第13話 リンクするゲーム
僕は、ひとりぼっちだった。
思い出はよく思い出せないけれど、痛い、と思っていたことだけは覚えている。
ある日。
僕が痛くて、もう消えるんじゃないかって思ったとき、彼は現れた。
それから、僕はひとりぼっちじゃなくなった。
「見てのとおり、僕と千裕は二人で一人。世で言うところの二重人格ってやつなんだ」
セアラーのカードショップの片隅で、裕弥は四人に説明した。
「二重……人格……」
アミが唖然として呟く。
「僕は、元の世界での記憶がない。千裕のことしか覚えていない」
「……そう。昴から聞いたわ。あんた、この世界にあたしたちより先に来たらしいけど?」
「ああ、うん」
裕弥はデッキを出した。
「ヘレナさんって人に会った。この世界を救ってほしいって」
ヘレナの願いを託されたのは同じようだ。しかし。
「ヘレナ様に会ったの!?」
同じ疑問を抱いた昴たちより先にサバーニャが食いついた。
「うん。僕は一人目だったから、まだ余裕があったんじゃないかな。僕はヘレナさんから直接、ブレイブハーツウォーズのこと聞いたから」
「アルーカには会った?」
ん? とどこか可愛らしく裕弥が首を傾げた。
「猫獣人の女の子だよ。ヘレナさんの友達って言ってた」
「ああ! 黒猫さん」
まあ、アルーカは黒い猫耳だったし、黒猫で間違いないだろうが……
なんだか裕弥が言うとイメージが違う。「黒猫さん、僕とブレイブハーツしようとしてたんだけど、ヘレナさんに止められて……なんか不満そうだったのは覚えてる」
「……! 裕弥、アルーカと戦わなかったの?」
「ん? うん」
昴とアミは顔を見合せる。二人も、ついでにいえば、昴が会った青のテイカー純冷も、アイゼリヤに来て、まずはアルーカと戦った。だから、アルーカは登竜門みたいなものだと思っていた。
「ええっと、僕が特殊だったらしいよ? ヘレナさんは千裕もいるってわかってたみたいだし」
「……千裕がいるから戦わせなかった……ってこと?」
アミの言葉を最後に、一同は沈黙する。
「……まあ、当初の目的は果たしたから、街を出ましょう?」
サバーニャが言い、五人はカードショップを出た。
街を出ましょう、とサバーニャはあっさり言ったが、そう簡単にことは運ばれなかった。
「……会えばやたらと戦いを申し込む、この人たちどうにかならないの?」
アミがデッキを手に寄ってくる人だかりにうんざりした様子で裕弥に言った。
裕弥はきょとんと目を丸くして、少し考えて、こう答えた。
「ここではこれが普通だから。慣れて」
「阿呆かぁ!!」
アイドルとは思えない罵声を発しつつ、ブレイブハーツを始めるアミ。裕弥も淡々と目の前の相手に向かう。
見ていた昴は苦笑いして、自分の相手を見た。
簡潔に言うと、彼らは囲まれていた。
適当にアドムやラヴァンを放って歩くという手もあったが、それは却って悪い。裕弥は一度、それをやってしまったために、追いかけ回されたことがあるらしい。
今、囲まれているのも、言ってしまえば裕弥のせいだ。裕弥目当てで人が群がってきたのだ。
まあ、負けなしだもんなぁ……と昴はしみじみ思う。エシュでも全勝、ここでも全勝。カードゲーム無双。アミにも勝っている。
本当、俺も戦ってみたいよ。
ブレイブハーツに絶賛のめりこみ中の昴は、裕弥目当てで人が集う理由をそう断じた。
いや、もちろん違うが。
「白の街、というくらいだからね。白属性使いにはそれなりの思いやら何やらあるんじゃないの?」
サバーニャがゲームを終えて、誰にともなく言った。
「……わたしたち獣人族の言い伝えでは、ここは王国だったらしいわ。風を司る精霊使いが治めていた。人間と獣の共生を唱えた建国王。白属性はヒューマンアーミーとビーストアーミーが多い。そのことから考えるに、この街は白属性そのもの……だったはずよ」
