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第二十話 繋がる世界

互助戒(ごじょかい)』――それは、ほぼ半グレ集団のようなものらしい。伊達工(だてこう)が総括し、各近隣の高校に在籍する生徒たちが実行犯となっている。


「イジメを誘発」→「守る」→「カネを貰う」→「互助戒へ上納」→「カネを貰う」という仕組み――要するに、暴力をビジネスにしているわけだ。


星花高校で言う実行犯は刈北(かりきた)。金を払わされている被害者は佐々木くんとやらだ。


しかも、一度『互助戒』に関わると、そう簡単に抜けられるものではないらしい。細かい個人情報を握られ、脅される――つまり、家族まで人質に取られているようなものだ。


じゃあ、どうして美桜が狙われたのか。……おそらく、スマホに残している記録だろう。『互助戒』にとって……いや、鮫島にとって不利な証拠が、録音されているのかもしれない。


美桜はきっと、まだそのデータを持っている。佐々木くんを守るための武器として、警察に提出せずに、ずっと持ち歩いているはずだ。


俺が死んだ日――鮫島は直接、美桜を襲った。つまり、鮫島個人の進退に関わる何かが、その記録の中にあるということか。


鮫島を潰し、そのデータは俺が持っていると『互助戒』に示せれば、美桜は標的から外される。


俺が生きていれば俺が狙われ、死ねばそれで終わり。美桜への繋がりは、完全に断ち切れる。


――ってあれ?俺って、こんなに頭が回ってたっけ?


「……がみくん……加賀見くん、聞いてるの?」


「――あ……悪い。なんだっけ?」


「私にお願いがあるって言ったの加賀見くんでしょ!でも……一緒に帰る必要なんてあるの?」


放課後の帰り道。隣を歩く美桜が、少し照れくさそうに言う。そっぽを向いているが、耳がほんのり赤い。


……正直、俺も照れくさい。


歩幅を美桜に合わせてゆっくりと歩く。車道側は当然俺が歩き、前後の様子にも気を配る。いつ何が起きても、美桜を守れるように。


その時――カチャッと金属音が響く。後方から自転車が猛スピードで迫ってくる!スマホを見ながらのながら運転だ。相手はこちらに気付いていない。咄嗟に美桜の華奢な身体を抱き寄せた。


風を切る音と共に、自転車がすぐ横を駆け抜ける。危機一髪だ。


「おい、クソガキ!自転車は車道を走れ!スマホ見ながら運転してんじゃねぇ!」


「――ひぃ!すみません!」


思わず声を荒げてしまう。ふぅ……しかし、間一髪で助かった。


「怪我はないか?」


腕の中で、美桜を見下ろす。彼女の顔は蒸気が立ち上るほど真っ赤だ。ふわりと漂う甘い香り、密着した身体、伝わる体温――その全てが、今の状況を強烈に意識させる。


「――どわっ!悪ぃ!」


慌てて距離を取る俺に、美桜は俯きながら小さな声で言った。


「あ……いえ。えっと……ちょっ、ちょっと加賀見くん。さっきの子への言い方は……もう少し気をつけたほうがいいんじゃない……かな……」


「お、おう」


その言葉はいつもの美桜らしいけど、凛とした雰囲気はどこか影を潜め、恥じらいに染まった表情が新鮮だ。


付き合い始めのカップルとは、きっとこんな感じなんだろう。……まあ、俺たちは付き合ってるわけじゃないんだけどな。


ーーー

 

他愛もない会話を交わしながら駅へと歩く。何気ない時間のはずなのに、胸の奥に微かな焦りがあった。電車が来るまでに頼みを聞いてもらわなければならない。方向は同じでも、俺は美桜と一緒には帰れない。


