第82話 何処でもない場所
ここはアイゼリヤの何処か。ここにいる者──といっても、アルーカとヘレナしかいないが──は[何処でもない場所]と呼んでいる。アイゼリヤにこの場所を知る者はない。ここに来たことがあるのは異世界から召喚された五人だけだ。けれど、彼らもこの場所がアイゼリヤの何処にあるのかまではわからないだろう。
彼らが出ていった道は、[扉]という転送魔法によるものだ。直接この場所とは繋がっていない。
この場所はただ暗かった。けれど、不思議と姿だけは見える。灯りがあるわけでもないのに。アルーカと床に伏すヘレナだけがそこにいた。
アルーカは、この場所の中で一等明るいディスプレイのようなものの前で何かを見ていた。映像だろうか。その中では人が行き交う様子が描かれていた。
「ヘレナ、あの子たちが動き出したみたいよ」
画面から目を離し、アルーカは言った。その姿はとても不自然だった。
何故なら、アルーカは[黒猫の獣人]で黒い猫耳がついているのに、アルーカは人間の耳に相当する部分にヘッドフォンのようなものをあてがっていたのだから。
ヘッドフォンを外せば、アルーカは普通の獣人に見えるのだが。
ヘッドフォンを外し、アルーカはヘレナの方へ歩み寄る。ベッドに眠るヘレナの顔色はとてもいいとは言えないものだった。魘されているようにも見える。
アルーカはベッドの縁に座り、はあ、と溜め息を吐いた。
「さすがに禁術を使ったツケは高いわね。アイゼリヤの神とやらが施しているのかしら」
やはり、アルーカとヘレナは召喚を禁術と知っていたらしい。ヘレナが五人召喚できたのは奇跡のようなものだ。……それと、この場所の存在が、神ですら掴めていないからだろう。
ここは誰も知らない場所。その[誰]の中には神までもが含まれる。魔王ですら、ここがどこかはわからないだろう。
「けれど、あの子たちが動き出した以上、ここの存在がバレるのは時間の問題ね。ヘレナも呑気に眠ってばかりはいられないわ。天使が召喚は禁術って教えちゃったみたいだし、ブレイヴハーツウォーズの真意も掴まれちゃったから、糾弾に来るわよ」
「……そうでしょうか」
か細い少女の声がアルーカの独り言に答えた。見れば、ヘレナがうっすらと目を開けており、その翡翠の眼差しで、アルーカを見つめていた。
顔色はあまりよくないのは変わっていないので、相変わらず神からの罰を受けているようだが。
「ヘレナは別な思惑があると思うの?」
「ふふ、わからないから楽しみなんじゃないですか」
淡い栗毛が汗でベタついている。その笑みとは対照的に体力はとても大丈夫ではなさそうだ。
それでも笑うヘレナに、一瞬、最後の少年の姿が被った。
「そんなに能天気でいいのかしら。ヘレナ、あなたは禁術以外にも、あらゆる罪を犯している。たぶんその負荷もあるわ。けれど、既に成してしまった禁術以外の[いけないこと]は消すことができる。……やめるなら今のうちよ?」
アルーカが暗い表情で問いかける。ヘレナはにこにこ笑ったままで。
「嫌よ」
きっぱりと断言した。
「一度始めたことです。最後まで見届けなくては。それは[この世界の姫巫女]として、でもあるし、[作ってしまった者]として、過ちだったかどうか、ちゃんと確かめないといけませんから」
アルーカは肩を竦めた。全くもう、と言いながら、顔の脇にある髪を後ろに撫で付ける。
そこから──人間で言えば[耳]に相当する部分から、まごうことなき[人間の耳]が現れた。
「過ちじゃないとでも思ってるの? これを知ったら、この世界のみならず、ありとあらゆる世界の神から罰を下されたって文句を言えないわ。そうね、特にあの頭の固い魔王なんかが知ったら、またアイゼリヤを滅ぼしに来るわよ?」
「大丈夫です」
ヘレナはとても綺麗に笑った。不敵という言葉は似合わない。ただ、確かに彼女は笑っていた。
「何の確信があるんだか……」
アルーカがお手上げのポーズを取ると、ヘレナはくすくすと笑った。
「私の計画は、順調ですから」
そう言い放ったヘレナに、アルーカはぞくりとした。
この姫巫女はまさか。
全て見透かした上で?
まさかまさか、と首を振り、休みなさい、とヘレナに毛布をかけ直した。




