第一次強襲戦 作戦従事者のリコとお荷物のグール
翌朝、俺たちはこの廃墟の北にあるゴブリンの巣へ襲撃を仕掛けた。
このゴブリンの巣は、極めて大規模だ。
縄張りも広い。
おそらくクイーンを要する集落に、数千のゴブリンとその上位個体が巣食っていることが予想された。
俺達は恐れること無く、このネストへ襲撃を仕掛けた。
そして、戦闘開始から二時間が経過し、俺たちは思わぬ苦戦を強いられることになる。
「グールさん!状況はどう」
"…!"
俺は声にならない声をあげた。
だめだ、状況は良くない!
リコが悔し気に奥歯を噛む。
「どうしよう。こんなの、こんなの私じゃどうしようもないよ…!」
そのとき、リコの眼前に展開するゴブリンの群れから、一匹の勇者が飛び出してきた。
死にそうな顔をして打ちかかってきたこのゴブリンは、リコにぽかりと頭を叩かれてそのまま息を引き取った。
リコは安らかな死に顔を浮かべたゴブリンの背中を開いてから、首根をつかんで俺の方に放り投げる。
地面をすべったゴブリンが、俺の横で魔石取り込みの順番待ちをしている死者たちの列に並んだ。
こいつで389匹目。
俺の周りはすでに死体安置所のような様相を呈していた。
"…!…!!!"
俺は必死の形相で訴えた。
無理だ!これ以上入らないよ!
今俺は口の中に二つの魔石をねじ込みつつ、左手とわきに一つずつ魔石を保持している。
今までに吸収が完了した魔石は100個余り。
300近い魔石が、吸収待ち状態で放置されていた。
そう、リコのゴブリン撃破スピードに、俺の魔石取り込み速度が追い付かなかったのだ。
俺が3個魔石の取り込みを終えると、10個ぐらいおかわりが積みあがってしまう。
まさか俺の吸収速度がボトルネックになるとは、このグールさんの目をもってしても読めなかった…!
要は俺側の問題で、俺が頑張るしかないので、リコはどうしようもない。
このままのペースだと、俺が進化できるまでには十時間近くかかりそうだった。
困ったことに、魔石に込められた魔力は、持ち主の死後、丸一日ぐらいで大気中に溶けてしまう。
だから、少なくとも今日倒した分に関しては、今日中に俺が取り込む必要があった。
「ど、どうしよう」
リコが困ったようにつぶやく。
ほんとどうしようね。
俺はもぐもぐと口の中の魔石をしゃぶりつつお手上げのポーズをとった。
わきに挟んだ魔石がぽとりとこぼれおちる。
あっ
慌てて魔石を拾おうとバタつく俺を眺めて、リコはため息をついた。
◇◇◇
「今日一日で、グールさんを進化させたいと思います。その目標を前提に作戦を考えましょう」
"まじで!"
今日の作戦に先立ってリコが言った言葉だ。
リコの実力なら、ゴブリン数百程度なら数時間で撃破可能だと、彼女は太鼓判をおした。
ゆえにこの作戦で、一番問題視されたのは、グールさんこと俺の生存能力だった。
紙耐久と芋のような機動性を誇る俺は、ちょっとゴブリンに絡まれただけで大ピンチに陥ってしまう。
リコの戦闘スタイルは、案の定、近接戦闘主体の物理攻撃によるごり押しだった。
そんなリコに随伴してゴブリンの群れの中に突っ込んだ日には、俺なんかあっという間にひき肉にされてしまう。
元が干し肉だからそこまで変わらない気もするが、俺的には大問題だ。
「ハンバーグになって大復活!」なんて芸当は、グールにはできない。
ちなみにできる種族も結構いる。
モンスターの生態は奥が深いのだ。今度機会があったら紹介しよう。
一方のリコは、くそ雑魚ナメクジのNPCを引き連れながらリーチの短い武器での無双ゲーを強いられる。
俺の生存が関わらないなら、リコは余裕をもってゴブリンを蹴散らせるだろう。
だが、かばう相手がいたのでは著しく行動が制限されてしまう。
「というわけで、時間差をつけて攻撃を仕掛けたいと思います」
作戦はこうだ。
リコが先行して、作戦エリア内のゴブリンを掃討、安全圏を確保するとともに、ゴブリンの習性を利用して奴らを一箇所に集合させる。
その後、おれが、のそのそ後をついていき、安全圏に陣取る。
そしてリコが倒したゴブリンから魔石を吸収する。
ゴブリンの巣は、廃墟の北の広大な森の中にある。
かなり深い森だ。
水と土と光のマナが豊富であるゆえ、背の高い木が生い茂り、昼でも薄暗い。
迷いの森みたいな名前をつけてもいいとおもう。
おれが生前に、廃棄物のマナをいっぱいばらまいたからな。
マナに限らず大変豊富だ。
自分のかつてのいろんな悪行から目をそらしたい。
そんな森の入り口に俺たちは到着した。
「じゃあ、私行ってくるね!」
そういってリコはぴゅーっと森の中に走っていった。
大丈夫かなリコ…
「ごぶー!」
「ごッ」