「美桜、頼みがあるって言ったよな。スマホを貸して欲しいんだ」


「ここで?」


美桜が少し驚いたように首をかしげる。


「ああ」


「どうぞ」


迷うことなく差し出されるスマホ。その指先の優しさが、一瞬だけ躊躇を生む。


「そういえば、加賀見くんってスマホ持ってないんだよね。今どき珍しいって、柊さんが言ってたよ」


少し頬の緩んだ美桜の背中が照らされる。

電車のライトが近づく。美桜からスマホを受け取ると、自然な流れで車両へ乗り込んだ。


「ああ、あともう一つ。今度アルと三人で散歩させてくれないか?」


「――え?うん、いいけど……」


美桜は少し戸惑いながらも、受け入れてくれるようだ。

泳ぐ視線は、きっと『どうして?』と問いかけているのだろう。

その微妙な仕草が、だんだんと分かるようになってきた。


『ドアが閉まります!』アナウンスとともに、俺は一歩踏み出す。美桜を残し、俺だけが電車を降りる。


美桜の瞳が大きく揺れた。「悪ぃ、ちょっとスマホ借りるわ!」


あっけに取られる美桜。電車のドアが閉まり、美桜の姿が遠ざかっていく。



そう、今から俺は『互助戒』を潰す。


逆方向へ一歩踏み出した。


ーーー


雄介の情報が確かなら、今日“鮫島”はカラオケ「かねこ」にいる。おそらく、上納日。部屋の広さを考えれば、大人数ではないはずだ。

狙うなら――今日しかない。


店に入ると、一部屋を借り、さりげなく鮫島がいる部屋を探し始めた。


どう動くべきか迷っていると、ふと目の前を伊達工の制服を着た男が横切る。ドリンクを取りに来たらしい。


その男が入った部屋を素通りしながら、さりげなく中を覗く。制服姿が三人……それに、別の高校の奴もいる。上納中か?だが、肝心の鮫島の姿は――見当たらない。


その瞬間、隣の部屋がガチャっと開く。


一人の男が出てくる。バッタリと目が合った――鮫島だ。


「ん?なんだ、お前……上納か?」


鋭い目で俺を見定めるようにする鮫島。その態度から、『互助戒』の上納者だと勘違いしているのが分かった。


目標が目の前にいる。鼓動が一瞬だけ速くなる。だが、興奮を抑え、静かに答えた。


「上納?何の話だ?」


「ちぃ、違うのか。まぎらわしいヤツだな」


苛立ったように吐き捨てると、鮫島は俺の横を通り過ぎ、別の部屋に入っていく。


――そういうことか。コイツら、何部屋借りてやがる?


仮に3部屋、それぞれに伊達工の奴らが三人以上いたとしたら……一人では無理だ。

ここは、鮫島が一人になるまで待つしかない。


そう考えていた矢先、鮫島の入った部屋から声が響いた。


「ちょっとションベン行ってくるわ」


ここしかないな。俺はそれとなく後を追う。

 

ーーー


「おい、お前、伊達工の鮫島だな。」


「アァ? テメェはさっきの……」


薄暗い個室の奥、用を足す鮫島の背中に声をかける。ふつうなら話にもならないような相手だ。だが、もっとも無防備な瞬間なら、意外と聞く耳を持てる――アルがそう言っていた。


「『互助戒』を潰しに来た。いや、正確には、お前自身をだ」


鮫島の背筋がわずかにこわばった。だが、すぐに嘲るような低い笑いが漏れる。


「何言ってんだ、テメェ。誰に向かって物言ってるのか分かってんのかぁ?」


さすがに伊達工のトップだ。俺の覇気をまともに浴びながらも、一切怯む気配がない。


「互助戒を総括してるのは、お前だろ? 俺は星花高校二年、加賀見聡明だ。くだらん金儲けをしているようだから、潰しに来た」


「星花の加賀見……聞いたことはあるな。『狂犬』……だったか。ずいぶんと調子に乗ってるようだが、ここに何人いるか分かってんのか?」


「さぁな。今見えるのは、目の前にいるお前一人だけだが、助けでも呼ぶか? まあ、お前をボコすのに一分もかからんがな。」


鮫島の口元が歪む。愉快そうに笑ったかと思えば、次の瞬間、チャックも閉めずに振り向きざまに左フックを振り抜いてきた――遅い。


この瞬間、この喧嘩は決して対等ではない。背後を取っている時点で俺の勝ちは確定していた。


振り向きざまの左フックがゆっくりと軌跡を描く。その動きが、俺にはスローモーションのように見える。


右ストレート――鮫島の顎に打ち込む。肉が軋むような衝撃とともに、ヤツの体が沈む。


崩れ落ちる鮫島の顔面に、最後の一撃として右前蹴りを叩き込む。無力な体は、小便器の中へと落ちた。

 

