第94話 作る夢
負けたというのに、昴はやたらすっきりした顔をしていた。千裕に向かって、にかっと太陽みたいな笑顔を向けてみせる。
「やっと千裕と戦えた! やっぱり強いや」
そう言ってその場で寝こけたので、純冷が盛大な溜め息を吐きつつ、昴を運ぶのだった。
純冷は弟の鍔樹が倒れて運ぶことがままあったため、男子であるとはいえ、同じくらいの背格好の昴を抱えるくらいは訳ないのである。お姫様抱っこされた昴を見て、アミが「起きてたらハラキリものよね」と笑う。
「昴を休ませている間にあたしはこの魔王を仕上げるから、純冷と千裕だっけ? 二人は各自練習していて」
魔王を初心者扱いとは豪胆である。その容赦ない言い様がアミのアミらしさであることを、短い付き合いの中で察していた純冷はわかった、と頷いた。
それから、とアミが純冷に楽譜をずいっと差し出す。
「歌、練習しといて。昴も千裕も声変わり前とはいえ、やっぱり歌声の相性的には女子同士の方がいいから」
「え」
「譜面読めなきゃ千裕に聞けばいいでしょ。じゃ」
「いや待てアミ、私が歌、うのか?」
純冷が思わずといった調子で顔をひきつらせる。それに対してアミは目を据わらせ、きっぱり言い放った。
「当たり前でしょ。それに、獣王の次は精霊王だからね」
「え」
「あんたの冤罪晴らさないでどうすんのよ」
アミは考えを話した。
赤の街エシュはカードショップがあることでなんとか安寧を保っている。黄の街オールは天使長がいなくとも、天使たちはしっかりしていて、世界の管理を平常通りに行えている。
だが、白の街セアラーは王を失っているために統制が取れず、魔法や薬莢の飛び交う激戦区となっているのが現状だ。その現状を打開するために白の王、もとい獣人国の王を復活させようとデモライブを企画したわけだが、問題を抱えているのは白の街だけではない。
「エルフは他種族との関わりを避ける人種だから今は青の街マイムはあんたたちに懸賞金かけるだけで済ませているけど、精霊王がいないという事実はどうしたって変わらない。あんたが連れ出したアリって子を殺したって変わらないのもそう。だとしたら、あたしたちにできるのは、獣王のように精霊王を呼び戻すことよ。あたしとあんたの予想が正しければ、それに欠かせないピースはあんたが握ってる。
歌が世界を救うなんて、大層なことができるとか、思っちゃいないわ。でも、あたしにできる最大限の[伝える方法]が歌なの。歌が嫌なら、他の方法をあんたが示しなさい。それを見つけるまでは歌いなさい。今、あんたにできることがそれよ」
アミの言葉は的確だった。おそらく、騎士階級の新しいカードを得て、確信したからこそ、こうもはっきりと言えるのだろう。
[天使の長たる者アンナ]を見て、アミは[お母さん]と言った。家族が巻き込まれているかもしれない、と。
純冷は家族、ひいては鍔樹を守るために青属性のデッキを手に取った。家族が巻き込まれているかもしれないブレイヴハーツを止めなければならないと思っている。思ってはいるが、アミのようにすぐ行動に移せる案はない。
だからアミは道を示してくれているのだろう。
アミはさくさく魔王を連れて行ってしまった。純冷の代わりに楽譜を受け取った千裕がついてくる。
昴をベッドに寝かせて、二人はなんとなく、一緒に電子ピアノの前に座っていた。
何故だか、気まずさが二人の間に漂う。それもそうだろう。元の世界でしばらく会っていなかったため、久々の再会なわけだが……千裕は未だに受け止めきれていないこともあるし、それを受け止めさせるために、純冷は少々手厳しい言葉を使った。
友人だったとしても、気まずい再会にはちがいない。
「純冷、その制服……」
「ああ、色々あって、もう高校生だよ」
「学校行ってるのか?」
純冷は明後日の方向を向く。
高校生ではあるが、きちんと学校に通っているのかと言われると、口をつぐんでしまう。純冷は鍔樹のために働いていた。
純冷は女子にしては体格が良いため、男所帯に混じって仕事ができた。本当は通信制の学校にしたかったが、親がそれを許してはくれなかった。だから、学校には入った。定期的な補修を受ける代わり、働きに出ることを認められた。
幸い、純冷は頭はいい方であるため、補修だけでも勉強はなんとかなった。
