第31話 ターシャ
新章開幕「黄の街オール」
久々の純冷視点です。しばらく続きます、たぶん。
昴たちがホシェフに着き、まだそれぞれさまよっていた頃。
黄の街オールに旅の三人組が訪れていた。トンガリ帽子をかぶった青年と一挙手一投足がきりっとしている少年。その少年に隠れるようにして気弱そうな女の子。
旅人らしい服装ではあったが、なんとも奇妙な取り合わせで、道行く人の目を引いた。特に少年に。
面差しは整っていて少年とも少女とも断定しづらい中性的なもの。男女問わず、ふと目を惹かれる。
少年は立ち居振舞いも三人の中で最も堂々としており、なんとなく、彼が一行のリーダーなのだろうと思われた。
ところが。
「アリシア、どっちだ?」
「次は右」
「わかった」
少し会話に耳を傾けると、道を決めているのは少年の後ろに引っ付いている女の子だった。
「次の路地左に曲がったら、すぐ」
どうやら目的地は近いようだ。しかし、三人が入っていったのは人気のない細路地だった。
奇妙なところに入っていく、奇妙な三人組。
だが奇妙なことに、それを気にする者は誰もいなかった。
こじんまりとした喫茶店に旅装の三人組が入る。
入口の扉をぱたりと閉めたところでトンガリ帽子の人物がようやく帽子を取る。
その下から現れたのは金とも銀ともとれる煌めきを持つ髪。少し長めのそれは青年の肩につくほどである。
青年の瞳は澄んだ蒼。そして何より特筆すべきは髪の合間から出た青年の尖った耳。
エルフである。
少年にすがったままの女の子も上手く隠しているが、同じ耳をしている。
「さすが精霊の導きだな。ちゃんとここを見つけられるなんて。偉いよ、アリ」
エルフの青年が女の子の頭をぽんぽんと撫でた。アリと呼ばれた彼女は照れくさそうに頬を赤らめている。
「ここがそうなのか? ナリシア」
少年が青年に訊ねる。青年はこくりと頷き、薄暗い店の中を一度くるりと見渡すと、手近なカウンターの奥に声をかけた。
「おーい、ターシャ。いるかい?」
ナリシアの声に反応してか、こちらに向かって近づいてくる足音が一つ。
向こう側からやってきたのはどこか気だるげな様子の麗人。栗色のふわふわした髪を鬱陶しげに見やりながら、確かな足取りでこちらに向かってくる。
「ナル、やたら久しぶりね」
どうやらこの女性がナリシアの言う"ターシャ"のようだが、少年は何故か疑問符を浮かべ、首を傾げる。
それに対し、ターシャもこの少年の存在に疑問を覚えたようだ。
「ナル、この人間、誰?」
「ああ、話すと少し長くなるんだけど、スミレっていうんだ。きみに用があるのはこの子だよ。ちょっと彼女の話を聞いてほしい」
「ふぅん、訳ありのようね……彼女?」
ターシャはその部分に引っ掛かりを覚える。
話の流れからするに、ナリシアの言う彼女とはターシャが訊いた少年のことだろう。
少女というには落ち着いた、凛々しすぎる風貌をしているが。
「ええっ? 女の子!?」
「はい。よく間違えられます。申し遅れました。青木純冷と申します。以後お見知りおきを、"気高き天姫 ナターシャ"様」
純冷の発言にターシャの眉がぴくりと跳ねる。
「なぁる。確かに訳ありっぽいわね。いいわ。ついて来なさい」
ターシャが店の奥──客席ではない方に消える。三人も後に続いた。
喫茶店のスタッフルームまでをも抜けて、純冷たちが案内されたのは隣の建物の一室だった。
部屋に入るとターシャはがちゃりとしっかり扉に鍵をかける。
「ここは?」
純冷は部屋を見渡す。ソファがいくつかおかれ、ガラス板のテーブルがあるだけのシンプルな部屋。窓もなく、出入口は入ってきた扉だけ、となんとなく閉塞感のある部屋だ。
天井を見ると明かりがない。にも拘らず、何故か室内は普通に過ごすのに支障がないほど明るい。
「ここはね、わたしのプライベートルーム。"気高き天姫"の名を知ってるなら、わたしの正体まできっちり把握してるんでしょう?」
オレンジ色の瞳が純冷を鋭く射る。純冷は小さく頷いて、答えを口にした。
「……天使」
「お見事」
ターシャはくるりとその場で一回転。すると不思議なことに店の制服であろうエプロン姿から、貴族のような豪奢なドレスに変わった。髪も栗毛から赤髪に変貌し、背中からは天使と呼ぶにふさわしい三対の翼が生えていた。
そのままなのはオレンジ色の眼差しだけである。
純冷は目を見開いた。
彼女はターシャのそれまでの格好に疑問を抱いていたのだ。栗毛でウェイトレス姿の人間にしか見えないターシャに自分の中の情報と噛み合わないものを感じていた。
けれどそれは仮の姿かもしくは変装だったのだろう。今目の前に立つ天使こそ、純冷の知っている"気高き天姫 ナターシャ"である。