「でも、この街に白のテイカーはいないよ」
裕弥が言った。
確かに、裕弥以外の白のテイカーに会ったことはない。
「……優しかった王が死んだ」
アミがぽつりと言った。一同の視線がアミに集中する。
「あたしが会った白のテイカーは、そう言ってたわ。ブレイブハーツをヘレナが生み出す前に、戦争で。王がいなくなって、セアラーの守りが解けてしまった。……アイゼリヤのバランスが崩れたのはそれからだって」
「……それは誰が?」
裕弥が訊ねる。だから、あたしが会った白のテイカーよ、とやや呆れ気味にアミが返す。
「名前は確か……シエロだったかしら」
「シエロ!?」
黙って聞いていた昴が驚愕する。何事、と視線がアミから昴へ移動する。
「いや、あの……シエロは俺がいた世界での[ブレイブハーツ]に出てくる、英雄騎士だよ。まさか同じ名前の人がいるなんて思わなくて、びっくりしたんだ。ごめん」
昴の知るブレイブハーツでは主人公の勇者たちを助けてくれる王国の騎士。世界でも指折りの強さを持つシエロに憧れたりもした。懐かしいなあ、と思いを噛みしめていた昴の思考を、アミが吹き飛ばした。
「そいつに会いに行きましょう!」
「……ええっ!?」
「騎士、かあ……」
しみじみと呟いたのは、裕弥だった。手の中のデッキを、もっと正確にいえば、リバースメインの[Knight]を見つめていた。
Knightは騎士を表す。実際、裕弥が手にする[Knight]も騎士が纏うくすんだ銀色の鎧姿で描かれている。設定も騎士見習いだとか。
「言われてみれば、ブレイブハーツ、覚えがあるわ。あたし、少しだけやったことある」
「本当!?」
感激する昴に、アミは顔をしかめて、少しだけよ、と念押しした。
「……僕も、なんとなく騎士シエロっていうのは聞き覚えがある……気がする」
裕弥は神妙な面持ちで同調した。
「とりあえず、会うのは得策ね。王国騎士様がテイカーとは驚いたけど」
サバーニャが言う。どうやら元の世界でのブレイブハーツ同様、こちらでもシエロは騎士のようだ。
「でも……会うにしても、どこにいるかわかるの?」
「……黒の街[ホシェフ]」
アミはきっぱり言い放った。
「そこで戦うとシエロは言ってたわ」
黒の街ホシェフ。セアラーの隣街で因縁浅からぬ街とのこと。セアラーと並び、激戦区と称されている。
「やめた方がいいわ。あそこはブレイブハーツウォーズ抜きにしても危険な暗黒街。人を襲う魔物もいる」
「魔物!!」
本格的にファンタジーだ、と半ば興奮気味の昴。アミは密やかに冷たい視線を送る。
「勘違いしちゃだめよ。ここはあなたたちの知るゲームの世界じゃないの。れっきとした現実よ。人は死ぬし、生き返ったりしないわ。ホシェフは別名[死者の街]とも呼ばれているくらいなのよ? 行ってはだめ」
「……僕は行く」
サバーニャの制止のそばから裕弥が言った。サバーニャが繰り返し止めようと口を開くが──裕弥はどこかぼやっとした普段からは程遠い、決然とした表情を浮かべていた。
「シエロって名前に、僕も千裕も引っ掛かりがある。それが、僕の記憶を見つけるきっかけになるかもしれない。それに……その人、鍵を持っているかも」
「鍵?」
こくり、と裕弥はしっかり頷く。
「ヘレナさんに言われた。僕たち異世界の子供に対応して、アイゼリヤにも五人のテイカーがいるって。その人たちが、僕たちがアイゼリヤのために歩いていく先の扉を開けるって」
何やら抽象的な表現だが、なるほど、ヘレナがそう言ったのなら、信憑性は高い。ヘレナは昴たちを召喚した張本人なのだから。
「……黒の街ホシェフ。シエロに会いに、行ってみよう」
昴は北の空を──ホシェフのある暗い空の方角を見、歩き出した。




