第十六話 放課後校舎裏、告白の先...
放課後の校舎裏。
男が女を呼び出すといえば、それはもう告白に決まっている。もちろん逆も然りだが、俺としては呼び出されるより呼び出すほうがいい。なぜなら、それこそがカッコいいヤンキーだからだ。
〜カッコいいヤンキーの告白〜
**強引だけど真剣な告白**
「お前、俺と付き合え」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、胸の奥では鼓動がやけにうるさい。
**守ることで気持ちを示す**
困っているマドンナを助けた後、「お前は俺が守る」と静かに言う。直接的な愛の言葉じゃない。でも、それとなく好意が滲む。
**口調は荒いけど優しく**
「お前のことが気になって仕方ねぇんだよ!」
照れ隠しに怒鳴ってしまうけれど、本心はただ、純粋だった。
**さりげなく手を差し伸べて**
「いいから、乗れ」
バイクの後ろをポンポンと叩く。それだけで、十分に伝わるものがある。
――そう、愛の告白といえばこんな感じだろう。
だが、今から俺がする告白は、まるで別物だ。
「実は……俺は、お前のお兄ちゃんかもしれない。」
これだ。
美桜とは少しずつ距離を縮めながら、俺が【俺】じゃないかもしれないと匂わせる。そして、美桜自身が疑い始めたその瞬間が、すべてを明かすチャンスだ。
いきなり「斗翔の記憶があるんだけど」なんて言ったら、不審がられるに決まっている。だからこそ、慎重に話さなければならない。
“放課後待つ”と言った以上、美桜を待たせるわけにはいかない。俺は足早に校舎裏へ向かう。しばらくすると、夕陽を背に、女子の影がゆっくりとこちらへと歩いてくる――美桜だ。
夕暮れの光を浴びた彼女は、いつになく静かで、おしとやかに見える。
――むっ、その後ろに影が一つ。雪村……ではない。アイツには「絶対に来るな」と伝えたはず。だとすれば、星宮か!?こっそりとついて来ている。ちぃ、どこで情報を仕入れたのか、あいつの勘の良さには感心するしかない。逆光のせいで顔ははっきり見えないが、ヘラヘラと面白がっている様子が目に浮かぶ。
まあ、いい。俺はただ、伝えるべきことを伝えるだけだ。
「お、お待たせ……」
「お、おお……」
「ちゃ、ちゃんと来たわよ」
「お、おお……えっと、あれだ。弁当美味かった」
「そ、そう……べつにあった物を詰めただけだから」
「そうか。美桜がそう言うなら、そういうことにしておこう」
「なにそれ。いろいろと勘違いしないでよね」
「そ、そうだな……」
「そうよ」
なんだ、この空気……愛の告白をするわけじゃないのに、緊張する。
美桜も、緊張しているのか――その雰囲気が妙に俺を落ち着かなくさせる。
こうしてはいられない。早く本題に入らなければ――!
「美桜……実は俺、青葉斗翔の記憶があるんだ!だから、もしかしたら俺は――」
パシャリッ――!
突然、目の前が白く染まり、視界が弾けるように広がった。
同時に、頭の中へ鮮烈な映像が刻まれる――!
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ジャリジャリ……砂を踏む音がじわじわと近づいてくる。それは一人ではない。微かに聞こえる笑い声が、不気味に響く。低く、ねっとりとした響きに背筋が凍る。
異変を感じた少女が、反射的に振り返った——その瞬間、強い衝撃が彼女を襲い、身体が宙に浮くように突き飛ばされる。
「――うっ、痛っ!」
「「へへへッ」クククッ」
三人組の男たちが、彼女を見下ろしている。その顔には、不気味な笑みが浮かんでいる——冷たく、ぞっとするような笑顔だ。
「――!?アナタたちどういうつもり!」
少女は気丈に振る舞おうとするが、恐怖に足がすくみ、立ち上がることができない。震える声を押し殺すのが精一杯だ。
暗闇の中、月明かりが鋭く光るナイフを照らし出す。その冷たい輝きが、恐怖をさらに煽る。地面に這いつくばる彼女を、男たちが無言で取り囲んでくる。
持っているナイフが少し乱れた少女の衣服を弄んでくる。「――っ!」恐怖が彼女の胸を締め付ける。息が詰まり、鼓動が耳を打つ。逃げ場のない絶望が、じわじわと彼女を飲み込んでいく。
「青葉美桜……可愛いねぇ。めっちゃ好みだわ」
美桜だ!!
「鮫島さん、犯っちゃうんすか?」
「どうだろう?本人次第かなぁ。俺たち『互助戒』を怒らせたんだ。それなりに誠意があれば許してあげてもいいんだけど……」
「あ……ア、アナタたち……こんなことして許されると思ってるの……」
震える声を振り絞り、美桜は屈することのない言葉を吐き出した。その言葉は、恐怖に押し潰されそうな心を支える強さの表れだ。
「ブハッ!この状況でそんなこと言えるなんて凄いなぁ……ますます気に入った!もう俺の女にするわ!」
「――なっ!誰がアナタみたいな人に!」
バリッと衣服を破る音が響く!
「――いやぁ〜!」
パシャリッ――!
目の前が白く染まり、視界が弾けるように広がる!
「「「……うう」……痛ぇ」……ああ」
倒れているのは、地面を掻きむしりながら悶え苦しむ三人の男たち。先程まで美桜を襲おうとしていた連中だ。
そして――。
「やだ、やだ、死んじゃやだ!ああ……誰か……誰か助けて!このままじゃ死んじゃう!」
赤く染まった地面に、美桜の悲痛な叫びが響き渡る。その声は、夜の静寂を切り裂くように鋭い。
冷たくなっていく身体に、美桜の温もりがしがみつくように包み込む——その温かさが、かえって自身の最期だと気付かせた。
『死ぬのか?……でも……美桜が無事で良かった』
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「……くん……がみくん……加賀見くん!大丈夫!?」
自分の体温が温かいことに気付いたのは、美桜のぬくもりがそっと身体を包み込んでいたからだ。
最後に見たのは、美桜の涙に濡れた顔だったはず。瞼を閉じた俺は、次に目を開けたとき、美桜の心配そうな瞳が俺を見つめていた。
「アナタ、急に倒れたのよ!」その声には多少震えが混じっている。心配させたか……。
「美桜が無事で良かった」
その安堵とともに分かったことがある。
俺は……青葉斗翔ではなかった。