「へぇ、本当に純冷ってターシャのこと知ってたんだ」
ナリシアが感心した風に口にする。まあ、と純冷は言葉を濁した。
「どうして知ってるのかしらね? そもそも、あなたとわたしは事前に知り合う余地もないはずよ。だってあなた、アイゼリヤの人間じゃないでしょう?」
「!!」
ターシャの問いに純冷が驚愕する。
「どこまでわかるんだ?」
僅かに緊張で固い声で純冷が問う。ターシャは肩を竦めた。
「それはこちらの台詞よ。わたしはこれでいて隠密派なの。だからわたしの名前が"ナターシャ"だって知ってるのは魔王との戦いのときに一緒だったやつらしかいない。アイゼリヤで一番位の高いヘレナ姫ですら知らないことを異世界人が知っているのはどういうことかしら?」
ターシャの険しい顔つきに、純冷はまず自分から説明しようと決めた。
自分が異世界からアイゼリヤに召還された人間であること、自分の願いを叶えるためにブレイブハーツウォーズに参加していること、ナリシアとアリシアに出会い、マイムから逃亡中であること──
「それで、ナリシアにあなたのことを聞いて、私たちの仲間になってほしいと思い、ここに来た」
「仲間?」
ターシャはのんびりとした動作で首を傾げた。
「わたしに、ブレイブハーツウォーズって、あんな馬鹿げた戦いに参加しろって?」
「まあ、そうなるだろうな」
「馬鹿じゃないの」
ターシャは吐き捨てた。しかし、純冷は無表情にその先を聞く。
「人間の始めた馬鹿げた戦いに天使たるわたしが関わらねばならない謂れなどないわ」
天使という種族はそもそも、魔王同様、アイゼリヤという世界に属しているわけではない。それは純冷も知っている。
何故なら以前、ターシャがそう言っていたのを聞いたからだ。
そう、"気高き天姫 ナターシャ"は元の世界のテレビゲームブレイブハーツに出てきたキャラクターの一人。勇者パーティーで回復係を務めていた人物だ。
彼女は普段から天使の証である三対の翼だけは必ず隠している。しかしあるときパーティー全滅の危機を救うため、全力を出したとき、翼を隠しておく余裕がなくなり、パーティーメンバーにばれてしまう。
そのときにターシャは仲間を信じて自分の正体を明かしたのだ。
天使というのは世界を陰から見守る存在。世界に危機が訪れたときにはその危機をもたらす者が誰であろうと、第一にその世界を守らねばならない。けれどそれは滅亡レベルの危機が訪れたときのみで、いつもはそっと見守っていなきゃいけないの。
必要以上に天使は世界に干渉しないのよ。
「魔王侵攻のときほどの危機ではないかもしれない。だから、参加しなくてもかまわない」
純冷の宣告にターシャの瞳は驚愕に揺れた。
純冷は本題を切り出す。
「ただ、貴女に教えてほしいことがある。魔王侵攻の戦いの際に何があったかを」
「それを知ってどうするっていうのよ?」
「私はヘレナ姫にこの戦いを終わらせてほしいと頼まれた」
「ふぅん?」
ターシャが苛立ちを込めた視線で純冷を威圧する。
だが、純冷は意に介した様子もなく続けた。
「ブレイブハーツウォーズで優勝してしまうのが手っ取り早いだろうが、それで本当に"終わる"のか気になる」
「何故?」
「魔王侵攻の際、貴女たちは"魔王を倒したわけではない"からだ」
「「!!」」
これには純冷の傍らにいたナリシアもターシャ共々驚く。
それもそうだろう。アイゼリヤの中では魔王との戦いは華々しい勝利の物語──勇気ある者たちが魔王を倒したという風に伝わっているはずなのだ。
しかし純冷は元の世界でプレイしたブレイブハーツの内容を全てクリアした。隠しシナリオも例外ではない。
故に、正しい"戦いの結末"を知っている。
魔王は戦って敗北したから退いたのではない。勇者たちの話し合いに応じたから退いたのである。
純冷の推測ではないが、今回もそういう"終わらせ方"が正しいのではないか。ゲーム用語で言うところの"トゥルーエンド"は"ブレイブハーツウォーズでの優勝"ではないかもしれない。
それをもっと確信に近づけるために純冷はここに来たのだ。
魔王との戦いの真実を知る者の元へ。
その情報を集めることで、自分がどう行動していくべきかの指針がいくらか立てられるはずだ。
純冷は行動タイプというより、思索タイプだ。情報収集、推理……それが彼女にとっては欠かせない。
「わかったわ。そこまで知っているなら隠す必要はないわね。長い話になるわ。座って」
自らも翼を引っ込め、近くの椅子に腰掛けた。純冷と他二人も各々座る。
それを確認し、ターシャは語り始めた。




