第41話 転移
急に昴&アミ視点。
純冷がオール某所にある城でタイラントと戦いを繰り広げているなどつゆ知らず。
昴たちもなんと黄の街 オールにやってきていた。
というのにも色々と理由がある。
少々時を遡る。
黒の街 ホシェフ内と思われる墓場でばらばらになった面々は再会を果たした。その上、新たな人物も増えていた。
「やぁ、シエロ。久しぶりだね」
「モリ、俺は別れてからまだ三十分も経っていない気がするんだが?」
この墓場の主である墓守のモリさんに先程ハンナを連れてやってきた英雄騎士シエロはひきつった表情を返す。
「全部お前の差し金か?」
「何のことやら」
シエロの鋭い視線にモリさんはおどけたように肩を竦める。シエロの中にむかむかとしたものが込み上げてきたが、一度飲み込む。
す、とシエロは視線を移す。その先には黒髪黒目の少年がいた。黒いマントを羽織っている。
「あんたは」
シエロの目付きが変わった。険しい光を宿しつつも、驚きの色に。
黒髪黒目の少年は無表情のまま応じる。
「久しいな、英雄騎士」
「魔、王……」
シエロは絶句していた。それもそうだろう。普通かつての宿敵とこんな唐突に再会するとは思わない。
何か言おうとシエロは口を開くが、言葉が出ないのか、何も言わない。魔王も何も話そうとはしなかった。シエロと魔王が仲がいいとは思わないが、それにしても魔王は素っ気なくシエロから目をそらす。
どことなく、気まずい空気が流れた。
「あ、え、ええと、ここに魔王がいるのには色々と訳があるんだ!」
そんな空気を払拭したかったのか、昴は慌てた様子で二人の間に入る。
「まず、自己紹介しなくちゃだね。俺は紅月 昴。異世界からヘレナさんに召喚されたテイカーの一人」
召喚、という単語にシエロは表情を曇らせる。
「ヘレナ姫が禁忌を犯したのは知っている。そこのちっこいテイカーには会ったことがあるからな」
「ちっこい言うな!」
まだ目を覚ましていないハンナについていたアミがシエロの言葉に憤慨する。ぴょこぴょことツインテールまで跳ねさせているところを見ると、かなり子どもっぽい。
「あ、シエロはアミと一回戦ってるのか。シエロがここにいるっていうのはアミに聞いて来たんだもんね。
あなたに会うために、俺たちはホシェフまで来たんです。でもそしたらはぐれちゃって。アミと情サバーニャ……猫獣人の子……はモリさんの方に、俺と裕弥は魔王の方にそれぞれ飛ばされて、魔王との話し合い……なのかなぁ……に成功した俺たちがこっちに合流するために魔王に手助けしてもらって、今一緒にいるんです」
昴の説明に気になる点はいくつかあったが、シエロはとりあえず一つを確認することにした。
「裕弥って?」
「あ、もう一人の異世界人のテイカーです。あれ、でも今は千裕なんだっけ」
「ああ」
昴に頷きながらシエロの方に寄ってくる少年。肩にかかるくらいの白髪を持つどこかぽやんとした印象の少年の姿にシエロは目を見開く。
呆然と呟いた。
「ある、じ……」
場の空気がしん、と冷たくなった気がした。
昴やアミ、サバーニャはわけがわからない。モリさんはフードをかぶり、そっぽを向く。魔王は切なげに目を細めた。
シエロは悲しみの中に苦しさを宿したような顔で千裕に手を伸ばす。しかし千裕はそれを拒否するように後退った。
「主……」
「な、何」
千裕が他人行儀に応じ、シエロは表情を失う。あからさまに顔を歪めたりしなかったが、シエロが苛まれている感情は昴たちにも伝わってきた。その感情を向けられている千裕は戸惑いを隠せない。
悲しみ。
シエロは千裕──裕弥と初めて対面したときの魔王と同じことを言っている。裕弥を白の王、獣人国の王だと。
やはり、似ているのか、とぼんやり認識した昴はぎりりと拳を握りしめる音を耳にした。それは魔王のものだった。
魔王は必死にシエロを見ないようにしている。魔王にとって獣人国の王がどれだけ大切だったかなど昴には想像もつかないが、裕弥との対戦時に彼が口にしていた言葉がよぎる。「騎士よ、何故あの人を、救ってくれなかった……?」──白の王を殺めてしまったやり場のない憤り。王を守る騎士だったシエロにその矛先が向こうとしているのだろう。目を合わせたら殴るかもしれない。その衝動をこらえているのだ。
周囲の思いがどんなに錯綜していようと、千裕の戸惑いが消えるわけではない。昴が間に入ろうか悩み始めたそのとき。
「あ……あああっ!!」
千裕が叫んだ。目を見開き、頭を抱えてその場に踞る。昴は慌てて駆け寄った。
「どうしたの? 千裕」
「お、おも」
「おも?」
「思い、出した……」
衝撃の一言だった。[思い出した]とは、もしや記憶が戻ったということか?
