第30話 一陣の風
「全く、墓守のやつ。適当に放り出しやがって」
悪態を吐きながら歩く一人の騎士がいた。騎士は女性を一人肩に担いでいる。女性は気を失っているようだ。
辺りは生気のない薄暗い土地。土が所々盛り上がり、時折人の名らしきものが書かれた札が立っている。
墓である。
「くそ。こんな街には二度と来たくなかったのに、ブレイブハーツウォーズのせいで主は行方不明だし、黒の街に異変がなんて図々しく呼び出すやつはいるし、ちっこい人間のテイカーにつっかかられて返り討ちにするし、ホシェフを去ろうとしたらたまたま転移に巻き込まれて外界に飛ばされかけてた人間見つけるし。しかもここまでどんぴしゃだと、やつの策略としか思えねぇ。モリのやつ、覚悟してやがれ」
愚痴愚痴文句を垂れつつ、騎士は女性を背負い直して歩き続ける。
目指す場所はそう遠くない……はずだ。
彼は転移魔法中の事故で戻ってきた。そういう場合は大抵、術者の近くに不時着するようになっている。安全のためだ。しかし、騎士の眉間のしわは消えない。何故なら彼に転移を施した術者がそこまで親切だと信頼できなかったからだ。
「あの墓守が親切なんてしたら、それこそ世界の終わりが来てもおかしくないが、そういう一般常識くらいは守ってほしいよな……」
溜め息を一つ。とぼとぼと歩く騎士だが、不意に眦をきりっと吊り上げ、鋭い視線を背後に向ける。
びゅっと何かが飛んでくるのと、騎士が女性を担いだまま飛び退くのは同時だった。先程騎士がいた場所にそれは降り立つ。
それは毛玉状の何かだった。ふさふさの毛玉。毛玉以外に表現のしようがない毛玉が立っていた。
「忌まわしき魔王たまの敵、[英雄騎士シエロ]だな!?」
甲高い声が高らかに問う。びしっと豆粒のような手を向けるおまけつきで。
緊張感という言葉を完全に度外視した声音と容貌。しかし騎士はそれにも動じず警戒を絶やさない。
研ぎ澄まされた神経で辺りの気配を探る。無数の小さな生命体(?)に囲まれていた。
ふっ、と不敵な笑みが毛玉生物から零れる。口角らしき部分の毛がちょっと蠢いた。毛がなけりゃさぞ決まることだろうに、とちょっとずれた憐れみを向けつつ、騎士はさりげなく、腰に帯びた剣に手をかける。
そうはさせんとばかりに毛玉生物は声を張り上げた。
「かかれ~!!」
その号令に応じて三百六十度、一寸の隙間もなく、毛玉たちが押し寄せてきた。
女性を抱えたままでは上手く身動きをとれまい。そんな状況の騎士に毛玉たちは一斉に飛びかかっていく。
刹那。
斬っ
毛玉は何が起こったのか、理解できなかった。目の前の人間は一体何をしたのか。見ていたのにどうやら動いたらしい程度の認識しか生まれない。これは、どういうことか。
何故ほんの一瞬ぶれた程度で仲間の毛玉百匹あまりが死屍累々と積み重なるのか。
「何驚いてんだ、キューブスクワイアバトラー? お前たちが言ったとおり、俺は[英雄騎士シエロ]だ。魔王と対立したのも確か。で、そんな俺に何の用?」
騎士シエロは抜刀した剣を空に一振り。すると倒れた毛玉たちは土に還り、毛がさらさらと風に流されていく。
「ラヴァン。やつらの行き着く先がやつらの望むままであるように」
そんな祝詞を唱えつつ、鞘に納める。
圧倒的な騎士の強さを前にキューブスクワイアバトラーと呼ばれた毛玉生物は、ぴぎゃあああっと奇特な悲鳴を上げて逃げた。
「はあ。あのときと違って、ここに揃うのは屑魔物か。平和な証拠で結構なんだが、もちっと危機感を持ってほしい」
何があるかわからないため、女性を担いだまま、シエロは再び歩を進める。
「まあ、魔物にとっちゃ統括する主の魔王──今は[黒の王]だったか、が狂ったんだから事だが」
シエロ、二回目の溜め息。
「ヘレナ姫、貴女が始めたブレイブハーツウォーズ、俺にはとても正しいとは思えない。黒の王が狂うように仕向けたのは貴女だろう? そうすれば、アイゼリヤの実質上の支配権は全て貴女の物となる。けれど、俺は知っている。世界は一人で動いているわけじゃないってことを」
呟きながら、シエロは瞑目し、胸に手を当てる。
「貴女が間違ってるなんて、本当は誰も思いたくない。譬間違っていても、貴女は誠心誠意謝ることができる。だから早く気づいてくれ」
肩にのしかかる女性の重みにあるはずのない懐かしさを抱く。
魔王のヘレナ姫誘拐事件から始まった世界を揺るがす戦いの冒険譚。あの記憶を辿ると自分は所々重要なことを忘れている。
誰の仕業かはわからない。けれど誰かが自分たちを都合のいい駒のように動かしている。あの魔王も、シエロの主までをも。
あの戦いは終わったんだ。もう戦いなんて、いいじゃないか。
そんな願いがシエロの中に込み上げてくる。
シエロは歩き疲れ、考え疲れて立ち止まった。
小さく空に紋様を書く。祖国──今はセアラーと呼ばれる獣人国の古き言の葉。
「風の友よ。導いてくれ。ラヴァン」
シエロは祈った。それに呼応し、風がさあっと吹き、シエロの書いた紋様をさらう。シエロはそれを追いかけて歩き出した。
そして、辿り着いた先には──
「わあっ! ってあれ、ハンナじゃない!!」
一陣の風が昴たちの前に降り立った。その風の中からふわりと眠るハンナが差し出される。
アミが真っ先に駆け寄り、抱き止めた。
すぅすぅというハンナの寝息を聞き、心配したじゃない、馬鹿!? と暴言を吐きつつも涙を流すアミ。素直じゃない少女を微笑ましく他の一同は見守っていたが、黒の王だけが風の中を見つめていた。
風が止む。
「やはり、オマエだったか」
黒の王の固い呟きを受けたのは風の中から現れた騎士。右の肩当てには古い獣人国の紋。
はっと騎士に気づいた昴が息を飲む。その昴と騎士の目がかちりと合った。
そのとき。
「わああぁぁああっ!! ちょっと、本物の騎士! しかもそんじょそこらの騎士じゃない。あの英雄騎士シエロだよ!?」
滅茶苦茶感動しているらしい昴が勝手に手を掴んで握手握手と腕をぶんぶん振り回すのにシエロは目を白黒させる。そのテンションについていけない。
「会えるなんて! いや、その前に、ハンナを助けてくれたみたいでありがとう」
「い、いや……」
「もっかい、握手握手!!」
「え、え? おわっ」
泣きじゃくるアミ、半ば暴走気味の昴についていけないシエロ、黒の王と千裕は若干引き、サバーニャとモリさんは我関せず。場はカオス状態だった。
が、今はまず、一時の休息を。




