表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~  作者: 北乃ゆうひ
Fail.5:潔癖汚染 - ブリーチング・マリスエル -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/60

その6


 ……。

 …………。

 ………………。


 なにかが、けしとんだ。

 なんだろう。わからない。


 けしとんだ? けしとぶものがあった?

 わたしはもともと、まっしろで、なにもなくて……。


 わたしは、きれいで、けがれのないもので。

 ぜんぶ、きれいに、まっしろで、それがとてもだいじで。


「まだ残ってるモノがあるのね。でも大丈夫。ちゃんと綺麗にしてあげるから」


 まっしろで、きれいなおねえさんのしたが、わたしのからだをはう。


「ひゃ……ぅく、ん」


 おもわずこえがもれる。

 わたしのなかのけがれが、なめとかされ、きえていくのがきもちよくて。


 いらないものがきえていくのは、きもちよくて。

 このまま、わたしもおねえさんとおなじまっしろに、なっていく。


「あなたもケッペキ様をあがめましょう? 一緒に、世界を真っ白に、穢れたモノを真っ白に変えていくのはとても素敵なコトよ?」


 すてきなこと。

 まっしろにするのはすてきなこと。


 ああ、そうだ。

 それは、とてもよいことだとおもう。


 おねえさんになめられるかんしょくに、からだをふるわせながら、まっしろなせかいをうけいれていく。


 そう、これでいい。


 けがれたきおくも、ゆがんだゆめも、よごれたこころも、そのすべてをまっしろにじょうかする。


 まっしろなせかい。きれいなせかい。それはとてもすてきなせかい。


 ケッペキさまがつくる、とても、きれいな、せかい。


 それこそが、せいかいで、すべてで。

 だから、わたしというそんざいは、きれいからださえあればそれでいい。


 きおくも、こころも、かんじょうも、ゆめも、きぼうも、なにもいらない。

 しろく、まっしろく、しろく、しろく、ぜんぶ、しろく……。


 それでおしまい。

 それでかんせい。


 そうすれば、あとはケッペキさまにみをまかせ、きおくも、こころも、かんじょうも、ゆめも、きぼうも、ケッペキさまのいうとおりにすればいい。


 ケッペキ様さえいればいい。

 ケッペキ様に、きれいにしてもらえていれば、それでいい。


 ――――本当に?


 ふと、わいたぎもんとともに、ことばをおもいだす。


 ――音の在処はかつ(コミック・サ)ての叙情、其は過(ウンド・メトリ)去を呼ぶ歌い手(ック・ウルズ)


 ――バチン。


 言葉を思い出すと同時に、頭の中に激しい雷が暴れたような感覚に襲われる。


 真っ白だった視界に色が戻る。

 ぼやけていた感覚、鈍かった思考が、輪郭を得る。


 ウルズの左手が私の頭を摑む。

 この手は離しちゃダメだという直感が働いた。


 だから、私はウルズの右手で、私を言葉通り舐めていた女を思い切りなぐる。


「ぐぉあ……」


 ゴリュという感触とともに、女は吹き飛んで壁にぶつかる。


「ぉえ、ゲボ……あ、が」


 倒れたまま、お腹を押さえて女はうめく。


 ウルズの左手が、私の脳に言葉を刻む。


 絶対に忘れてはならないと、全てを失う前の私が残した言葉。


 ウルズの名前。ウルズの使い方。

 そして、絶対に成すべき目的――ケッペキ様を倒す。


「ご、ごべん、なざい……ゲッベギ、ざま……ゆがを、よごし、て……」


 ゴホゴホと、女は口から白いモノを垂れ流す。


《ウルズの使い手! お前の名前はオトノ アリカだ! 自分の名前だけ思い出せッ!》


 どこからか、女性の声が聞こえてくる。


 オトノ アリカ。

 おとの ありか。

 音乃 在歌。


 ――ああ、とてもしっくりくる。


《自分の名前は存在とセットだ。忘れないようにセットしなおせ!》


 ――それはとても大事だ。ありがたい。


 ウルズの左手を通して、『オトノアリカ』という言葉が脳に直接刻まれる。


 次の瞬間――


「うああああ?!」


 ――急に色々と思い出して私は思わず声を上げながら立ち上がる。


「なんか、今の私……かなりやばかったッ!」

《アリカッ、無事!?》


 突然、声が聞こえてきたかと思うと、ゴトリとどこからともなく現れた板が私の足下に落ちる。


「えっと、どちらさま?」

《リスハよリスハ! あなたがコールしてたんでしょう!?》

「……リスハ? どちらさま?」

《ちょっとッ!?》


 リスハ、リスハ……。

 誰だっけ?


