その4
お店の中で仲良くなった子は、緩いウェーブの薄茶髪の子がハナちゃん。黒髪に青いメッシュを入れてる子がトラちゃんと言うらしい。
本名は聞いてないけど、仲良くなってそう呼んでるので問題ない。
一口食べたチーズコスモバーガーや、コーラ、ポテト、ナゲットなどは特に変なところはない。ないのだけれど――
「……綺興ちゃん」
「なに?」
「動画を見たマスターから返信がきて……向こうから見ると、黄泉戸喫が起きてるように見えるって」
「……え?」
ポテトを口に咥え、その先端に人差し指をあてがった状態で、綺興ちゃんが固まる。
「食べ過ぎなきゃ平気みたいだから、完食しないように我慢しようね」
「う、うん……」
咥えたポテトをもにゅもにゅとためらいがちに咀嚼して飲み込みながら、綺興ちゃんがうなずく。
「あの、アリカさん。ノモツエグミ? っていうの何?」
「うーん……」
ハナちゃんに問われて、私は返答に困って眉を顰める。
すると、綺興ちゃんが代わりに答えてくれた。
「正しくはヨモツヘグイよ。
一般的にはマイナーだけど、オカルト界隈だと有名な昔話なんだけどね?
生きた人間が、死者の国の食べ物を食べると、死者の国から出れなくなっちゃうってお話」
「へー」
意外にも、ハナちゃんとトラちゃんの二人は興味津々なようだ。
「仲良くなったから教えちゃうけど、アリカはね。見習いなんだけど、オカルト事件を追いかけてる探偵なのよ」
「なにそれ? マンガじゃなくて?」
「そんな探偵いるんだ!?」
「うん、まぁ、いるんだよねぇ……これが」
何やら尊敬っぽい眼差しを向けられ、居心地悪さに身動ぎしながら答える。そんな目を向けられるほど、私はすごくもないんだけど……。
「そして、このお店はそんな見習いオカルト探偵アリカの調査先」
「え?」
急に、JKたちの表情が変わった。
「わたしは地元なんだけどさ、昨日までここにコスモバーガーなんか無かったのよ」
「え?」
「は?」
「わたしも今の今まで違和感を覚えてなかったんだけど、ふつうは有り得ないのよ。何せここって、ふつうに歩行者用の道の上だし」
実際のところは違和感はいろいろある。
だけど、あえて綺興ちゃんはそう口にしたんだろう。
まぁ、私もマスターから黄泉戸喫の危険性に関するメッセージを見たら急に違和感を覚えるようになったから、取り込まれ掛けてた可能性はあるんだけど。
「恐らくこのお店は――あの世とこの世の狭間にある、死んだ人向けのコスモバーガー。
本来、わたしたちが中に入れちゃうコト自体が間違いなのよね。ここもある意味、死者の国なのかも」
え? そうなの? と一瞬思ったけど、これはたぶん綺興ちゃんが、二人を説得するために口にした嘘だろう。
ただ、そこまで的外れな気もしないけど。
「あ、あの……アタシもハナちゃんも、ここでハンバーガーとか食べてる……」
「落ち着いて。まだ完食してないみたいだし、そこでストップ」
「う、うん……」
「わかった……」
こうして、ハナちゃんとトラちゃんも食べる手を止めてくれた。
「存歌、どうする? 二人を連れてお店を出る?」
「安全策はそれなんだけど……出ちゃったら、もう中を調査できない気がするからなぁ……」
とりあえずは、綺興ちゃんには二人を連れて外に出てもらうのがいいかな?
「ねぇ、キキョウさん。あっちの奥の子たちは……」
「あー……そうね。声を掛けて……」
ハナちゃんに言われて、綺興ちゃんが、奥にいる平成リスペクトギャルたちへと視線を向けた時――
「存歌――あの子たち……」
「どうかした?」
視線を向ける。
さっきまで変わらず二人はそこにいて――
いや。
「あれ? 変わってなさ過ぎじゃない」
思わず、私はそう口にした。
「……ええ。ポーズも、トレイの上のポテトの量も、変わってない……。
同じ動作を繰り返し続けるRPGのモブみたいね……」
私の言葉に、綺興ちゃんもうなずく。
ハナちゃんとトラちゃんまで、「ほんとうだ……」と不思議そうにするくらいだ。
「……逃げましょう。存歌も一緒に。やっばいコトに気づいちゃった」
綺興ちゃんが、冷や汗を一筋垂らしながら、うめくように告げる。
「たぶんあの子たちだ。このお店がここに発生した発端。
誰もがミームとして口にする存在。つまるところ――」
「コスモバーガーのJKという概念そのものってコト?」
何となく綺興ちゃんの言いたいことに気づいて、私が訊ねると、彼女はうなずく。
ハナちゃんとトラちゃんはピンと来てないようだけど……。
「急いでハナちゃんとトラちゃんを店の外へ放り出すわよ、存歌。
ヨモツヘグイはただのキッカケの一つ。一番やばいのは――」
「そっか! 二人が現役のJKっていう事実ッ!」
奥にいる怪異あるいは概念的なJKとは違う。
今、ここにいる二人は――私たちにとって、間違いなく『コスモバーガーで隣の席にいるJK』なんだ……ッ!
