8.驚愕
窓外をゆっくりと光が流れていく。
青はそれをぼんやりと見ながら先程あったオーナーシェフの太郎のことを考えていた。昔より白髪が増え少し太ったようだがいい感じに年を取り渋めの美形になっていた。あの別れた時よりもっといい男になっていたし、きちんと仕事もしていた。それなのに私はなんで赤にあれが彼女の父親だと言えなかったのかしら。何で・・・。
「あのレストランのオーナーシェフは君にとって・・・その・・・。」
突然、今まで黙って運転していたジョージから思いもかけないことを聞かれて青はハッと現実に戻った。
「あのオーナーシェフは赤の父親よ。昔から夢ばかり追っていて、最初は小さなレストランで見習いコックをしていたの。そのうち自分はもっと大物になれるからっていきなりそのお店を止めちゃって。でもその時にはもう私のお腹の中には赤がいたから私は物凄く辞めたことに反対して・・・結局、今のあいつを見るとそれは間違っていなかった・・・ウッ・・・。」
青はあふれてくる涙に顔を横に向けると窓外を睨んだ。
ジョージは傍にあったテッシュケースを青の膝に置くといきなり道を変更して地下道に入った。地下に入ってすぐに車は無機質な四角い空間に止まった。車が止まると四方が壁になっていきなり軽い音と共にそこが上昇した。
「えっ。」
青が窓外の景色が変わって驚いているうちに車は高層ビルの通路に止まっていた。
「ここは?」
青が車の座席で固まっていると運転席を出たジョージが助手席側に回るとドアを開けた。ジョージは胸に手を当ててお辞儀をすると青に手を差し出した。
「ようこそ。お越しくださいました、青さま。ここは私の仕事場近くにある仮眠室です。」
「仮眠って!」青はジョージに手を引かれるまま車を降りてすぐ傍にある部屋に入った。
そこからは窓いっぱいに広がった満点の星空が見え、逆に眼下には素晴らしい夜景が広がっていた。
「なかなかいいだろう。」
「ええ、素晴らしいわ。」
青が感嘆の声をあげるといつの間に作ったのかカクテルグラスを彼は差し出した。
「この景色を見ながら飲むのが最高なんだよ。」
青は破顔してジョージからグラスを貰い、それに口を付けた。
「美味しい。」
ジョージは自分も飲みながら片目を瞑って見せた。
「では、次はどんな種類がお好みかな?」
「そうね。アルコールの強いのをお願いするわ。」
ジョージは先程と同じように腕を胸の前にして一礼すると備え付けのカウンターバーから銀色のシェーカーを出すとそれに強いアルコールと数種類のお酒を入れて青の前でダンスをしながら、それを混ぜ合わせた。
青がそのパフォーマンスを夢中になって見ていると彼は最後にシェーカーを放り投げてフィニッシュを決めると彼女のカクテルグラスに青色の酒を注いでくれた。
「どうだい。満足してくれた?」
青は注がれたカクテルを味わって飲むと彼を褒め称えた。
「さすがにあのレストランのオーナーシェフでもこれは出来ないだろ?」
ジョージの思いがけない言葉に青は目を瞠った。
「そりゃできないけど何であなたがそれを気にするの?」
「あのオーナーシェフを見ている君が気に入らないから。」
「気にいらないですって?」
ジョージはブツブツ言いながら髪の毛を掻き毟ると窓際にいる青を突然背後から抱きしめると耳元で囁いた。
「嫉妬したんだ。君の昔の男だと聞いて今も気が狂いそうだよ。」
「なんでそんなことを言い出すの?あなたが嫉妬。ありえないわ。」
「自分でも信じ難いけど君に惚れたらしい。嫌だったたら殴ってくれ。抵抗しないなら止めない。」
ジョージはそういうと抱きしめていた腕を緩めると青を正面に向かい合うと彼女の顎に指をかけ、顔を上向かせると口づけた。
青は目を白黒させながらその心地良い思いに身をゆだねた。
青が唖然としているうちにジョージに抱き上げられ寝室に運ばれた。
「ちょっと待って何をする気なの?」
「あの男のことを忘れさせてやる。」
青はジョージの宣言にムッとした。
「あなたこそあのアンジェリーナとかいう女のこと忘れていないくせに。」
「じゃ、君が忘れさせてくれ。」
ジョージはそれ以上、彼女の返事を聞かずに覆い被さった。
ベッドが二人の重さで沈む。
青は呆けながらも気がつくとジョージの背中をギュッと抱きしめていた。
ブーブーブー。
ブーブーブー。
ブーブーブー。
ブーブーブー。
傍にあるテーブルで振動音が響いていた。
「うーん。煩い。」
青は起き上がると振動しているものを掴もうと手を伸ばした。するとその手を誰かに掴まれた。
「もう少し寝ていろ。昨日は無理させて悪かったな。」
何とも青好みの低い声に重い瞼を開くと美形が彼女の背中から覆いかぶさるように筋肉質の胸を彼女にぺったりとくっつけてベッド傍に置いてある通信機器に彼女越しに手を伸ばしている所だった。
「!!!」
