料が、ほとんど発生していない。
いや、そもそも発生していない?
ルルスは焦ったように鎧に駆け寄ると、それを色んな角度から、せわしなく見つめた。
「おかしい……どこも喪失してない。下手したら鎧三つ……いや最悪、四つ分は吹き飛んでもおかしくなかったのに」
「何かおかしいのか?」
「何も、少しも……ひと欠けらも喪失してないんだ。完全に元の質量のままだ」
「それで良いではないかー。ピッカピカの大成功であるぞ!」
成功は成功でも、明らかにおかしいことが起こっている。
錬金術の法則を、完全に無視しまくった結果が得られてしまったのだ。
こんな現象は、錬金術師の最高到達点……『賢者の石』でもなければ、
そこで、ルルスはふと自分が握っている手に気付いた。
手を繋いだ先に居るのは、少女の形をした最高黄金精霊、ゴルティナ。
まさか?
「ようし! こうなれば話は早い! あとは我に任せておくがよいぞ! ピッカピカのキラッキラに修復してくれる!」
坦々鍋美味しいです。
ブックマークは、締めに溶き卵を加えてからねー!




