第20話 黒の王
歩きながら考える。手掛かりは他にない──そう判断した昴は意を決して目の前にふよふよ浮く毛玉、もとい、クリスティンと名乗った謎生物に向き合う。
「クリスティン……は長いからクリ坊でいっか」
「なんでございますか! その腑抜けた呼び名は!」
腑抜けた容姿で言われても困る。
「あ、それいいね。でさ、クリ坊、僕たちはどこへ行けばいいんだろう? っていうかここ、本当にホシェフ?」
呼び名に猛反発するクリスティン……改めクリ坊を完全無視し、裕弥が本題を切り出す。するとクリ坊はすんなり切り替え、待ってましたとばかりに胸とおぼしき部分を叩き、答える。
「よくぞお聞きくださいまちた。わたくちはここ黒の街ホシェフを治める黒の王となるお方にお仕えちているのです。ですから、黒の王たまが探ちてらっしゃるあのお方に近ちいと判断されたユーヤたまとスバルたまは、黒の王たまのところへ、このわたくちがご案内するのです」
[黒の王]という単語に裕弥がぴくりと反応する。
自分たちを吸い込んだ柱には白の王と刻まれていたはずだ。何か関係があるのかもしれない。昴も裕弥も表情に若干の緊張を漂わせる。
「へぇ、黒の王?」
「ここホシェフはわたくちのような異形を持つ魔物が棲む街です。アイゼリヤにおいて唯一のわたくちたちの安住の地。成り形は物々ちい者もおりますが、ここではあまりいさかいはありません」
「平和なんだ」
聞いていた話と違うな、と思いながらぼんやり昴が呟く。サバーニャが激戦区とか、人を襲う魔物がいるとか、暗黒街とか、物騒な言葉ばかり並べるので、平和なんて縁がないものだと思っていた。
心中でほっとする昴にはい、とクリ坊が元気よく応じる。
「平和でございますよ。希に迷い込んできた人間を食い散らかす程度には」
「待ってクリ坊! それ、全然平和じゃない!!」
昴は思い切り前言撤回した。人を食い散らかすなんて、不穏この上ない。
そんな昴の様子にクリ坊は小首を傾げる要領でかくりと体を傾げた。何気に器用だ。
「大丈夫です。ユーヤたまとスバルたまは食われたりちません。わたくちがついていますから!」
超不安なんだけど。
口に出しては言わなかったが、顔を見合せた昴と裕弥は同じことを思った。
捕捉するように糸と小さい毛玉の手をぴっと立ててクリ坊は言う。
「わたくちは黒の王たまの配下ですから、そこらの魔物はおいそれと手出ちちません。黒の王たまに逆らえば地獄を見ることになりますち」
それはそれで怖いというか、待て、自分たちはその人物に会いに行くんだよな、と一抹どころではない不安を抱えつつ、昴は問いを連ねる。
「ところで黒の王ってどんなひとなの? おどろおどろしい魔物だったりして」
「いいえ。黒の王たまは人間でございます」
「えっ?」
心の準備をしようと容姿を訊き、返ってきた意外な答えに昴は思わずきょとんとする。裕弥も驚いていた。
そんな二人にクリ坊は親切に説明する。
「黒の王たまはホシェフをブレイブハーツで制ちた人間の王たまです」
ブレイブハーツ、という単語に昴は食いついた。
「ブレイブハーツ!? やっぱり魔物もやるの?」
今注目すべきはそこでないことは明らかなのだが、それを問題にしてしまうあたり、昴は確かにブレイブハーツ馬鹿であった。
それでもクリ坊は懇切丁寧に説明してくれる。
「一部の者のみです。魔物は知能が低い者が多く、言葉を持つ者は一握りなのです」
「じゃあ、クリ坊も?」
「はい、わたくちもテイカーでございます」
昴、ガッツポーズ。さすがにそれには裕弥も呆れた。
「わあ! じゃ、後で俺と対戦してよ。ちなみに色は?」
「色? 何をおっしゃっているのでありますか? ホシェフの者は皆黒ですよ?」
何気なく放った質問の答えに驚く。見たことのない色だ。
昴が裕弥を見ると、彼は首を振った。
「黒? 初めてかも」
「そうだね。僕も戦ったことない」
「むむ、スバルたまもユーヤたまもテイカーなのでございますか」
そういうクリ坊に昴と裕弥はそれぞれ自分の色を教える。
「俺は赤」
「僕は白」
裕弥の一言に、クリ坊の片手がぴくりと反応する。
「白、でございますか」
「どうかした?」
意味深に反復するクリ坊。不審に思って声をかけるが、「いえ」の一言で茶を濁された。
ふとクリ坊が止まる。自然、昴と裕弥も立ち止まった。
「こちらでございます」
どうやら、目的地に着いたようだ。目の前には頑丈そうな鉄柵の門。その向こうには煉瓦造りの立派な屋敷。
「お屋敷、だよね?」
「さようにございます。ここは黒の王たまのおやちき。王たま、クリスティン、ただいま戻りまちた」
