7.家族
青は朝食を食べると部屋に戻った。
そこに娘の赤から電話がかかって来た。
「ママ、まだそっちにいる。」
「ええ、大丈夫よ。さっきジョーのお父様にあなたたちがこっちに向かっているって教えてもらったわ。でも本当に大丈夫なの?」
「うん、全然問題ないよ。それより夕方にはそっちに着くから久々に一緒に食事をとろうよ。」
「まあ、私はとてもうれしいけど二人だけの方がいいじゃない。」
「そんなことないよ。もうすぐ国に帰っちゃうんだからそれまでは一緒したいってジョーには許可貰ってる。」
「なら喜んでそうさせてもらうわね。」
青は娘との楽しい会話を終えて電話を切った。
電話向こうでは赤がジョーを見てボヤいていた。
「本当にいいの?母さんに会えるのは嬉しいけどジョーの忙しいお父さんまで誘って?」
「問題ないよ。むしろ誘わなかったほうが問題になる。」
「そういうもの?」
「そういうものさ。」
ジョーはそういうと愛しい妻に口づけた。
親父。
一応、俺からの援護射撃なんだから後は何とかしろよ。本気の相手にはどうも臆してしまう我が家の血筋に親父もかと呟いてしまい妻である赤に首を傾げられた。
「ジョー、なんだかよくわからないけど、はいこれ。」赤はさっきまで話していた電話をジョーに渡した。
「おっサンキュー。」ジョーはそういうと父親のジョージに電話を掛けた。
「やあ、父さん。」
「なんだもう着いたのか?」
「いや、まだだけど遅くとも今日の夕方には着くよ。それで赤が家族で食事したいっていうから彼女のママも呼んだんで親父も出席してくれって言う電話だよ。」
「おい、俺は仕事が・・・。」
「調整出来ない?」
「いや、大丈夫だ。行く。」
それだけ言うとジョージの電話は切れた。
「あのー、ジョー。もしかして迷惑だったんじゃない?」
心配そうな顔の赤にジョーは全く問題ないと答えた。むしろあの焦ったような親父の声にジョーは面白くなって不思議がる赤の隣で爆笑した。
夕方、宇宙港に着くと赤とジョーは迎えに来たジョージの車で赤の母である青が待つホテルに向かった。
「あのー仕事は大丈夫だったんですか?」
恐る恐る聞く赤にジョージは全く問題ないよと軽く答えていた。声の割に真剣な顔のジョージにジョーはあの親父をここまで本気にさせる赤の母親の存在は凄いなと感動した。
ジョージが運転する車は渋滞にはまることなく青が宿泊しているホテルに到着した。ホテルに着くと赤の連絡でラウンジで待っていた青がすぐに出てきた。
「赤!」
「ママ。」
二人はしばらく抱き合ってからジョージたちがいる車にやって来た。赤の母は運転しているのがジョージだと気がつくとお忙しいのに赤が何か無理を言ったのではないかと心配した。
親父のことだから赤の母親に迫られると思ってついた嘘で自分の首がしまって渋い顔をしている。
このまま困った表情の親父を見ているのもいいけどいい加減可哀想になったジョーが親子の会話に飢えてるから呼んだんですと言ってその会話を打ち切ると二人を車に押し込んだ。すぐに雰囲気を察した親父が車を出して全員で予約した高級レストランに向かった。
滅多に女性をここに連れて来ない親父はジョーの妻になった赤がいるとはいえ個室を予約してこの待遇とは恐れ入る。ふと横を見ると赤の母親が若干蒼褪めているように見える。彼女は赤とは違ってこのレストランの価値を知っているようだ。ちょっと引っ掛かりを覚えてそれを聞こうとしところで大変な人物と鉢合わせした。
「あら、ジョージとジョーじゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね。」
豊満な胸を強調した大胆な赤いドレスを着た女性がそこにいた。
「アンジェリーナ。なんでお前がここにいるんだ?」
「あら、ご挨拶ね。たまたまここで会食があっただけよ。」
見ると彼女の隣にはこの国の現職大臣が立っていた。
「やあ、ジョージ。久しぶりだね。ジョー君も大きくなった。」
「まあ、お義兄様。お久しぶりですね。」
アンジェリーナと現職大臣の後ろには大臣の娘がいてジョーの腕を取ると豊満な胸を押し付けて来た。
ジョーは抱き付いて来た義理の妹から腕を引き抜くと隣で呆気に取られていた赤の腰に手を回すと彼らに紹介した。
「本当に久しぶりですね、大臣。こちらは僕の妻になった赤です。赤、こっちにいる方は元僕を生んだ人だよ。」
