24話 鎧を作っただけなのに
「どうどうどう!」
鎧鍛冶の頭領……ゾイゼンに突き放されたルルスを見て、ゴルティナが声を上げた。
「そこの白髭よ。どうしてルルを、そう邪険にするか」
ゴルティナがそう言ったのを聞いて、ルルスは少しひやっとする。
怒髪天精霊モードに切り替わらないことを祈るしかない。
切り替わっても、全力で止めなければ。
ゾイゼンは顎に蓄えられた豊かな白髭を弄りながら、ルルスやゴルティナには顔を向けずに答える。
「昔……そいつの父親にな、煮え湯を飲まされたことがあるんじゃ」
「父親? ……ルルの父上か! どんな人だったのだ!?」
「ふん。世紀の大ほら吹きじゃ!」
カンッ、とゾイゼンが槌を打ち鳴らした。
「そいつの親父のラオンという奴はな。『賢者の石』が完成するだの見つけただのとほざいて……みんなを騙しおった、世紀の詐欺師なんじゃよ」
「……どういうことである?」
「十年も前だったかのう。そこの倅がまだ、こんな小せえ頃に……」
ゾイゼンはそう言いながら振り返ると、ゴルティナの身に着けている鉄製の甲冑を目にして、皺くちゃ顔の目をギョロリと見開いた。
ズン! と突然にゾイゼンが立ち上がり、ルルスの倍はあろうかという巨大な背丈がグインと伸び、その白髪頭が天井に突き刺さろうとした。不意に立ち上がって細い目で睨みつけるゾイゼンに、ゴルティナは珍しく、いささか怯えたかのように半歩後ずさる。
「な、なんであるか!?」
「なんじゃ!? その金属鎧は!?」
ゾイゼンは前かがみになってゴルティナに顔を近づけると、彼女が先ほど即席で形成して身に纏っていたアーマーを凝視する。ゾイゼンの怪物のように広い肩幅と、巨人のように大きな背丈が小さなゴルティナに迫った。
老人だというのに、ゾイゼンの腕には隆々とした筋肉がカチコチに盛り上がっており、そこから繰り出される荒い鼻息はゴルティナををも退けるほどだった。
「この金属鎧、どこで買ったのじゃ!? 譲ってもらったのか!? 誰が作った!?」
「わ、我がさっき作ったのだが……」
「お前みたいな小娘が、こんな装甲を作れるわけがないじゃろ!」
「馬鹿にするでないー!」
ゴルティナが地団駄を踏みながら憤ると、ゾイゼンはルルスと『究極の闇』たちの方にも目を向けた。ズズン! と彼の太い腕が伸びて、ゴルティナ特製の金属鎧を身に纏っていたリーダーの首根っこが、その手に捕まってしまう。
「う、うわあ! 助けてくれぇ!」
「こいつもとんでもない代物じゃ! なんと精巧に作られておる!」
ゾイゼンに捕まったリーダーは、まるで玩具の人形のように弄ばれた。
カチャン、とゾイゼンの片目に眼鏡がかけられて、その鎧を隅々まで眺め始める。
食い入るような、そのまま食べられてしまうのではないかという凝視だった。
「なんという精巧さ……! ワシなら一目でわかる! 美しい板金のカーブに、接合部がわからぬほどの……いや一枚板金か! これが一枚!? 一体どうやって加工したのじゃ!? どこに継ぎ目がある!? こんなものを作れる鎧職人が存在したとは! 一体なんじゃ、これは!?」
「た、たすけて……」
鼻息を荒くして興奮しているゾイゼンに、『究極の闇』のリーダーは完全に捕えられていた。
「この金属鎧に、値段を付けてもらおうと思って来たんです」
ルルスが口を開くと、ゾイゼンは途端にムスッとした表情になった。
「値段?」
「あの……鎧鍛冶のギルドとしては、いくらで買い取ってもらえますかね?」
「値段など付けられん。とんでもない上物じゃ……きっと他国の超一流の職人が、賢者級の錬金術師と共同で作ったに違いない……」
「だからー! 我が作ったって言っておるのにー!」
「しかし……どうして純鉄製なのじゃ……? なにか深遠な意図が……」
それは単純に、その場にあった材料の問題だった。
◆◆◆◆◆◆
「是非とも引き取りたい所では、あるのじゃがな……」
俄然話を聞く気になってくれたゾイゼンが、ルルスにそう言った。
この年長の鎧鍛冶は、もはやゴルティナの作ったプレートアーマーのことで頭がいっぱいになってしまっているらしい。ルルスの父親との因縁など、完全に忘れてしまっているかのような気配すらあった。
「こんな上物の鎧、とてもではないが……ワシらの蓄えでは買い取れん。それくらいの価値があるものじゃ」
「そこそこの値段で買い取ってもらえれば、大丈夫なのですが……」
「なぁにぉお!? 馬鹿にしとるかぁ!」
激怒し始めたゾイゼンは、勢いよく立ち上がって天井に頭をぶつける。
「このラオンの倅め! この鎧がどれだけ精巧に作られ、魂と情熱をかけて鍛錬された、超一級品の代物かわかっていないようじゃなぁ!?」