静かな廃墟の森の影から、コブリンの叫びが上がった。
うん。大丈夫そうだな。
リコの襲撃が始まった。
作戦中に問題が発生した場合は、リコと俺ですぐに撤収することになっていた。
俺は、その場にしゃがんで、足元に転がっているどんぐりを集めながら待機していた。
ゴブリンの叫びが断続的にあがるばかりでリコは姿を表さない。
問題なしということだ。
ところでどんぐりって食べられるんだっけ。
原始人は食べてたんだよね。
リコが食べるなら集めておこうかな。
俺は黙々と原始人的な採集活動に精を出した。
虫が入ってるやつはきちんと退ける。
その俺の視界の隅で、リコの白いワンピースの裾が、チラリチラリと見え隠れした。
苔むした薄暗い森の中、静寂を切り裂いて時折ゴブリンの断末魔がこだまし、すぐにまた森の中に飲み込まれていく。
薄暗い森は、ただ黙するのみだ。
不気味な静けさだった。
ちょっとホラー映画っぽいな、と俺は思った。
もし題名をつけるなら「ゴブリンが鳴く森」とかになるのかしら。
いや、だめだ。
C級ポルノ映画みたいな雰囲気になってしまった。
しかも絶対に需要がない気がする。
いや、女騎士が共演するならいけるか。攻守が逆転してるが。
とりあえず、俺にネーミングセンスがないことだけは間違いなかった。
それから数十分、俺が半径5m圏内のどんぐりを集め終わったタイミングで、リコが戻ってきた。
ぴょんぴょんっと飛び跳ねてから全身でオッケーサインを作る。
腕で大きく丸を作る感じだ。
にこっとしたリコが、ちょっとだけ体を傾けると、銀色の髪が揺れた。
準備完了の合図だ。
俺はのっそりと体を起こした。
そして俺は、リコにおんぶされながら森を進んだ。
要介護、ここに極まれり。
俺の自尊心はもうぼろぼろである。
そして、道のように森が開けている場所に出た。
というか道だ。
踏み固めた形跡がある。
こんなとこに道なんかあったか?いつの間にできたんだろう。
俺達がその馬車二台分ぐらいの幅がある道に出ると、その先に、ゴブリンの群れがひしめいているのが見えた。
ゴブリン達は視界の悪い森を離れて、見通しが利く場所に集まったようだ。
なかなか賢い。
逆に森の中にはもういないのだろう。
おかげでワンパンで死ぬグールさんが、背後からゴブリンに襲われる心配はなさそうだ。
いざとなったら暴漢に襲われた乙女のように悲鳴をあげよう。
ゲグルル!と声をあげれば、姫騎士リコがゴブリンから奪ったこん棒片手に駆けつけてくれるはずだ。
リコ、まじでカッコイイな。
惚れてしまいそうだ。しまったもう惚れてた。
「よし、じゃあ始めるね!」
リコは宣言とともに、ゴブリンの群れに向かっていった。
ゴブリン達は巣を守るために逃げ出そうとしない。
だが、リコの悪魔的な強さも分かるんだろう、積極的に向かっていく気配もない。
ゴブリン達は全体的に、こう、まごまごしていた。
どっかで見たことある光景だな…
俺は既視感を覚えた。
そして、俺の脳裏に一つの映像が閃く。
これ、ミツバチの巣を襲撃するスズメバチの図だ!
追い詰められて、リコに少人数でとびかかろうとするゴブリンの姿は、巣箱の入り口に陣取ったスズメバチに一匹ずつ向かってはがぶりとやられてしまうミツバチの姿を彷彿とさせた。
リコは、その場を動くことさえせず、スズメバチのように鋭い棍棒の一振りで、手向かうゴブリン達の命を刈り取っていく。
「さっきみたいに一斉にかかってきてもいいんだよ~?」
リコは余裕綽々だ。
やっぱリコはSっ気があるなぁ。
俺は呑気にその背中を眺めていた。
そして二時間が経過し、俺達の余裕は霧散する。
理由は冒頭のとおりだ。
俺がリコについていけなかった。
魔石の取り込みは、マナの扱いに長けたものほど速い。
リコならその気になればぐっと握り込むだけで三つぐらい一気に取り込めるのだが、グールの俺は魔石一つあたり数分かかる。
戦闘終了の結果画面表示のたびにロードで待たされてるような状態だ。
Now Loadingというやつだ。当然、超萎える。
あれ、すっげぇいらつくんだ。
あと、ちょっとちがうがムービーシーンのいいところでロードを挟まれると、真顔になる。
迷わずスキップボタン押す。
いらんことを考えていた俺は、やっとの思いで口に含んだ魔石を飲み込んだ。
これで103個めだ。
このままだと進化する前に日が暮れてしまう。
その間にゴブリンが俺達の後ろに回り込んでくる可能性が高い。
そうなれば、危険だ。
足手まといの俺が邪魔でリコが危険だ。
俺は叫んだ。
"焦ること無いんじゃないか!?一旦戻って策を練り直そう。あと、俺が足を引っ張ってしまったのは本当にすまない!"
