第110話 次なる対戦カードは
「純冷VSリオル、熱戦を制したのはキメラたちを巧みに操るライオンの獣人、リオルです!」
雨が止み、アミが高らかに宣言すると、おおおおお、と興奮を孕んだ歓声が会場を覆う。千裕VSリュートとはまた違った盛り上がりだ。獣人が勝ったことが大きいだろう。
「静かな立ち上がりから、終盤の純冷の猛攻を防ぐリオル、クールな戦いだったわね。放送席、いかがでしたか?」
「キメラかっこよかった! 純冷のピンポイントアビリティは痺れたなあ」
昴がきゃっきゃっと盛り上がっているが、脇二人が静かだ。アミが呼び掛ける。
「千裕? 黒羽?」
「アグリアル・タイラント……」
黒羽がぼそっと呟いたその名に、会場が凍りつく。黒羽の声音が憎しみに満ちていたからだ。
静かに燃えたぎる真っ黒い感情。アミや純冷でさえ、背筋が凍るのを感じた。
アグリアル・タイラントとは、人間史上主義者として有名な人物だ。獣王国が[白の王]によって統治される前は、タイラントの支配下にあった。タイラントはセアラーの地とも縁浅からぬ人物である。
タイラントの人間史上主義というのは、人間こそが至高の生き物であり、世界を統治すべき素晴らしい種であり、他の種族は人間の真似事をしている紛い物の愚者とするものであった。つまりは人間以外の人型をした生き物を差別する思想である。
そんな人物が統治する中で、獣人がどんな扱いを受けたのか。想像したくもない。タイラントはあらゆる力があればそれらで獣人、竜人、エルフ、果てには天使までをも滅ぼそうとしただろう。それくらい過激な思想を抱く人物で、前々から中央神殿でも要注意人物として監視されていた。
黒羽、もとい魔王がタイラントを恨むのはわかる。[白の王]を魔王のところへ送り込み、二人の仲を引き裂こうと目論んだのはタイラントだからだ。結果、魔王は心を損ない、[白の王]は死んだとされている。
まさかリオルがタイラントに利用されていたとは思わなかった。タイラントは動物の顔をして人語を操るタイプの獣人を特に嫌悪していたから、ライオンの雄々しい顔を持つリオルがとれほどの悪意を浴びせられたのかは想像にあまりある。
「タイラントは、確か中央神殿に捕まったんだっけ。もう悪さはできないようになったけど、爪跡は深いわね……」
「それを少しでも癒すための、[白の王]復活だろう?」
雨でびしょ濡れの純冷がタオルで髪を拭きながら、会話に加わってくる。テーブルを仕舞い、ステージはハンナたちによって拭き掃除をされていた。
「[白の王]は獣人だけじゃない。全ての種族にとっての希望だ。希望の象徴を失ったから、世界はおかしくなっている。私はそう考えているよ。おそらく、エルフたちも同じだ」
「エルフ?」
「私はマイムから指名手配されているわけだが」
さらっと事も無げに指名手配犯であることを認める純冷は告げた。
「私が拐った精霊の巫女の話によると、[青の王]──精霊王と対話ができなくなったらしい。それで、精霊王を召喚するために、精霊の巫女を生贄にしようとしていた。
精霊の巫女は幼気な少女だ。私は通りすがりだったのだが、それを見過ごすことができず、召喚の儀式を妨害して、精霊の巫女を拐った。それが指名手配に至る全容だな」
純冷の言葉に会場の一部がざわざわとする。会場には獣人だけでなく、エルフと交流を持つ排他的ではないけれど、外との交流が少ないドワーフなどもいた。ドワーフも精霊の力を借りて活動することがあるため、精霊王との繋がりがなくなったという情報は衝撃的だったらしい。
これを上手く世界中に拡散できれば、純冷がただの悪人という認識から、半分くらい、良識的という風に印象が変わるはずだ。情報拡散部分は中央神殿所属のナターシャと情報屋のサバーニャに頼んである。
上手くやりなさいよ、と思いながら、アミは話題転換した。
「純冷、貴重な情報をありがとう。さあ、まだまだブレイヴハーツ交流戦は続いていくわよ! 次なるチャレンジャーは誰かしら? セアラーは激戦区だから、激戦区の猛者が名乗り出てくるのが楽しみね」
「ああ、そうだな。ん? アミ、挙手している人物が一人いるぞ?」
「え?」
ほらあそこ、と純冷に示された方向を見ると、粗野な顔つきの人間の男が一人。粗末な服装、浅黒い肌。その人物はアミが知っているより髪がさっぱりと切られて整えられていた。
アミがきょとんとする。
「あら、バイゼル」
久しぶりに会った従兄弟を見て驚いた、みたいな声色になってしまった。アミが手招くと、バイゼルは人の波を掻い潜って、ステージへ登ってくる。
バイゼルとは、以前アミとセアラーで戦った人物だ。あの頃はブレイヴハーツに明け暮れ、野暮ったい感じのぼさぼさの髪をしていた。肩くらいまでばさくさとしていた髪をショートヘアにした彼は以前より若々しく見える。当時、ブレイヴハーツで負けが込んでいるのを悩んでいた彼がこの晴れ舞台に出てくるとは。
「誰をご指名かしら?」
「ブレイカーアミ。オマエだ」
「ふふ、光栄だわ」
アミが懐からばっと出したデッキを掲げる。
「みんな、あたしの新しいデッキとカードの御披露目と行くわよ!」
おおおお、と歓声が上がる。アミはマイクをハンナに回収させ、純冷にハイタッチする。
「アミに代わり、私が進行させてもらう。ブレイヴハーツ交流戦、前半、三戦目の対戦カードが決定した。
黄属性アミVS赤属性バイゼル!!」
純冷の宣告が響き渡ると、その中にブーイングが混じり出す。
「なんでバイゼルのゴミカスなんかがステージに立ってんだよ!」
「はっ、話題の人物に乗っかって、自分も名を挙げようってか?」
「せこー」
おそらくセアラーで戦い続けてきたバイゼルを知るテイカーたちだ。低俗さが窺い知れる。
純冷が溜め息を吐くより速く、透き通る声と一筋の光が会場を駆け抜けた。
「ツァホーヴ!」
光に遅れて、ばりばりと雷鳴が轟く。歓声もブーイングも鎮まった。アミが側に控えていたハンナからマイクをひったくる。
「あたしの呼び掛けに自分から名乗り出もしなかった腰抜けどもが、あたしの対戦相手にナマ言ってんじゃないわよ! 自ら登壇する意思を持たない者に他人を詰る資格はないわ。あたしのライブにも必要ない。追い出されたくなければ、静かにそこで見てらっしゃい。そして、あたしに文句があるのなら、かかってらっしゃい、ブレイヴハーツでね。相手ならいくらでもしてあげるわよ」
アミはマイクをハンナに返し、スタンバイ、と唱えた。現れたテーブルに、アミとバイゼルがデッキをセットする。
「随分とイメチェンしたじゃない」
「よくオレのこと覚えてたな」
「人の顔を覚えるのは得意な方よ。でも見違えたわ。この分だと、デッキの方も期待していいのかしら?」
「もちろん」
ブーイングはもう、収まっていた。
静かな会場の中、二人の掛け声が新たな戦いの火蓋を切って落とす。
「Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」