クリ坊が門の向こうに呼び掛けると、唸るような叫び声が聞こえた。意味のある言葉には聞こえなかったが、その声が止むと鉄柵とその向こうの屋敷の入口がひとりでに開いた。
今のは魔法の呪文だったのだろうか、などとしょうもないことを考えながら、クリ坊についていく昴。その隣では神妙な面持ちで裕弥が歩いていた。
歩いていくにつれ、また叫び声が聞こえてきた。だんだんと大きくなっていく。この声が[黒の王]なのだろうか。
やがて、大きな扉の前に着いた。そこで再びクリ坊が止まり、扉の向こうに呼び掛ける。声をかける前から、向こうからは唸り声がしていた。
「王たま、あのはちらの導きで入ってきた二人のテイカーでございます」
クリ坊が言うと、やはり扉はひとりでに開く。その先には
「ああああっ! ああああっ!」
髪を振り乱し、じたばたと暴れている少年。黒い服は埃まみれで、所々破けている。昴たちが入ってきても、錯乱したように暴れ回っている。
「この人が、黒の王……」
昴の隣で裕弥が静かに呟く。昴は裕弥の呟きが頭の中に浸透していくのを感じながら、呆然と少年を見つめた。
暗くて明確な判別はつかないが、昴たちと同年代にしか見えない少年。ずっとのたうち回っている。昴は一瞬、少年の目元にきらりと光るものが見えたような気がした。
「王たま、こちらをお召ちになってください」
クリ坊が床に散らかった中から黒いマントを取り、少年の肩にかける。すると少年はぴたりと止まった。先程までの余波か、まだ少し息が荒い。そんな中、王が口を開く。
「オマエらが、テイカーか」
王の問いかけに二人は同時に頷く。
「色は?」
「俺は赤」
「僕は白」
二人が答えると王は深く息を吐き、懐からデッキを出す。
「勝負しろ、白のテイカー」
「僕?」
裕弥が首を傾げるのを、王が鋭い眼光で射抜く。
「オレは、オマエと、戦わなきゃ、ならない。じゃないと、う、あぁぁっ……」
胸を押さえ、苦しげな様子の少年にそれ以上訊くことはせず、裕弥は静かに頷いた。現れたテーブルにデッキをセットする。
「Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
「[Hell]」
「[Knight]」
ブレイブハーツのフィールドの風景が辺りを覆う。生き物の気配がない暗い草原だった。裕弥の前に現れたのは見慣れた騎士。対する黒の王の方は真っ黒なマントを羽織り、大きな鎌を携えたもの。
死神?
「ドロー」
黒の王の先攻だ。
「エボルブシーン。志願兵[アブソリュートデス]にエボルブ」
エボルブ。これまで使う人物が全くいなかったため忘れていたが、ブレイブハーツのシーンの一つだ。センターの階級を上げたり、センターのアーミーを変えたりするシーンだ。
黒い死神の代わりに立つのは顔の半分が骸骨の人物だ。手にはやはり大鎌。どうやら黒の王は死神使いのようだ。
「エボルブされた[Hell]はダウンチャームへ。ここで[Hell]のアビリティ。手札以外の場所からダウンチャームに送られたとき、このカードは手札へと舞い戻る」
黒の王の手にひらりと[Hell]のカードが。昴は息を飲み、裕弥は表情を険しくする。
「チューンシーン。フィールド[死者たちの巣窟]をセット。[墓場の番人ベリアルクロウ]をアブソープション。正規兵[おばけのぱっち]をサイドにアドベント」
フィールドは暗雲立ち込める不気味な墓地となり、センターの死神の元に一羽の烏が舞い降りる。その隣にはなかなかファニーな人魂幽霊が現れた。ぱっちりした大きな一つ目とべろんと出した舌が特徴的な、幼稚園児が絵に描いたような「おばけ」である。
「ターンエンド」
「僕のターン。ドロー」
ターンは裕弥へ。裕弥はいつも通りエボルブせずにチューンシーンへ移行。
「バックアップを三枚セットし、バトルシーン。[アブソリュートデス]に攻撃」
通常パワー7000の[アブソリュートデス]はアブソープションにより10000パワーとなっている。対する裕弥の[Knight]はアビリティによる付加パワー含め、12000。充分通る。
しかし。
「なっ!」
[Knight]の切っ先が切り裂いたのは、[アブソリュートデス]ではなく、サイドの[ぱっち]だった。
「[ぱっち]のアビリティ、サクリファイス。センターが攻撃されたとき、己を身代わりにその攻撃を無効にする」
裕弥のコマンドチェックで出たクリティカルのコマンドも無効にされ、[ぱっち]が消えていく。
「更にフィールド[死者たちの巣窟]のアビリティ。黒のアーミーがダウンチャームに送られたことにより、一枚ドロー」
「ターンエンド」
手札を持つ裕弥の手が僅かに握りしめられた。
「ターンアップ、ドロー」
再びターンは黒の王に回る。