 そんな名前の知り合い……いたっけ?


《リスハちゃんとやら落ち着け。今アリカちゃんは怪異の影響で記憶の大半が消し飛んでるんだ。自分の名前すら忘れてたレベルで》

《むしろ自分の名前を忘却した状態で良く無事だったわね!?》

《能力名だけ覚えてたから、かろうじてな。そっから名前を思い出させたところだ》

《誰だか分からないけど、ありがとう!》

《良いってコトよ。でも油断はできないぜ。あたしらは、現場にいない。でも現場にいないから怪異の影響で記憶が欠落するコトがない。

 だから、あたしらはスマホを通じて、現場にいる連中の記憶を繋ぎ止めるのが仕事だ》

《了解!》


 なるほど。

 よく分からないけど、私は怪異とやらの影響で色々と忘れちゃってるワケか。


 とりあえず、目の前のケッペキ様っていう羽の塊を倒さないとダメっていうのはちゃんと覚えてるんだけど。


 そして、どこからか聞こえてくる二人の女性の声が、私の記憶と存在を繋ぎ止めてくれている――と。


《アリカちゃん。ケッペキ様を倒すのも大事だが、もう一つ大事なコトがある》

「なんですか?」

《自分の名前を忘れないコト。能力の名前を忘れないコト。あと、ケッペキ様に仕えている女性は殺したり大怪我させたりしないコト。彼女を助けるのもキミの大事な仕事だ》

「なるほど。さっき思い切り殴っちゃったけど」


 思わずそう口にすると、どこからともなく聞こえる女性はちょっと困ったような声で答える。


《殺してはいないからヨシとするさ》


 それから、小さく息を吐くような音のあと、真面目な声色で言葉が続く。


《リスハちゃんに説明するついでに、キミついての話をするぞアリカちゃん!

 アリカちゃん――キミはそこの白い彼女を助ける為にこの部屋に来て、正体不明の怪異ケッペキ様と戦っている》


 どこからともなく聞こえてくる女性の言葉にうなずく。

 同時に、ケッペキ様や白い女性から目を離さないよう、警戒を向ける。


《その部屋はそこの白い女性、『鷸府田(シギフダ) 祀璃(マツリ)』の自宅。彼女の潔癖症が、その部屋を能力舎(ステージ)に換えたと推測される。

 ケッペキ様に関してはどこから現れたんだかわからんが、たぶん能力舎(ステージ)としての核のヴィジョンがそれだろう》

《もしかしてルールとか状況とか、全然分析出来てなかったりする?》

《とりあえず潔癖、清潔であるほどチカラを増す空間ってのは間違いないと思うんだが》


 どこからともなく聞こえる女性同士のやりとりで、私自身がするべきことが明確になった。

《ともあれ、彼女の潔癖症は感染する。

 感染すると白くなっていき、白くなったモノは消えてしまったりもする。

 染まれば染まるだけ、物質の大半は痕跡や記録、記憶など含めて消滅あるいは書き換えが起こる。

 人間は記憶を漂白されながら、感性や感情が書き換えられて、白くないモノを許せなくなり、鷸府田ちゃんみたいなケッペキ様を崇める白い怪異となる。

 怪異となったあとは、他の人間をその異様な潔癖症で汚染するようなキャリアになるワケだ》


 その説明は何となく実感がある。

 私は、私であると思い出す直前は、そんな感じだった気がするから。


《結構ヤバめな相手じゃない! どうするのアリカ?》

「どうするって言われてもなぁ……」


 羽の塊のような異形ケッペキ様は、五つの瞳を私に向けたままぼんやりと浮いている。


《そういや、一緒にいる男共が大人しいな? どうなってんだ?》


 男?