私と綺興ちゃんがそれに気づいたのがスイッチになったのか、それとも偶然かは分からない。
だけど、このタイミングで、奥にいるJK概念たちの声が店内に響き始めた。
『そういえばさー、知ってる-?』
『もしかして、例の長鳴ヶ丘駅前店の話?』
『そーそー!』
その声は、ハナちゃんとトラちゃんの声にそっくりだ。
二人の声を機械音声化したら、こんな感じになるんじゃないだろうか。
そんなことを思ってると、二人が急に自分の口を押さえはじめた。
「どうしたの?」
訊ねると、二人は戸惑ったような、怖がるような調子で、答える。
「く、口が……なんか勝手に動くというか、ムズムズしだして……」
「アタシの口も……なんか勝手に喋りたがってるような……なにこれ……?」
咄嗟に、私は自分の持つ能力――その像と呼ばれるモノを呼び出す。
「ウルズッ!」
最悪は、二人を吹き飛ばしてでも店の外へと追い出すッ!
私の背後に、|音の在処はかつての叙情、其は過去を呼ぶ歌い手が、姿を見せる。
ファンキーコスの北欧の女神。
そんな姿をした能力の化身が、私の背後に現れた。
同時に、私の目には、この場で起きた過去の音が文字として姿を見せ――ない。
「あれ? 音がない?」
「存歌?」
「……なんで?」
ここでお喋りしていた私たちが発した音すら、私の目に映らない。
能力を使っている実感はあるのに、いつもと変わらない光景だけがここにある。
戸惑っていると、ハナちゃんとトラちゃんが怯えた顔をしたまま、明るい声を上げた。
「なんかさぁ! あの噂の店ってやばいらしいよー!」
「知ってる~! 変な探り入れる人がめっちゃ酷い目にあうんでしょ?」
「薄い本みたいな~?」
「薄い本みたいな~!」
瞬間、どこからともなく、腕だけが現れた。
綺興ちゃんだけでなく、JKコンビも驚いていることから、この影の腕のようなモノが見えているようだ。
「ウルズ……ッ!」
像を操って腕を振り払おうとするも、直接触ることも、ウルズで触ることもできない。
「え?」
だけど、影の腕は私とウルズを捕らえた。
「あ、まず……!」
そのままソファ席へ押し倒される。
「……綺興ちゃん、薄い本みたいってどういう意味?」
押し倒された姿勢で、縋るように綺興ちゃんに尋ねる。
すると、彼女はとても困ったような顔をしながら答えた。
「存歌が怪異に遭遇した時のノルマ的な?」
「ノルマじゃねーしッ!!」
思わず叫ぶようにツッコミを入れるけど、どうにかなるワケじゃない。
群がってきた影の手は、私の服を引っ張ったり、服の中に入ってこようとする。
「……振り払えない……ッ!?」
綺興ちゃんも影の手をどうにかしようとしてくれるけど、触れなくて困っている。
「ああもう……ッ!! また高かった服が破かれるぅぅぅぅ……ッ!!」
「気にするのそこなんですねぇ」
「アリカさん余裕あるなぁ……」
影の手に服を引っ張られた時に思わず叫んだ言葉に、ハナちゃんとトラちゃんが、思わずといった様子でそう漏らしていた。
「……ノルマってからかわれるくらいには、この手の怪異に何度も剝かれてきたから馴れてきだけだよ!」
「馴れちゃいけないやつよ存歌。正気に戻って!」
綺興ちゃんからもツッコミを貰ってしまった。
「こらッ、影の手……! ツッコミは歓迎だけど、穴に手を突っ込んでくるのはノーセンキュー!!」
じたばたともがくけれど、どうにもならない。
いやぁなんかボケたりツッコミ入れたりと、漫才っぽいやりとりで現実逃避しちゃってたけどさ……。
……いまのこの状況って、何気に今まで一番ピンチじゃない?
脱出する方法が思いつかないんだけど……ッ!!




