第80話 好きなことなら
「あーっもーっ!!」
ナターシャの部屋の一角で、アミがペンを握りしめ、頭を掻きむしっていた。
「なんで新曲出すなんて言ったのよ!? 曲作るの大変なのわかってないでしょ、ハンナ」
言われたハンナは苦笑する。
「でも、セアラーに行ってからずっと活動してなかったでしょう? ファンを寄せるには新曲の一つや二つないと」
「うー」
そのやりとりに偶然居合わせた昴が驚く。
「えっ、アミって作曲できるの!?」
アミはさして得意げでもなく、まあね、と答えた。
「お母さんが音大出身で、音感が元々あったから。歌うの好きだし、好きな曲がないときは自分で作って歌ってたわ」
凄まじい行動力である。
というのも、[歌が好き]という人物はごまんといるが、実際に自分で作った曲をいつまでも歌っていられる人間は少ない。シンガーソングライターなんて、簡単にはなれないのだ。
自分の作ったフレーズの何が気に食わないのか、改良を重ねて曲を完成させることが難しいのだ。例えば、その人の得意な曲風が好きな曲風とは限らない、といった感じに。
世に出ているシンガーソングライターなんて一握りで、必ずどこかで挫折している。それを自分と同い年、弱冠十四歳で乗り越えているのだから、アミはすごい。
と、勝手に考えたところで気づく。
「アミは挫折とかしたことあるの?」
アミは苛々と机をとんとん叩いていたペンを止めた。
「嫌なことを聞くわね」
「あ、ごめん」
確かに、人の挫折話を聞くなど、デリカシーに欠ける行為だ。昴は反省したが、アミの顔を見てあれ、と思う。
怒られるかと思ったのだが、その顔には怒りどころか、さしたる感情も宿っていなかった。
「女の子は大抵、アイドルになりたいか、魔法少女になりたいかのどちらかは夢見るわ」
「う、うん」
唐突に始まった語りに若干ついていけない昴。まあ、女の子がアイドルや魔法少女に憧れるのは昔からの風習というか何というか。お姫さまになりたいといった感じの夢見がちな発想は小学生の頃によく聞いたような気がする。
そこから考えたら、結芽の[魔法使いになりたい]は少々色味が違う。主人公ではなく、脇役になりたい人間はそういまい。
「私はね、アイドルになりたかったの」
「今、アイドルじゃん」
アミの主張に咄嗟に突っ込んだが、アミは首を横に振った。
「そうじゃない。そういうことじゃないの。私は、アイドルになって、誰からも好かれる人間になりたかった。でも、あっちじゃ、そうはいかなかったわ。特に私はデビューが早かったから」
アミのデビューはテレビゲームブレイヴハーツのテーマソングからだ。大変なヒットだった。
他者から見れば、易々と夢を叶えた存在は妬ましいものでもあるだろう。それに、有名になることはいいことばかりではない。
毎日聞き流していたニュースを思い出す。誰かしら、有名人のいいニュースや悪いニュースが取り沙汰されて、人の食い扶持になる世の中だ。アミは姿こそ公開されなかったが、アミの同級生などはアミをどう思っただろうか。
「最初はみんなすごいって言ってくれた。歌やダンスのレッスン先のみんなも。……でも、だんだんと陰口が増えたの。笑える話よね。陰口のくせにわざわざ本人に聞こえるところで言うんですもの」
やめたいと何度も思った、とアミは呟く。
アミは人より早く、[アイドル]というものの現実を知ってしまった。それを知ったら、二度と知らなかった頃には戻れない。残酷な話である。
「引きこもったのよ、一ヶ月くらい」
「え」
負けん気の強いアミからは想像もできないワードだ。
引きこもったアミは家の中で母の部屋の片付けを父に頼まれたらしい。そこで、昔懐かしのカセットテープを見つけたのだ。ラジカセもあったので、アミは聞いた。
「そうしたら、お母さんの声が流れてきてね……
[好きなことなら何があっても続ける。やめるならその程度の覚悟しかなかったと反省する]ってさ、なんか、お母さんもういないのに、私を見て叱ってくれてるみたいで……」
思い出したのか、アミは優しく微笑む。
「私は決めたの。好きだから続けるって。そんでもって、私の[好き]にいちゃもんつけるやつは全員横っ面殴るくらいの意気込みでかかったの」
「お、おう……」
横っ面殴るの下りは実にアミらしかった。
「だからこんな異世界でも歌ってやるわ!! 帰ったら新曲で色々出してやるんだから!!」
なんだかアミに火が点いたらしく、アミがペンをすらすらと紙に滑らせる。なんだか圧倒的されてしまった。
この分なら、ハンナが計画したアミのデモライブは恙無く行われるだろう。
「……好きなことなら何があっても続ける、か」
昴は自分の夢を思う。まだ真っ白の進路希望用紙。
純冷にもアミにも、夢がある。黒羽や千裕にもきっと。
自分は[夢]をここで見つけられるだろうか。
昴は深く深呼吸をして、別な部屋に向かった。