黄金精霊が精巧に作ったのは確かだろうが、あまり魂と情熱はかけられていなかったように思えた。
「一流の鎧鍛冶が生涯をかけて究める、超一級品の上物! そこそこの値段とは何という言い草かぁ!?」
「ルルを馬鹿にすると許さんぞー」
「落ち着いて、落ち着いて。どっちもね」
ゴルティナもゴルティナで、めちゃくちゃに褒められていることは確かなので怒るに怒れずにいるようだった。
ゲホゲホ、とゾイゼンが咳き込んだ。
「ということでじゃな。鎧の流通を専門にしとる、信頼できる商人団がおるから……そいつを紹介してくれる。大丈夫じゃ。もう何十年も取引しておる、信用に足る奴らじゃ。目利きもたしかで、物と技術の価値っちゅうもんがわかっとる。ワシを通して、そいつらに買い取ってもらうといい」
「ありがたいです。その商人団は、どこに所在してますか?」
「二年に一度、ここを訪れるからな。その時に声をかけてくれよう」
超長期計画だった。
待ち時間が長すぎた。
「あの……とりあえずで買い取ってくれる、その辺の商人ギルドを紹介してくれるだけで良いんですが……」
「その辺の物の価値も技術もわからんようなギルドに、こんな上物を渡してやる物か! いいか、ラオンの倅よ! こいつは家宝物の超一級品なのじゃぞ!? そんな二束三文で売ろうとするんじゃない! 絶対に後悔するぞ!」
困った。
鎧鍛冶の頭領から見ても、ゴルティナの金属形成は神業らしく……
価値が高すぎて、逆に売るのが難しくなってしまっていた。
ルルス一行としては、本当にそこそこのお金で売却できれば、それこそまとまったお金になればいくらでも良い雰囲気すらあったのだが。
「……それか何か? ラオンの倅め」
「ええと、なんでしょう」
「お前、お金が無いのじゃな?」
「まあ……そういうところです」
ルルスがそう答えると、ゾイゼンはふと落ち着いた表情を見せて、ふたたびゴルティナの形成した純鉄製の鎧を眺めた。
「この鎧……もしやラオンが錬金で作った代物ではあるまいな? 形見か?」
「いえ、違います」
「だから、それを作ったのは我なのだがー?」
「……まあよい。奴の錬金術なら、これくらいの鎧を作っても不思議ではなかったが……売るにしても、もう少し考えると良い」
ゾイゼンは大柄な体を窮屈そうに動かして、部屋の奥から革の袋を取り出してくると、その巾着紐をほどいた。
「金に困っているのは……どうせ借金じゃろう? ワシが立て替えてやる」
「あ、違うんです。そういうことじゃなくて……」
「いくらあれば足りるんじゃ」
「ええと……そうですね。金貨で30枚もあれば……」
「ふん。おおかた、本当のところは金貨50枚かそこらという所じゃろうな」
何かを深読みしたゾイゼンは、巾着袋から出した金貨をジャラジャラと別の袋に移し替えると、ルルスにそれを突き出した。
「金貨で80枚ほど入っとる。持っていけ」
「80枚!?」
びっくりしたゴルティナが、ひっくり返るような声を上げた。
金貨がずっしりと詰まった巾着袋を受け取ったルルスは、おずおずとゾイゼンのことを見つめた。
「あの……いいんですか?」
「ただで建て替えてやるわけではないのじゃぞ。この鎧は、その金の担保として預からせてもらう」
「も、もちろんです」
むしろ、そのまま譲ってしまっても良いくらいだった。
「でも、こんなに……」
「借金のカタなんかに、こんな上物の鎧を二束三文で手放されては敵わんわい。80枚もあれば、向こう数か月は食っちゃ寝しても足りるじゃろう……足りないか?」
「いえ! 全然です! 全然足ります!」
◆◆◆◆◆◆
ということで。
ゾイゼンが頭領を務める鎧鍛冶の工場から出てきたルルス一行は、ゾイゼンから受け取った巾着袋を囲んでゴクリと唾を呑み込んだ。
ルルスが震える手で紐を解くと、その中には金貨、金貨、金貨。
太陽光に照らされて金属光沢を放つ、金貨80枚分の眩さがそこにはあった。
「お、おおぉおぉおおおっ!」
「ぴ、ピカピカ……っ!」
「やべえよやべえよ……」
ルルス、ゴルティナ、『究極の闇』一行が震えあがる。
「え、ええと、分け前は……ど、どどどどうしよう! どう分けよう!」
「こ、こんなにピカピカになるとは思わなかったぞ! 我、ちょちょっと作っただけなのに! ちょちょいで作っただけなのに!」
「一回ダンジョンに潜っただけなのに、すげえ稼ぎだ……!」
「これ繰り返すだけで大金持ちになれるぞ……!」
『ピカ☆ピカ軍団』一行が震え上がっていると、今しがた出て来たばかりの工場から、叫び声が上がった。
「大変だ!」
「頭領を呼べ! 鎧が……!」
「ゾイゼンに……」
何やらただならぬ雰囲気に、ルルス一行は振り返る。
背後では工場の職工たちが、走り回って叫んでいる姿が見えた。




