第16話 蒼い森の守護者
身構えていた純冷の予想に反し、二人を探し出したのは一人の少年だった。
「ナル!!」
少年の姿を見、アリが叫ぶ。察するに、この少年がアリの言っていた[ナル]という人物らしい。
「アリ……無事だったんだね」
アリに微笑むとナルは純冷を見る。辺りの木々と同じ蒼い色の両の目が真っ直ぐ純冷を貫いた。
「あなたは?」
「純冷という。通りすがりだ。そういう貴方は……」
何者だ、と問おうとして引っ掛かりを覚える。
澄んだ蒼い瞳のエルフ族の少年。──いや、エルフだから、実際は何百年と長いときを生きているかもしれないが──見覚えが、ある。
「ナル……蒼い森の守護者ナリシアか!!」
元の世界でのゲームブレイブハーツに出てきたエルフ族の英雄。齢はまだ百に達していない、エルフ族にしては若い彼だが、その叡知は他のエルフたちに引けをとらない。にも関わらず、探求心をなくすことなく、勉学に励み続けている。
また、閉鎖的なエルフ族では珍しく、他種族との交流も積極的に行っているという。
話が通じる相手かもしれない、と期待を抱く純冷の一方で、その言葉にナルが表情を険しくする。じり、と間合いを探るように足を動かした。
「確かに、ぼくはナリシアだけど……まあ、いいや。アリを返して」
蒼い瞳が険しいまま、純冷に要求する。
純冷はアリを庇うように一歩前に出た。
「それはできない。貴方はこの子がどうなるか、知っているんじゃないのか? この子があの街に戻ったらどうなるか」
アリの口振りから、てっきりナルはアリの家族か何かだと思っていたのだが──いや、と純冷は思い直す。儀式から逃げるのは裏切り者。家族でも殺す……アリのそんな説明が浮かんだ。
「アリがどうなるかは…………知っているよ。でも……! ……行きずりのあなたには関係ないはずだ。返して」
ナルは冷たく言い放つが、台詞の前半に、葛藤が見え隠れする。
「……確かに行きずりの関係ではあるが……私だって、街を通りすがっただけで助けようなんて思わない。彼女が助けてほしいと声を上げていたから助けたんだ。だからそう簡単に引き渡すわけにはいかない」
さっき守ると決めたばかりなのだから。
「……こちらだって、引き下がれない理由はある。精霊王のことは世界の命運にも関わってくることなんだ」
言い募るナルに純冷はすっと目を細める。
「それは生きているものを生け贄にしていい言い訳にはならない」
「わかっている! わかっているよ……でも、他にどうしようもないんだ……!」
ナルが苦しげだ。アリが純冷のブレザーの裾をきゅっと握る。純冷はそっとそれに手を添え、離した。
「……本当にどうしようもないなんて言うのなら、私を負かして見せろ」
手にしていたデッキをナルに突き出す。
「わかった」
決然と頷き、ナルも自らのデッキを取り出す。スタンバイ、と唱え、現れたテーブルにセットする。
「行くぞ」
「いつでも」
「Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
「Rainy」
「古書の守り人」
共に青属性。
純冷のRainyは水を纏った精霊。一方ナルの古書の守り人はフェアリーが多い青属性には珍しいヒューマンアーミーだ。エルフ族の彼が使っていること自体も驚きだが。
純冷の先攻。
「ドロー。[イリュージョナルスター]をアブソープション。バックアップを二枚セットし、ターンエンド」
純冷は普段は序盤はあまり展開せず、手札の温存に努めるのだが、手札温存のための軸となるフィールド[水霊の集い]を引いていなかった。あまり使わない戦術だが、カウンター重視で行く布陣だ。
「ぼくのターン。ドロー」
カウンターは白属性の十八番だが、それに次いで青属性はカウンター戦術に富んでいる。果敢に攻めるというよりは守りを固め、相手の隙を突く戦術だ。
黄属性使いのアミ辺りなら、嫌がるに違いない戦法である。
「フィールド[神秘の書庫]をセット」
純冷の眉がぴくりと動く。ぼんやりとだが、ナルの戦法が見えてきた。
「[庭園の守り人]をアブソープション」
間違いない。──純冷はこの一手で確信した。ナルの使おうとしている戦法は、今の純冷とは相性が悪すぎる。
まず、神秘の書庫は名に[守り人]と入っているアーミーが場に出たとき、一枚ドローできるという能力を持つ。
それに今アブソープションした庭園の守り人はイリュージョナルスターと同じ能力を持ち、チャームゾーンに入り、場のアーミーたちをシェルターする。
