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9.後悔先に立たず。

 テロの犠牲になった人々の追悼式が公園でしめやかに行われた。

 ジョーにジョージ、それに赤が喪服に身を包んで献花をした。

 もしあの時少しでもズレていたら今頃赤はここにいない。

 思わず涙が込み上げてしまい夫であるジョーがそっと彼女の肩を抱き寄せた。

「そろそろ病院に戻ろう。」

 ジョーの声に赤は素直に頷くとその場を離れた。


 あれから母は救急病棟に運び込まれ未だに意識が戻っていない。


 もう三か月だ。

 いい加減母を諦めてはという医師の言葉に屈しそうになる度、ジョーの父親がその医師の胸倉を掴み上げ、ジョーがそれを止めるということがここ三か月繰り返された。

 今日もこれから赤は病院に行くつもりだがそれをジョーに止められた。

「ジョー?」

「今日は少し遅れて来てほしいって、親父が。」

「えっ、でも何で?」

「俺にもわからないけど何かしたいらしくて、まっ、俺としては君がああなったら同じことしそうだからさ。」

「同じこと?」

「そう同じこと。」

 どうも煮え切らない様子の夫に疑問符を浮かべながらもこれまで母に献身的な態度で接してくれたジョーの父親の頼みだったので赤は黙って言う通りにした。


 赤は時間を潰すためだからと言われ夫の知り合いが経営するブテックに連れ込まれた。

「まあ、ジョー。久しぶりね。」

 そこは夫の元同僚であり今はカミングアウトして兵士から転身、新進気鋭のデザイナーになったテックさんが経営するお店だった。

 そう言えば後で聞いたのだが婚約式で赤が使ったドレスもテックさんがデザインしたものだったそうだ。そのドレスは斬新なもので婚約式後もドレス周りについているフリルが取り外せるようになっていてちょっとおしゃれな普段着としても着れるデザインで有名だそうだ。かくいう赤もあの後何度かジョーと仕事がらみの軽食パーティーなるものに連れて行かれ、婚約式に着たドレスのフリルを取り外して使わせていただいた。

「婚約式の時のドレスは素晴らしかったです。ありがとうございます。今もフリルを取り外して何度も使わせてもらってます。」

「まあ、それはとてもうれしいわ。そうそう。これが今回頼まれていたものよ。」

 テックさんはそういうと淡い色合いのドレスを持ち上げると赤にそれに着替えるように促してきた。

「えっ、あのー?」

「あらあら、ジョーたらまだ説明してないの?」

「料金は俺に請求しろよな。とにかく赤。そっちの個室でそれに着替えてくれ。」

「えっ、なんで?」

 あまりの急展開について行けず突っ立っているとテックさんがお店の子を呼んでその子たちに店にある個室に連れ込まれた。

 皆さん手慣れているようであっという間にドレスを着せられ気がついたらお化粧もして貰っていた。


 ドキドキしながら個室から出ると二人に大絶賛された。

「もう二人ともお世辞はいいです。それよりジョーこれは一体何に必要なの?」

 ジョーは説明しようとして通信機器の振動に気がついてポケットからそれを出すと慌ててテックさんにお礼をいい、赤を抱え上げるようにして車に乗せると病院に向かった。


 ふと隣を見るといつの間に着替えていたのかジョーもかなりめかしこんでいた。

「ジョー、これから何をするつもりなの?」

「まあ、そこが病院だからとにかく行けば分かる。」

 疑問符を浮かべながら赤はまだ意識が戻らない青の病室に向かった。


 二人で何とも場違いな恰好で件の青がいる病室のドアを開けるとそこは昨日までとは違い物凄くおしゃれなものになっていた。

 驚愕のあまり赤が固まると母が眠るベッドの傍にこの病院の院長が神官服に身を包んだ格好で立っていた。

「な・・・何をしてるんですか?」

 赤は病室で青の手に頬づりする美形に目を止めた。

「何って勿論結婚式さ。青は神教を信じてるっていったから神教式で挙げようって思ってね。」

 ジョージはものすごーく爽やかな笑顔を浮かべて飛んでもないことを宣った。

「あのー、聞きたくないんですがこの内装変更。いくら掛かったんでしょうか?」

「〇千万くらいかな。」


 ベッドで寝ている赤のこめかみがピクリと動いた。

「はあぁー、〇千万。それじゃこのいかにも人件費がかかってそうな食事は?」

「それも〇千万くらいかな?」


 ベッドで寝ている赤のこめかみが今度はぴくぴくと動いた。

「えっ、あれとあれとあれは?」

「どれも〇千万さ。」


「じゃ、今寝ている母が来ている結婚式の衣装代は?」

「ああ、それならもちろん最高級品でさ、〇億・・・。」


 ガバッ。

 ジョージの答えにベッドで寝ていた母が飛び起きた。

「〇億だとぉー。何を考えてそんなことしとんじゃーコラー。」


 思わずその場にいた全員が起き上がった青を凝視した。


「ママ!」

 飛びつこうとした赤より先にジョージが青を抱きしめた。

「青、アオ、あお、あおぁー。」


「ちょっと人を抱きしめてる場合じゃないでしょ?何勝手に〇億もかけて結婚式の衣装を作ってるのよ!」

「そりゃ俺達の結婚式だからね。これでも君の意識が戻らなかったから随分自制したんだよ。」


 これで自制したの?

 いかん。

 普通人には到底理解出来ない。

 遠くに意識を飛ばしている青を見て、ジョージは嬉しそうに何が気にいらないんだと聞いて来た。

「君が気に入らないなら、これは捨てて新しいのを作ればいいから。」

「〇億を捨てられるかぁー。ああ、でもこんな高いのは勿体ないし、でも高すぎるし・・・。」

 悩み始めた母とひたすら意識が戻ったことを喜ぶジョージを見て、周囲の人間は彼らを二人だけにする為病室を出た。


「それにしてもあのジョージが女に夢中になる日が来るとは人間長生きはするもんだな。」

「叔父さん。父がご迷惑をかけてすみません。」

「イヤ、気にするなジョー。あいつは昔っからああだったから。むしろあの非常識男を叱りつけられる人物が目覚めてくれて心底うれしいよ。」

「そこは俺も同意見でけど、あのー。」

「ああ、なんだい?」

「青さん。いえ、お義母さんはもう大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、それは問題ない。意識が戻らない以外は身体的にはまったく問題なかったからね。」


 二人の話を聞きながら赤はさっき呟いた青の言葉を思い出していた。


 ”私は普通体型だもの。きっとこの〇億の着物も売れるわよね。これを売ってから結婚式は普通にしなきゃ。”

 青の決心は最初は叶えられそうになったがジョージの仕事上の付き合いがあり、結局結婚式は後日病室をより何万倍を大きくしたものを開くことになった。


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