青の驚愕に気がつかずジョージは通信機器を手に取ると今日から二日は休暇にすると言い放つと通信機器を切ってまだ固まっている青を背中から抱きしめた。
「体は大丈夫か?」
腰に響くエロボイスに寝ているにも関わらずふにゃけそうになりながらも大丈夫だと言った途端、天地が逆転した。
「じゃ、もう一戦問題ないよね。」
ちょっと問題大ありです。
朝から喰われました。
娘に怒られると怒鳴ればどうせあっちも昼までベッドの中だと断言されましたが、こちとら若くないんだ少しは考えろっと喚いたら前戯が長くなっただけだった。
言葉は本当に難しい。
昼近くになってやっと起き上がると昨日の夜に来ていた服とは違う服を差し出された。
「これは?」
「いや、悪い。昨日無茶し過ぎたせいでちょっと・・・。そのお詫びだ。」
そういうと赤らめた表情を隠すように寝室を出て行った。この男の恥かしいという感覚がわからん。まあいい。とにかく着替えねば。
青はベットから立ち上がると服の束に手を掛けて下着を引っ張り出すとそこには某高級ブランドのロゴがさりげなくついていた。
これって1着ウン十万の品だったような・・・。
いや気にしないでおこう。これを着ないと着るものがない。青は重い体を引きずってシャワーを浴びると服を着た。着ごごちもいいしサイズも怖い位ピッタリだ。どんな特技なんだ。あきれているとドアを開けたジョージが心配そうにやって来た。
「もしかして歩けないかい。食堂まで抱いて行こうか?」
ブンブン。
青は思いっきりよく首を振ると慌てて歩き出してこけそうになりジョージに抱き上げられた。
「無理をするな。」
「無理してません。お願い降ろして。」
「気にするな。」
気にするし私の言葉通じていない気がする。黙っていると疲れたなら今日の予定はなしにしよかと言われ慌てて食事を再開すると公園で待っていると困ると思って待ち合わせ時間を連絡してくれるように頼んだ。
結局、それから朝食兼昼食を食べるとジョージに連れられ待ち合わせ場所である公園に向かった。その間もジョージから何度もキスされた。あまりの多さに文句を言うと意外なことを言われ言葉が出なかった。
「どう?あの昔の男のことを忘れさせることが出来た?」
そう言えば色々あり過ぎて昨晩車を降りて以来思い出さなかった。あの男に会った時にはあまりの辛さにそればかり考えていたのに。昔の男を忘れるにはなんとやらというのが自分の当てはまるとは思わなかった。青は問いかけて来たジョージの目を見ながら逆に質問してやった。
「あなたはどうなの?」
「俺は君以外目に入らない。」
さすがリア充言うことが違う。呆れていると公園の中央から入ってくる赤たちに気がついた。
さすが若さが違う。青は走り出すと誰かさんのせいで倒れそうなのにあっちは、まあ元気いっぱいね。
「ママ、お待たせ。先に買っておいたよ。」
青はそういうと濃厚なバニラアイスクリームを青に渡してくれた。
「ありがとう。でもそれは食べ過ぎじゃないの。」
赤の手元を見れば三種類のアイスクリームが今にも零れ落ちそうな形でコーンにくっついていた。
「大丈夫よ。」
そういっている間にもアイスが溶けて赤の手を濡らした。
それを隣にいたジョーが手ごとべろりと舐めとると赤が激怒した。
「酷い。まだ私食べてないのに!」
「ごめんごめん。溶けちゃた分だけだからさ。あんまり美味しそうだったからつい。」
ジョーはそういうと両手を合わせて謝っている。微笑ましい二人に笑みを浮かべながら自分のアイスを舐めようとするとジョージと頭がぶつかった。
「ちょ・・・いくら何でも無理。」若くもないのに赤たちのようなことは出来る訳がない。
青はジョージたちに背を向けてアイスクリームを舐めるとふと目の前に立っている男の動作に目がいった。
くたびれたTシャツを着て新品のジーンズを穿いた男はリュックから黒光りする銃を出すと背中を向けている赤たちにそれを向けた。
青は持っていたアイスクリームを放り出すと赤に飛びかかった。
甲高い音が響きキナ臭い硝煙の香りが周囲に広がった。
青は背中に違和感を感じ地面に倒れこんだ。
赤は自分に覆い被さって来た母親に気がつき、次にその彼女が地面に倒れたことに気がついた。
倒れた青の周囲には血だまりが出来ていた。
「青!」
ジョージは倒れた彼女に視線を向けすぐに彼女を撃った男に気がついた。
「ママ。」
倒れた青に縋りつく赤と彼女を背後に庇うように立つジョー。
その状況を見て優越感に浸りながら満足げに笑う男にジョージは飛びかかると銃を取り上げ、男を滅多打ちにした。
男はジョージに殴られすぐに気を失った。
急を聞き現場に駆け付けた警官に止められるまでジョージは男を殴り続けた。
ジョージが警官に止められ我に返って後ろを振り向くと血の海に横たわる青がいた。
「青!」
ジョージはどうしていいかわからず血だまりに立ちつくした。