「働きに出るのに女だとあれだからな。男子制服なんだ」
「また無茶をして。っていうか、純冷って名前で引っかかんないの?」
「代々花の名前をつける慣習の家だと言った」
「鍔樹も花の名前だからな……」
一概に嘘だと捨て置けない。
千裕は純冷の肩に手を置いた。
「純冷のこと、一番心配してんのは鍔樹なんだぞ?」
「……ああ」
純冷は神妙な面持ちで黙り込む。
「鍔樹は元気か? ──って聞くのは意地が悪いか」
「お前こそ、転院したと聞いたときは驚いた。大丈夫なのか?」
「アイゼリヤに来る前のことはまだぼんやりとしか思い出せないんだ。あ、でも覚えていることはある」
すると、千裕は徐に電子ピアノを弾いた。奏でたのは千裕と純冷と鍔樹だけが知っているテレビゲームブレイヴハーツのエンディングテーマ[夢の在り処]のアレンジだ。
ブレイヴハーツは不思議なゲームで、テーマソングなどの譜面は出回っておらず、Amiの曲は素晴らしいものだったが、入院中の親に愛されていない子どもがCDを手に入れられるはずもなかった。
そんなとき、千裕が純冷と鍔樹を連れ出したのだ。「音を探そう」と。
千裕は比較的絶対音感に近い相対音感の持ち主だった。だから、何度もブレイヴハーツをプレイして、エンディングを見て、テーマソングを聴いて、音を探したのだ。
思い出が消えても、何度も奏でた指先が忘れないのだろう。
「叶えたい夢がある
手を伸ばしかけて
ふと思う
その資格があるか、と」
子ども向けのゲームのテーマソングにしてはメッセージ性の高い歌だ。それがAmiの年齢不相応な大人びた艶のある声で紡がれるのだから、世間が魅了されるのも当たり前のことだった。まさかあの歌を自分と同年代の子どもが歌ったとは純冷でさえ信じられない。
純冷は千裕と共に歌う。
「勇気の価値がわからなくて
夢の在り処を当て所なく探していた
Brave Hearts
この胸に灯る炎は
明日を照らしてくれる
Brave Hearts
水面に落ちる風
さざめく鼓動
勇気の証」
和音より単音を強調したアレンジは千裕が編み出したものだ。より歌声が通るアレンジは純冷も鍔樹も気に入っていた。
懐かしい。三人でああだこうだと言って作ったアレンジだ。出来上がったときは、幼いながらに何か大きなものを生み出したような気がして、達成感と感動を覚えた。
「昴に必要な夢も、あの頃の俺たちが手にしたようなものかもしれない」
「?」
オリジナルの間奏を弾きながら、千裕の顔を覗き見ると、そこには慈しみに満ちた笑みがあった。
昴は夢がないことが悩みだという。けれどもし、昴の無意識の願いが、昴の持つデッキに表れているのだとしたら。
「仲間と何かを作るんだ。新しいものを生み出す。それが昴が今欲しているものだと思った。だから、昴にとって、ブレイヴハーツは意味のあるものなんだ」
「それは、どっちの?」
「両方だよ。憧れのテレビゲームの世界をカードゲームで救う。昴の夢が叶うときは、きっともっとその先だ。だから、昴にはまだ見えないんだ」
昴にとって、アイゼリヤを救うというのは通過点にしか過ぎない。千裕はそう言っているようだ。
「獣王を取り戻すとか、世界を救うとか、スケールの違うことを体験することで、身近な幸せや夢に気づけるとか、そんな感じなんじゃないかな。知らないけど」
「……なるほどな」
昴の夢は、昴が見つけるものだ。純冷や千裕がああだこうだと口を出すのは野暮というものだろう。
ただ、昴が夢を見つけて、その夢を叶える手助けをできるなら、手を貸そうと純冷は思う。
「傷ついた手のひらに
手を伸ばしかけて
ふと思う
もう痛みはないか、と
声をかけずに
時は行き過ぎ
夢の残像
見ないふりしていたまま」
二番のサビに通常なら繋がっていくが、千裕たちのアレンジではそのトップの音から雪崩れるように音が連なり、崩れていく。押し寄せる崩壊を示すように。
それを一つの、なんでもない音が止める。それからサビを歌い上げるのだ。
「Brave Hearts
この胸に灯る炎を凍れる明日にくべて
Brave Hearts
擦りきれてしまわぬように」
そこで千裕は演奏を止めた。
「純冷、久遠裕弥って、誰だと思う?」




