第66話 獣王への足がかり
昴たち一行は、旅仕度を始めていた。意外なことに、物資の補給などはナターシャが協力してくれた。
天使としてそれでいいのか、と純冷が問うと、ナターシャは大変嫌そうな顔をした。本意ではないらしい。アルセウスのことも、完全に納得したわけではないようだ。
そんなナターシャが何故賛成したような行動を採るかというと、[白の王]の復活は秩序を重んじる天使の側としても利点となるからだ。
「しかし、セアラーに獣人集めるだけで[白の王]が復活すると思うの?」
呆れ気味の声で布を色々と漁りながら、ナターシャが純冷に問う。ナターシャが不思議に思うのは、異世界組がかなり断定的に行動していることだ。
純冷はナターシャが見繕った布を器用に縫い合わせながら、こてん、と首を傾げる。
「それだけで獣王が復活するナターシャは思っているのか?」
「思ってないから聞いてるんでしょうに!!」
揚げ足を取るような純冷の言い方に、ナターシャはガミガミと反論する。が、純冷はスルーである。
「まあ、それも道理だ。私とて、民を集めただけで国が復活するとは思えない」
「じゃあ、今やろうとしていることに意味はないんじゃないの?」
ナターシャの返答に目をぱちくりとする純冷。今度は純冷が呆れたように溜め息を吐く。
「ナターシャは天使なのに考え方が短絡的だな。もっと広い視野を持った方がいい」
「……なんですって?」
あまりにもさらりと出てきた侮辱の言葉に、ナターシャが青筋を立てる。対する純冷はどこ吹く風。
会ってからずっと思っていることだが、平気で人に喧嘩を売るような発言も含め、異世界組は胆が据わりすぎてはいないだろうか。挑発的というか、挑戦的というか。
ただ、それにもちゃんと理由があることは、散々見せつけられてきた。故に続く言葉を待つ。
「獣人を集めるのは第一段階だ。何か一つしただけで目的を達成できるのなら苦労はない。何かを始めるには足がかりが必要だ。そのためにアミの付き人と情報屋には動いてもらっている」
「ふぅん。じゃああなたには第二第三の段階も見えているわけ?」
「まあ、大まかにはな。昴の意見を聞いてみるつもりではある」
アイゼリヤ側の意見は聞かないのか、と思ったが、純冷の性格を考えると、仕方ないような気がした。
どこぞの街から同行してきてわかったことだが、純冷は人を信用しているようで、していない。本当は自分のことしか信じられない、そんな人間不信を感じさせる挙動が所々に垣間見える。
純冷の身の上を軽くは聞いたが、頼れるのは己のみ、といった状況に置かれていた、とナターシャは思った。
そんな純冷が、どことも知れぬ異世界にいきなり飛ばされて、信用できる人物がどこにいようか。ナリシアのことさえ、本当に信頼から連れ添っているのか怪しい。利害の一致、というのが一番の理由のような気がする。
ただ、人並みの倫理観はあって、生け贄にされそうだったアリを助ける、という行動もしている。よくわからない。
では異世界組を信用しているのかというと、話は別らしい。同じ世界から飛ばされて、話は合うようだが。
その中でも特に昴のことは信頼しているように見える。聞いたところ、異世界に来てから最初に会った同郷の民で、ブレイヴハーツを通して語り合ったとか……これだけ聞くと、脳筋とそんなに変わらないような気もする。
昴の方も純冷を頼りにしているようだ。ブレーンとして。確かに頭脳派ではあるが、ナターシャから見れば、昴もなかなか頭が回るので、どっこいどっこいの気もする。
──互いを補い合うって、こんな感じなのかしら?
昴も頭脳派、みたいに考えていたが、昴と純冷は似ているようで違う。まず、所詮は他人なのだから、考え方が違って当然なのだ。二人共、それを理解した上で互いを尊重している。なかなかできることではない。
不思議な関係、とナターシャは新しい布を取り出しながら考えた。
「ん、まあ、布はこれくらいあれば大丈夫だろう」
「あら、そう」
で、だ。純冷が今何を作っているかというと。
赤黒いローブである。そして実はさっきから、それを着せられる予定の人物が仏頂面で立っているのだ。
顔には「ふざけるなよ」と書いてある。
「ふざけるなよ」
言った。怒気のこもった低い声で。
ナターシャがさらりと返す。
「あら、仕方ないじゃない。あなたの容姿は目立つんだから、それに体格もいいし、既存の服じゃサイズがないのよ。わざわざ手縫いで作ってくれているスミレに感謝することね」
「ぐぬ……」
悔しそうにしたのはアルセウスである。赤い虎の獣人。手足だけが人間の異形の獣人で、その容姿は獣人内でも差別されるほど。
今回の[白の王]の復活にはどうしてもアルセウスの協力が必要、と異世界組がこぞって言うものなので、アルセウスを連れて歩くために専用の服を作っている、というわけである。
ナターシャが語った通り、アルセウスは体格がよく、合うサイズの服がない。元の服、とも思ったが、彼は半裸で行動していた。獣人あるあるである。
確かに服が必要とはいえ、わざわざ手縫いで……とナターシャは思ったものだが、これがなかなか純冷の手並みがいいもので、魔法を使うより早いかもしれない。
「もうじきできるぞ、ゼウス」
「まあ、嬢ちゃんのことは気にいってっからいいけどよ……本当にオレは必要か?」
「必要だ」
間髪入れずに答える純冷に迷いはない。
「[白の王]の復活に必要なものは三つだと私は考えている。一つは民の声、もう一つは異形の者たちが戻ってくること、だ」
「……なるほど、オレも足がかりってわけね」
ナターシャの認識では、アルセウスも脳筋というか物理的力こそ全てみたいな感じに考えていたので、頭脳派な純冷の意図を一瞬で読解できたのは意外だった。不満そうにしていたが、意外と話は聞いていたらしい。
で、とアルセウスは純冷に問う。
「最後の一つはなんだ?」
そう、それはナターシャも思った。純冷は[白の王]復活のために必要なものは三つと語っている。そのうち二つしか話されていない。
純冷は口をつぐんだ。その様子を二人は訝しむ。
やがて、純冷は言った。
「あとは、あいつ次第だ」