「あっ、初めまして。赤です。」
赤が素直に挨拶するとそれを見た大臣の娘がクスッと笑って赤が来ていた洋服を遠回しに地味だ古臭いと言い出した。それだけならまだしもジョーの母親がジョーに向かって趣味が悪いと言い出したのを聞いて彼らの前に青が立ち塞がった。
「初めまして、私赤の母親で青と申します。」
「あら、まあ。あなたも古臭いものを着ているのね。」
アンジェリーナの指摘に青はこの洋服のながーい歴史をスラスラと話し始めた。この国はまだ出来て間もないため歴史というものにコンプレックスを持っている。赤の母親はそれを逆手にとって、いかに自分たちの服には歴史があるかを滔々と語り、最後はアンジェリーナが付けていた宝飾品がいかに年代が浅いレプリカか遠磴回しに皮肉ると彼らは言い返す気力もなく空笑いをあげて引き上げていった。
それを見ていたジョーとジョージはやって来たウエイターに声を掛けられるまで呆けていた。
「どうぞこちらに。」
ウエイターに案内された個室はジョージが予約したものより数段上の王族の方々が使う個室だった。
「今宵はようこそ当レストランにお越し下さり恐悦至極でございます。私が当レストランのオーナーシェフの太郎と申します。今宵は腕によりをかけておつくり致しますので是非ごゆるりとご堪能下さい。」
オーナーシェフはそう挨拶すると厨房に消えていった。
「凄いね。オーナーシェフ自ら挨拶に来るなんてさすがジョーのお父さんだね。」
赤は単純に喜んでいるようだが今までここを使っても一度もオーナー自ら料理を作る前に挨拶に来たことはない。それにあのオーナーは挨拶の間中ずっと視線を赤の母親の方に向けていたような気がする。
親父もそれに気づいたようで知り合いかと聞こうと口を開くとその前に逆に青は二人に謝罪してきた。
「先程はごめんなさい。赤を馬鹿にされていると思ったらジョーのお母様なのに止まらなくなってしまって・・。」
「気にしないで下さい。あなたが言い返さなかったら俺が言ってましたし、あそこまで穏便に彼らを追い返せたかどうかわかりませんから・・・。」
「確かにあれは凄かった。俺でもアンジェリーナをあそこまで言い負かした人物を知らないな。」
「ちょっと二人とも本当にごめんなさい。私も反省してますのでこれ以上はからかわないで下さい。」
顔を赤らめてモジモジする青を見て赤もやっと笑顔が戻った。赤もあんなことを言われて実は落ち込んでいたのだ。もっともドーンと落ち込む前に母の行動で蒼褪めてそれどころじゃなかったけど・・・。
笑い始めた赤たちにウエイターが次々に美味しい食事を持って来た。どれも舌が蕩けそうだ。
夢中になって食べるとあっという間にコース料理を堪能し尽くしてしまった。余韻に浸りながらも明日は高級料理じゃなく家族で中央公園のアイスクリームが食べたいという赤のご要望で明日は早起きしてこのメンバーで出掛けることになった。それにもうそろそろ閉店時間になるはずだ。
ジョージがウエイターを呼んで会計しようとするとオーナーシェフが挨拶に来て、今日の料理がどうだったか聞いて来た。赤がかなり感動したようで蕩けるような美味しさでしたと絶賛するとオーナーは嬉しそうに笑顔を浮かべると俺達の結婚祝いだと言って今日の支払いを受け取らなかった。赤は単純に喜んでいたが隣にいた彼女の母親は困ったような何とも言えない顔をしていた。俺達は素直にオーナーシェフの好意に甘えると車に向かった。
なんだかずっと考え込んでいる赤の母親が気になったので俺は親父に目配せすると疲れている赤の為にここからホテルの近い彼女の母親を先に送り届けるのではなく、俺達を先に送って貰うことにした。
車は赤とジョーが住むマンションに二人を降ろすと微妙な表情をしている彼女の母親を乗せて遠ざかって行った。
完全に彼らが見えなくなると赤がポツリと呟いた。
「別に気にしなくっても、もう大丈夫なんだけどなぁー。」
「おい、大丈夫ってなにがだ?」
ジョーがそう言えば赤は平然と”あれ、私の実父だよ。”と爆弾発言をブチかました。
そうか、それでさっきから赤の母親はあんな表情だったのか。
「それじゃなんでそれをさっきいわなかったんだ?」
「私が言うより同じ境遇の人が言った方がいいかと思って。」
「赤!」
ジョージは妻の肩を抱くとマンションに入って行った。
「親父、がんばれよ。」
去って行く車にジョーはそう祈った。