「あ……あぅ……ぐぅ……」


 まだ意識はある。さすがと言うべきか。だが、それも好都合……


「お前が探してる『互助戒』に関する録音データは俺が持ってる。ある女から奪ったものだ」


「ぐっ……何が目的だテメェ……!」


「……俺が気にいらねぇことを、俺が見える範囲でやってんじゃねぇ!」


「――!……ケッ……ヒーロー気取りかよ……」


「ヒーロー?舐めるなよ。そんな生易しいもんじゃねぇんだ。まさか……これで終わりだと思ってるんじゃないだろうな?」


 胸倉を掴み抱え上げる。


「お……お……俺が何をした……?何もしてねぇだろ」


「アァ?俺を殺したんだよ!」


ボディブローが鮫島にめり込む!悶絶するところを追い打ちのようにボディ攻撃!意識が無くならないように恐怖を植え付ける。


渾身のボディブローが鮫島の腹に深くめり込む。苦悶の表情を浮かべる鮫島!容赦ない追撃――恐怖が意識を闇に落とさぬよう、じわじわと植え付けていく——逃れられない悪夢のように。


「……う……がはっ……な、なんなんだよ……テメェ……」


「ただのヤンキーだ!」


ーーー


その後、トイレに駆け込む連中を入り口で待ち伏せ、一人ずつ叩き伏せた。多人数を相手にするなら、こうするのが鉄則だ。計十人──さすがの俺も息が上がる。もらった拳の痛みがじわじわと身体に響く。


カラオケ「かねこ」の店員が警察を呼んだらしいが、それを待つつもりはない。警察には捕まらない──それがヤンキーの流儀だ。


オレがやったのは『互助戒』に関わる連中を潰しただけ……。


だが、これでいい。『互助戒』が消えるわけじゃない。それでも、美桜に降りかかる火の粉は確かに俺へと移った。


これで……ん? 視界が霞む。疲れすぎたか?……足が前に出ない……

くそ、仕方ない。どこかで休める場所は――


「加賀見くん!」


その声に、揺れる意識が引き戻される。

倒れかけた俺を支えたのは、美桜だった。


「――血!?加賀見くん、背中から血が!」


……そうか。どおりで体の異変に気づかなかったわけだ。

俺は刺されていたのか──興奮のせいで、痛みすら麻痺していた。


「美桜……どうしてここが分かった?」


「GPSで分かるわよ!そんなことより救急車を――」


ふっ……俺の“未来視”も、それなりに当たるもんだ。

結末は変わらない。だが、美桜は救えた。

きっと俺は、この日のために前世の記憶を授かったんだろう。


瞼が重い。

美桜の顔が、ぼやけてゆく。


運命だと覚悟を決める。


「加賀見くん……かがみくん……」


美桜の涙が俺の頬に落ちる。


──パシャリッ──


突然、目の前が白く染まり、視界が弾けるように広がった。


➖➖➖


「いやだ、いやだ……死んじゃ嫌だ!ああ……誰か……誰か助けて!」


赤く染まった地面の上、美桜の悲痛な叫びが響く。

その声は、夜の静寂を裂くほど鋭く──絶望に満ちている。


冷たくなっていく身体を、美桜の温もりが必死に包む。

そのぬくもりが、かえって【俺】に“最期”を自覚させる。


『死ぬのか……でも……美桜が無事なら、それでいい』


「いやぁ〜!死んじゃ嫌だよアル〜!」


『ごめんな……守りきれなかった、美桜』


「――アル〜!!」


➖➖➖

 

目が覚めると、鼻をつく独特な匂いが粘膜を刺激する。消毒液の香り……病院か……。

まるで現実に引き戻されるかのような、重い空気が身体にまとわりつく。

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