第15話 守るべきもの
「貴様ら、何をしている!?」
怒りを隠すことなく純冷は叫んだ。突然の闖入者に戸惑う者たち。純冷はそれに目もくれず、磔にされている女の子の元へ向かった。
「大丈夫か?」
「だあ、れ……?」
純冷は答えず、まず拘束を解いた。女の子を抱き上げる。──軽い。
そこで初めて周囲の者が声を上げる。
「何者だ!? 何故儀式の邪魔をする?」
「……何の儀式だ?」
純冷は答えず、聞き返す。
その態度に呆れと怒りがない交ぜになった表情で冷たく吐き捨てた。
「どこの馬の骨とも知れぬ輩に教える義理はない」
「ならいい。こちらも子供を苦しめるような奴らに名乗る名など持ち合わせていないからな」
純冷はそう言い放ち、女の子を抱えたまま外に出た。
「君、名前は……?」
「アリ・ナジェリ……お兄さん、誰……?」
お兄さん、と言われ、純冷は苦笑する。ブレザー姿で髪は短く、同年代の少女と比べて背の高い純冷は確かに、男に見えなくもない。
「私は青木 純冷。君を助けに来た。こう見えて、女だ」
「あれ……? ごめんなさい……」
ぼんやりと答える女の子に純冷は気を悪くした風もなく微笑んだ。
ところで、と訊ねる。
「さっきのあれは何だ?」
腕の中の女の子が身を固くした。まだ恐怖が残っているのだろう。
「……儀式。精霊王を呼ぶための」
女の子は涙をこぼした。
「わたしは、生け贄なの」
青の街[マイム]は元々、精霊王が統べる街だった。
精霊王を信仰するエルフがそこに集い、やがて現在のマイムへとなっていった。
だいぶ中略しているが、要は精霊王はマイムの人口の八割を占めるエルフたちにとって、神的な存在なのだ。
アリは、その神を呼ぶための生け贄。
本人が告げた事実に、純冷は言葉を失った。
「生け贄……だと? 本当にそんなことを……」
元いた世界ではまるで馴染みのない言葉。使われても、それはゲームの中での話だ。
「スミレ……?」
アリが不思議そうに純冷を見る。
「この街では、時代の境目に精霊王を呼ぶの。どんなことが起きても、精霊王の力があれば大丈夫だから」
「……大丈夫? 何がだ」
純冷が低く聞き返す。
「子供を生け贄にして呼ばれるもののどこが大丈夫なんだ!!」
「スミレ……」
不安げにアリが見上げてくる。すまない、ちょっと興奮しただけだ、と純冷は応じた。
「とにかく、生け贄になるのは免れたんだ。親元に返そう。両親は?」
純冷がそう問うと、アリの肩がぴくりと震えた。
「……スミレ、わたし、帰りたくない……」
「え? ……何かあるのか?」
今にも泣きそうな表情でアリは言った。
「わたし、儀式から逃げた生け贄……だから、帰ったら、殺されちゃうの」
「なっ……!?」
純冷はまたしても絶句した。
「何故、殺されなければならない!?」
「……生け贄にならないっていうのは、背信だって。裏切り者なの。だから、殺される。家族でも、殺す……そういうしきたり」
家族でも……?
純冷は、アリを抱き抱えた。
「スミレ?」
「この街を出る」
純冷はもう、考えないことにした。
守りたい。
この子を、鍔樹のようにはさせない……!
元来た道を辿り、出口へと向かった。
蒼い森に入る。
「……スミレ」
アリが純冷につかまったまま訊ねた。
「スミレは、誰?」
「……ん?」
純冷は質問の意味を図りかね、アリをまじまじと見る。
アリは続けた。
「スミレ、人間。わたし、エルフ……人間とエルフは仲良くないって、ナルが言ってた。でも、スミレは助けてくれた。人間なのに、他、人間と違う。……どうして?」
ナルとは誰だろう、という疑問が過ったが、その疑問はひとまず脇に避け、アリのたどたどしい説明を理解した。
つまり、純冷が何者なのか聞きたいのだ。
さて、どう答えたものか、と純冷は黙り込む。素直にヘレナによって召喚されたことを言ってしまっていいのだろうか。幼いこの子が理解できるかどうかはともかく、この子づてで大人の耳に入るのはあまり好ましくないように思う。
「……答えたくないならいいの。スミレはわたしの声を聞いてくれた。助けに来てくれた。それで、じゅうぶんだから……ありがとう」
その言葉に純冷は胸を衝かれる。
「姉ちゃんがいてくれるだけで充分だから……ありがとう」
アリの笑顔が弟のそれと重なる。
──何故、こんな子たちばかり……
純冷はアリを強く抱きしめた。アリは戸惑い顔だ。
「貴女は私が守る」
純冷は静かに、しかしながら確固たる決意を込めて言った。
この世界を変えてでも、守り抜いてみせる──
「スミレ……」
「アリ、とりあえず、マイムから少し離れよう。……歩けるか?」
こくり、とアリは一つ頷く。純冷はアリを地面に下ろし、その手を引いた。足取りはまだおぼつかないが、アリも純冷に合わせて歩く。
蒼い森を二人は進んだ。
「参ったな……」
しばらく歩いて、純冷は呟いた。
歩き始めて数時間が経ったように思う。しかし、二人は蒼い森の中にいた。
蒼い森に入ってすぐ、アリの声を聞き、あの儀式の場に駆けつけた、という自分の行動を幾度となく振り返ったが、あのときはそう時間はかからなかったはずなのだが……
「たぶん、あの人たちが精霊たちに封鎖を命令したんだ」
「封鎖?」
命令、という語句も気になる。
「エルフのくにマイムは精霊と共存する場所。でもね、最近は精霊とお友達って感じじゃなくて、無理矢理って感じなの。特に蒼い森に近いあの辺は、精霊を従わせる人が多くて……蒼い森は[迷いの森]でもあるから、外の人が入り込んできやすいって、警戒されてるの。スミレは外から来たんでしょう? 外から人が来たのは久しぶりだったから、ちょっと警戒を強くして、森から出られないようにしたんだと思う」
なるほど、封鎖か。純冷は苦虫を噛み潰した気分になる。排他的なことは噂で知っていたが、予想以上に徹底しているらしい。──それに、精霊王とやらを呼ぶ、大事な儀式を妨害した輩だ。簡単に逃がそうとは思うまい。生け贄もいるからな。
まずいな、と純冷は心中で焦る。
今、自分とアリは森に閉じ込められた状態だ。エルフというのがどれくらいいるのかは知らないが、それなりの人数で探されれば、すぐ見つかってしまう。人探しの魔法などもあるかもしれない。
……逃げるのは難しいだろう。
「……アリ」
だからといって、すぐ諦めるほど、純冷はやわな人間ではない。
考えがあった。
「エルフは、カードゲームをするか?」
「カード? もしかして、ブレイブハーツのこと?」
「するんだな?」
アリはこくりと頷く。
「最初、みんなは人間たちの遊びなんてってやろうとしなかったけど、ナルが説得して、みんなやるようになった」
ナル。度々アリの口から出る名だが、一体何者なのだろう。
それはともかく、だ。純冷は頭を切り替える。
「……なら、私は私なりの方法で抵抗する」
「抵抗? ……スミレ、戦うの?」
「安心しろ。人が死んだりする戦いじゃないさ。私の戦いは」
アリは、私が何者かと訊いたな、と純冷は続けた。
アリはこくりと唾を飲み、ポケットからデッキを取り出した純冷を仰ぎ見た。
純冷は高らかに告げる。
「私はブレイブハーツテイカーだ」