しかし、聞き出そうにも千裕は頭を抱えて呻くばかり。
「そうだ。そうだった。俺は、千裕は、僕は……」
ぱたり。
「千裕!?」
呟いたっきり倒れた千裕を昴が抱き止める。いや、千裕と呼んでいいのか? 最後、彼は[僕]と言っていた。裕弥の一人称だ。
わけがわからないのは今はどうしようもない。昴はとりあえず、裕弥の体を背負って立った。何がどうなっているかは彼が目を覚ましてから訊けばいい。シエロの名前に覚えがあると言っていたから、それで何か思い出したのかもしれない。
さしあたっての問題は、これからどうするかということだ。
ホシェフに来た目的であるシエロと会うことができた。魔王やモリさんとの対面など思いがけない出来事もあったが、ひとまず落ち着いて話がしたい。情報を整理したいのだ。
「これから、どうします?」
ある程度目的がまとまってから、昴は口にした。
「シエロや魔王、モリさんに色々教えてほしいことがあるんです。俺たち、まだアイゼリヤの現状を完全に把握したわけでもないし、召喚についてとか、魔王との戦いのときのこととか、色々なことが今に繋がっていると思うんです。俺やアミはある程度のことなら知っているけれど、知識に齟齬があるかもしれない……一度整理しながら話し合いたいんですが」
昴の提案にいち早く反応したのはモリさんだった。
「確かにそれは必要だとおじさんも思いますよ。でもねぇ、その話し合いをここでするのはいただけないなぁ」
「え? なんでですか?」
昴の疑問符にモリさんは地面を指して言った。
「うじゃうじゃ湧くから」
何が、とは言わない。代わりにそれなりに詳しく解説を入れる。
「過去の話に感応しやすいんだよねぇ。だからここで話をされると墓守のおじさんとしてはあまり芳しくない状況になる。それは止してほしい。だからせめて、別の街に行ってくれないかな?」
何がどうなる、とは言わなかった。けれど、その場の全員に大体同じ想像が去来したことだろう。
何せ、ここは墓場だ。
「そうね。芳しくない状況になられてもこっちだって困るわ。安心して話せる場所に行きましょう」
アミが少し震え声で賛同する。疚しいことでも……あるのだろう。
昴は所々に見える草の焼け跡に目を向けるが、何も言わない。沈黙は金である。
「といっても、おじさん、墓守の仕事があるからこの街出られないんだけどね」
語尾に「♪」でもつきそうな呑気さでモリさんが言う。昴ががくりとずっこける。
「そんな。モリさんの話も訊きたかったのに」
テレビゲームブレイブハーツではモリさんは最後の方にしか出てこない端役といってもいいほどのキャラクターであるが、知識量は情報屋のサバーニャよりありそうだと思っていたのだが。
所謂何でも知っていそうな全ての台詞が意味深系のキャラクターだ。実際色々と知っているようだし。
と、昴が残念がっていると、大丈夫ですよ、とモリさん。
「直接参加はできませんが、魔王くんを介してなら、情報を共有することができます。いえ、正確に言えば、[黒羽くん]を介してですかね」
突如出てきた意外な名に昴はぎょっと目を剥く。
「黒羽? 情報共有? どういうこと?」
「ヘレナ姫が設定した[対になるテイカー]というやつですよ」
[対になるテイカー]。その言葉に覚えはあった。
シエロを探すと決めたときに裕弥が口にした言葉だ。
「僕たち異世界の子供に対応して、アイゼリヤにも五人のテイカーがいるって」
五人に対応してということは五属性それぞれにいるのだろうとは思っていたが。
「黒羽と対になるのがモリさん?」
「はい」
モリさんは頷き、続けた。
「魔王くんが以前アイゼリヤに来たときの一件がブレイブハーツウォーズに関わりがあるかもしれないという昴くんの推測は正しいですよ。まあ、おじさんにヘレナ姫の真意まではわかりませんが、対に選ばれた五人はおじさんも含めて全員、その一件の関係者です」