 私の他にも誰かいるのかな?

 気配とかないけど。


 ケッペキ様を気に掛けつつ、部屋をぐるりと見回すけど、私たち以外の人がいる気配はないような……。


《おーい、六綿さん! カメラをずっとケッペキ様に向けてくれるのは助かってるんだけど、微動だにしてないのは恐いぞ!》


 女性が誰かに呼びかけているけど、反応がない。

 次の瞬間、女性が大きな声を上げた。


三角(ミツカド)出版ミツカドブックス編集長、六綿(ロクワタ) 灼啓(シャッケイ)! ぼーっとしてんじゃねーぞ! テメェの仕事と名前を思い出せ!!》

「はッ!?」


 すると、突然男性の気配が現れた。


「す、すみませんッ、草薙先生……! ってあれ? ここどこだ?」

《よしよし。目が覚めたな。カメラはちゃんと化け物に向けててくれよ》

「え? あ、はい……化け物? うわ本当に化け物いるッ!? 羽のやつと、真っ白な女が二人も!?」


 ん? あれ?

 おじさん、私も化け物の範疇に含めてない。


 失礼な。こんなに真っ白で美人な女の子を化け物だなんて!


《もう一人、鷸府田ちゃんの弟がいるんだが、名前なんだっけな……》

《鷸府田……? もしかして摩夏(マナツ)くんじゃない?》

《おっけー。呼びかけてみるか。鷸府田 摩夏ッ! テメェは姉ちゃんを助けに来たんじゃねーのか!》

《芸名、明城(メイジョウ)シガタキ! あなたは有名なオカルト配信者でしょう! オカルトに飲み込まれてるんじゃないわよ!》

「……あ! そうだ姉ちゃん!」


 二人の呼びかけで、さらにもう一人の男性の気配が急に現れた。


「真っ白に飲み込まれると気配まで真っ白になるんだ」


 きっと、私もさっきまではそうだったのだろう。


《お前ら二人とも、どうせ真っ白になったアリカちゃんと、鷸府田ちゃんの絡み合いでおッ()てるうちに、取り込まれたんだろ。いやまぁあれは見蕩れると言えば見蕩れるけどさ!》

《そこは認めるんですねー》

《ギリシャ彫刻みたいに真っ白な美人二人の絡み合い、最高だったぜ》


 真っ白になっている間、私は何をされてたんだろう。


 ともあれだ。

 ケッペキ様を弱体化させる糸口を見つけない限り、私たちはまた真っ白にされ、存在を希薄化されてしまうんじゃないかと思う。


 ウルズと、どこからともなく聞こえる女性二人の声のおかげで、存在を繋ぎ止めることはできるけど、それを繰り返しててもきっとジリ貧。


「ごべんだざい……ゲッベギざま、ごべんなざぃ……」


 ふと、お姉さんを見ると謝罪を口にしながら、自分の吐いたものをずっと擦っている。


「げざない、と……真っ白に、して、ゴホ、げざないと……いげないのに、うう……」


 ウルズのパンチがかなり効いたのか、ゲホゲホと吐いてしまっていて、全然片付けられていないようだ。


《鷸府田ちゃん! 鷸府田 祀璃! それで掃除してるつもりか! 雑巾やモップはどうした! 綺麗にするための道具すら部屋から消しておいて、どうやって吐いたモン片付けるつもりだ!》