カウンターは搦め手な分、純粋な防御の壁には弱いのだ。
おそらく、ナルのデッキは[守り人]アーミーで固められているだろう。名称連携はブレイブハーツの中でも様々あるが、守り人アーミーは中でも強力だとされている。
「続いて[霊樹の守り人]をアドベント。霊樹の守り人でRainyを攻撃」
霊樹の守り人は正規兵アーミーでノーマルパワーは9000。Rainyはノーマルパワー6000とアブソープションによる付加パワー3000により合計9000。チャームゾーンにカードがあれば、更に3000パワーアップする能力を持つが、残念ながら、チャームは0。同じパワーでは攻撃側が通る。
「庭園と古書の攻撃。コマンドチェック……奴隷アーミー[ローレライ]。霊樹をアップ、再攻撃!」
手札の少ない純冷は受けるしかない。ダメージコマンドは──
「……ドローコマンド。Rainyにパワーを与え、一枚ドロー」
ドローしたカードはフィールドカード。しかし[水霊の集い]ではなく、純冷はあまり使ったことのないカードだ。
だが、今の戦術にはうってつけだ。
それに。
「リバースバックアップ、オープン」
前のターンに伏せたカードのうち、一枚が開かれる。現れたのは[精霊の巫女 アリシア]。奴隷アーミーで今しがた引いたドローコマンド持ちだ。
「アリシア……!」
ナルが驚愕している。そう珍しいカードでもないはずだが……扱いづらいから、使用者が少ないのかもしれない。
「アビリティは知っているな?」
「……ああ」
自分のリバースバックアップを一枚破壊し、相手のサイドを破壊する。この能力により、 ナルの霊樹の守り人はダウンチャームへ。
純冷の戦術はそれだけに止まらない。
「破壊に指定されたため、もう一枚のバックアップもオープンする」
「えっ!?」
二人の戦いを見ていたアリが声を上げる。
「オープン条件は[破壊に指定されたとき]だからね。自分が指定しても条件の対象になるんだ」
ナルが説明する。
基本的にカウンター目的のリバースバックアップは自発で発動することが少ない。けれども、確かに能力の記述には[相手の]という指定が入っていないものが多い。思い込みを逆手に取り、自分に有利な状況を作る。これが青属性のカウンターだ。
「[ウンディーネ]のオープン時アビリティは、センターが青属性アーミーなら、ドローできるというもの。そちらに影響はないさ。能力発揮後、ウンディーネはダウンチャームへ」
「ターンエンド」
「では、私のターンだ」
純冷は一枚ドローしつつ、ナルを見た。
「……聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「どうぞ」
警戒の色がまだ濃い蒼い双貌が先を促す。
「アリと貴方はどういう関係なんだ?」
純冷の問いにアリの肩がぴくんと跳ねる。ナルはそんなアリを悲しげな面差しで見やった後、答えた。
「家族だよ。血の繋がりはないけれど……大切な、妹だ」
大切な──その言葉に純冷の中からふつふつと沸き上がるものがあった。
「わからないな」
少々ぶっきらぼうに言い捨てる。──純冷は憤りを覚えていた。
「家族なら、何故守ってやらない? 何故大切なものが何かの犠牲になるのをよしとする? それで蒼い森の守護者だと? ふざけるな!! 家族一人守れず、何が守護者だ」
純冷は言いながら、その言葉がそのまま自分に返ってくるのを感じた。──私は、こんなことをしている場合ではないんだ。本当は元の世界で鍔樹を守らなくてはならないのに……
でも、この二人を放ってはおけない。
鍔樹と同じ年頃の少女が、世界の犠牲になるなんて、それを本当は守りたいと願っているのに、そうしない兄をそのままにするなんて、できはしない。
私と鍔樹のようにさせはしない──純冷はそんな思いでナルと対峙していた。
「……アリを、守りたい……」
「なら!」
「でも!」
ナルは強くこう返す。
「でも、アイゼリヤで起きている事変を止めるためには……精霊王の力にすがるしか、そんな方法しか今のぼくには見つけられないんだ!!」
血を吐くようなナルの叫び。純冷は静かな眼差しを彼に向けた。
「本当に、そう思うのか?」
静かな、低い問いかけ。
ナルは純冷を見た。
「本当に、そう思っているのか?蒼い森の守護者、ナリシア!!」
叫びとともに、純冷は一枚のカードを掲げた。