「シエロ、モリさん、ナリシア、ナターシャ、コウ」
アミが人名らしきものを呟く。昴の頭上にぷかんと大きな疑問符が浮いた。
「ええと、ブレイブハーツのメインキャラだよね? でもコウって?」
いや、昴自身に心当たりがあるのだが、まさかという選択肢なのだ。
そこでアミが口にしたのは。
「あんただって知ってるでしょ? ──ブレイブハーツの主人公よ」
まさかという選択肢だった。
「ま、待って! 主人公キャラクターって名前をプレイヤー側で設定できるキャラクターで、初期設定の名前もついていなかったんだよ? それがどうして」
「お前ら、コウを知ってるのか!?」
「どうしてって……ええっ!?」
シエロの反応に驚くしかない昴。
初期設定の時点で名前のないキャラクターが実在するとは考えていなかった。しかし、シエロの言動を見るに、実在したらしい。
しかも、昴がプレイ時に設定した[コウ]という名で。
「っていうかなんでアミが[コウ]の名前で知ってるの?」
そう、ブレイブハーツの主人公には初期設定で名前がついていなかったのだ。プレイヤーが名前をつけてスタートとする。名前なんてプレイヤーごとに違うだろうに、何故アミが昴がつけた名前を知っているのか。
「そんなの簡単よ。あたしが主人公につけた名前も[コウ]だったからよ!」
驚きのすぐ後に浮かんだのはできすぎているという感情。
アイゼリヤに召喚された昴とアミが同じプレイヤーネームで同じゲームをプレイしていた。果たしてこれは偶然なのだろうか。
「はい、ストップ。論争はここを出てからにしてください。そろそろうごうごとうるさくなってきましたからね」
昴とアミの間に入り、モリさんが言う。うごうご……何が、とは言わなかったが、二人は素直に話をやめた。
「で、街を出るのはいいけど、どの街に行くの? ここから行けるのはセアラー、オール、マイムよ。ってかそもそも現在位置がわかんないんだった……」
アミが進まない話に呻く。よくよく考えると、昴たちはここがどこだかわからないのだ。ホシェフの門前で柱に吸い込まれたり、魔法で転移したり……話の流れからぼんやりホシェフの中であることを認識してはいたが。
昴もアミと同様に頭を悩ます。どちらに進めばいいのかすらわからないという状況。何かがうごうごし始めている場所に留まり続けたくもないが……
「大丈夫ですよ。目的地が決まったら転移魔法で転移すればいいのです。目的地さえ定まっていれば、転移は問題なくできますから、ここがどこかということは些末な問題でしかない」
モリさんの指摘にほっとする二人。
目的地なら、決まっている。
「マイムはエルフの国で、エルフはあまり友好的な人たちじゃない。セアラーは荒れた戦場だから」
「消去法でオールよね。あそこなら新しい情報も手に入るだろうし」
反論する者はない。
が。
その後が問題だった。
「では、おじさんがオールに転移させましょう」
「おい、待った!」
モリさんの発言にシエロが慌てる。しかしモリさんがその制止を聞くことはなく、空中に魔法陣のようなものを描く。
「少しくらっとしますが、我慢してくださいね」
「だから、おま」
モリさんを止めるのに必死なシエロを魔王が止める。落ち着き払って瞑目しているあたり、慣れているのかもしれない。
いやいやそれより。
シエロの反応に不安の増す昴とアミ。アミはぎゅ、とハンナを抱き寄せ、昴は裕弥を背負い直した。
直後、モリさんの予告通りくらりとした感覚が襲い、思わず目を閉じる。
気持ちの悪い感覚が収まり、ゆっくり目を開けると。
知らない建物の中に昴たちはいた。