「ひッ!?」


 突然、どこからともなく聞こえてきている女性の声が大声を出す。


「く、くさなぎ、せんせい……? あれ? わたし、わたしは……げほっ、うえ、なんでおなかが、こんなにいたくて、きもちわるい……?」


 女性の真っ白だった瞳が、黒い色に戻っていく。


《なるほど。潔癖であるほど強さ増す、か。

 逆に言えば、対象が汚れれば汚れるほど支配力も落ちるっぽいのかな?》


 リスハちゃんの声がする。

 漠然と、自分の中で何かが組み立てられていく。


 同時に、ぼんやりと浮いているだけだったケッペキ様が、明らかにマツリさんを意識した。


 次の瞬間には、ケッペキ様が宙に向かって羽をふわりとばら撒いた。


《あいつのバラまく羽に当たるなよ? 一瞬で意識と記憶を消し飛ばされるぞ》


 ケッペキ様がばら撒いた羽は大した量じゃない。これなら、私でも避けられる。


 万が一に当たっても、ウルズがあれば問題はない。


 私はウルズを通して周囲を見回す。

 痕跡の薄い部屋。過去の記録と記憶が、真っ白にされてしまった部屋。


 それでも、部屋が白く染まる前まで時間を遡っていけば、音は在る。


 気がつけば、歌うように言葉を紡いでいた。

 それは(アリカ)の言葉なのか、(ウルズ)の言葉なのかは分からないけれど。


 どちらであっても、私の言葉。


「過去の痕跡を、過去の記憶を――どれだけ白く上塗りしても、どれだけ白く染めても、過去に存在していたコトの否定にはならない。

 そこに残る音の記憶に、誤魔化しは効かない。表面はいくらでも誤魔化せるかもしれないけど、世界に刻まれた音の記録を誤魔化すなんてコトはできないんだ。

 世界が言葉を失い、記憶を失い、あらゆる伝承を失っても、そこに存在していた音まではきっと消すコトは出来ない」


 ウルズの右手を伸ばして、私は見つけた音を握りしめる。


「何となく攻略法が見えたかも」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の連載作品もよろしくッ!
《雅》なる魔獣討伐日誌 ~ 魔獣が跋扈する地球で、俺たち討伐業やってます~
花修理の少女、ユノ
異世界転生ダンジョンマスターとはぐれモノ探索者たちの憂鬱~この世界、脳筋な奴が多すぎる~【書籍化】
迷子の迷子の特撮ヒーロー~拝啓、ファンの皆様へ……~
鬼面の喧嘩王のキラふわ転生~第二の人生は貴族令嬢となりました。夜露死苦お願いいたします~
フロンティア・アクターズ~ヒロインの一人に転生しましたが主人公(HERO)とのルートを回避するべく、未知なる道を進みます!~
【連載版】引きこもり箱入令嬢の結婚【書籍化&コミカライズ】
リンガーベル!~転生したら何でも食べて混ぜ合わせちゃう魔獣でした~
【完結】レディ、レディガンナー!~荒野の令嬢は家出する! 出先で賞金を懸けられたので列車強盗たちと荒野を駆けるコトになりました~
【完結】その婚約破棄は認めません!~わたくしから奪ったモノ、そろそろ返して頂きますッ!~
魔剣技師バッカスの雑務譚~神剣を目指す転生者の呑んで喰って過ごすスローライフ気味な日々
スニーク・チキン・シーカーズ~唐揚げの為にダンジョン配信はじめました。寄り道メインで寝顔に絶景、ダン材ゴハン。攻略するかは鶏肉次第~
紫炎のニーナはミリしらです!~モブな伯爵令嬢なんですから悪役を目指しながら攻略チャートやラスボスはおろか私まで灰にしようとしないでください(泣)by主人公~
愛が空から落ちてきて-Le Lec Des Cygnes-~空から未来のお嫁さんが落ちてきたので一緒に生活を始めます。ワケアリっぽいけどお互い様だし可愛いし一緒にいて幸せなので問題なし~
婚約破棄され隣国に売られた守護騎士は、テンション高めなAIと共に機動兵器で戦場を駆ける!~巨鎧令嬢サイシス・グラース リュヌー~



短編作品もよろしくッ!
オータムじいじのよろず店
高収入を目指す女性専用の特別な求人。ま…
ファンタジーに癒やされたい!聖域33カ所を巡る異世界一泊二日の弾丸トラベル!~異世界女子旅、行って来ます!~
迷いの森のヘクセン・リッター
うどんの国で暮らす僕は、隣国の電脳娯楽都市へと亡命したい
【読切版】引きこもり箱入令嬢の結婚
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