俺は撤退を切り出した。
極端な話、期間をかけてもいいのであれば、少しずつ魔石を集めれば良いのだ。
リコが数十個ずつ魔石を集めて、俺は安全なマイホームに待機している。
そうすれば、リコも俺をかばう必要が無いなら、自由に戦えるし、俺も事故死する危険性がない。
ずっと安全で確実だ。
リコに貢いでもらう俺の姿が、弁解の余地もないヒモであることを除けば、問題ないはずだった。
ていうか情け容赦無くヒモだ…
冷たい現実が俺の心を抉る。
おれはどっちかというと、人に対してはいいかっこしたいタイプだ。
相手が女の子であるかどうかに関わらずだ。
いままでの俺の姿を見てもらえれば、何となく分かるだろ?
貢ぐ君体質というやつだ。
正直、リコみたいな子が、なぜ俺を助けてくれてるのか未だに理解できていなかった。
「助けてあげるよ!」
って言ってもらえた瞬間は、気楽に喜んでたんだが、この時はいつ捨てられるんじゃないかとビクビクしている状態だった。
自分に自信がないから、人の善意が余り信じられないんだとおもう。
しかも当時の俺には、ほとんど利用価値がない。
なんで、俺みたいな死にかけのために、リコみたいな子が危険を侵して頑張ってるんだ?
これ俺死んだほうが、良くないか。
俺は、思考がまずい方へ進んでいるのを感じた。
…やばいな。
そして俺は思考停止することにした。
これ以上はやめよう。
死んでしまう。先にオレの心が死んでしまう。
体はもう死んでるのに、心まで死んだら大変なことになってしまう。
正直に言うと、この状態で神に等しいリコ様に意見するのはとても怖かった。
足手まといが先に音を上げて「もう帰ろう」とか口にするのだ。
「黙れ!ここまで使えないとは思わなかったわ!」ぐらいのことは言われる覚悟をしていた。
リコは悔しそうに歯噛みした。
だが踏ん切りをつけるように頷くと、俺に笑顔を向けた。
「そうだね。一旦仕切り直そう!これ以上は危ない気がする」
そして俺達は、倒れているゴブリンから50ほどの魔石を回収すると、ホームへ撤収した。
俺はまたリコにおんぶだ。
「ちゃんと掴まって!危ない」
どうしても触るのを遠慮してしまう俺にリコからの叱責が飛ぶ。
はい!ごめんなさい!
でもやっぱり童貞には刺激がきついです!
部屋についたリコは、俺を、ゆっくりと床に下ろすと、すぐに森へと取って返した。
「待っててね!ちょっと遅くなるかもしれないけど、大丈夫だから!」
聞いて俺は、弾かれるように顔をあげた。
リコが、俺と同じことをするのだと、直感したからだ。
焦る必要なんかない!
"待て!リコ!"
彼女は、俺の言葉に答えず、天井の蓋をあけて外へと飛び出していった。
俺にリコを追いかける力はなかった。
だから、手土産にしたゴブリンの魔石を取り込んで、俺は時間を潰した。
昨晩30分でゴブリンの魔石30余りを取ってきたリコは、だが一時間しても帰ってこなかった。
俺はとうの昔に魔石を取り込み終わっていた。
天井のシミでも数えてるかー。
ちなみ俺の部屋の天井にはシミひとつ無い。
良い建材を使ってるからな。
勇者の対施設用重爆撃術式の直撃を受けても抜かれない程度の強度はある。
熱核術式想定の高強度だ。
俺は、この手の待ち時間が、死ぬほど嫌いだった。
ああ、違うな。俺はもう死んでいた。
だから、死ぬよりも嫌いというのが正しいだろう。
俺は歯噛みするような思いで時間をすごした。
それから数時間、リコは一つの魔石を手に戻ってくる。
「やったよ、グールさん!ゴブリンジェネラルの魔石だよ。これで進化できると思う!」
リコはその手に、ただのゴブリンよりも二回り大きい魔石を手にしていた。
満面の笑みだ。
ありがとう、リコ。
俺も、そいつをさっさと取り込んで進化しちまうから、その後きちんとお話しようか。




