第106話 ライバルたちの火花
「ターンアップ、ドロー」
リュートにターンが回ったことによって、AIZENによるアブソープション阻害能力も解除される。千裕が展開したアビリティの中にアップ阻害のものもなかったため、センターはアップする。
スライドシェルターにより、アルフはいなくなったが、その分、新たなアーミーをリュートは展開できるのだ。ラゼルのアブソープションアビリティも戻っているため、千裕の空きサークルを一つ増やせば、ラゼルのアビリティによるクリティカルの増加が見込める。そして、竜騎士デッキは破壊の特性を持つアーミーが多い。カードを破壊するアビリティを持つアーミーはいくらでもいるのだ。
「まずはリバースバックアップを二枚セット、それから、[竜騎士見習いエドクラ]をアドベントする」
[竜騎士見習いエドクラ]は志願兵としてはパワーが5000と低い。しかし、パワーと引き換えに、彼は強力なアビリティを有する。
「エドクラの登場時アビリティ。自分と同じ縦列に相手のカードがあるのなら、そのカードを破壊することができる」
エドクラと同じ縦列にいる千裕のカードはアズハと先程開かれなかったリバースバックアップ。そこでリュートは、アズハを指定した。
アズハは[縛め]こそあるものの、[縛め]には解除方法があり、その解除方法が白の特性であるカウンターや行動阻害の下準備に有用になる。その上、正規兵アーミーですら攻撃を通すのが難しいほどのパワーを誇り、ただのアタックではアズハを倒せない。カード効果による破壊にでもしなければ、このアーミーはかなり高性能なはたらきをするのだ。
更に、リバースバックアップではなく、既に開かれているカードを破壊に指定すれば、リバースバックアップが開かない可能性が高い。その一手は。リュートに追い風をもたらす……はずだった。
「リバースバックアップオープン」
千裕から放たれた言葉に誰もが息を飲む。
アズハの後方にあったバックアップが開かれていた。
「[聖盾の守護者イオ]! アズハを守れ!」
それは以前見た[聖盾の鎖使いイオ]が成長したような姿だった。少し背が高くなったものの、まだ盾の方が彼女より大きい。
「このイオのオープン条件は[他のカードが破壊に指定されたとき]だ。イオの聖盾は邪なるものの妨害を防ぐ。破壊に指定されたものを守るための盾だ」
「くっ、AIZENはブラフだったってわけか!」
そう、リュートが破壊がトリガーとなるリバースバックアップを警戒して、破壊にアズハを指定することを織り込み済みでのバックアップセットだったのだ。前のターンでメメを二枚がけして保険をかけていたことにより、保守的姿勢のイメージを強め、AIZENを出すことで、更に[もう一枚のバックアップも破壊時オープン]と思い込ませた。その思考回路には何の不思議もない。破壊に指定されたときにオープンするカードが、ブレイヴハーツ全体の中では多い。その基礎知識がある上で、破壊系アビリティの多いアーミーを積むのなら、そのカウンターはいくらでも注意するのだ。
だが、注意も行き過ぎると先入観となり、他の可能性への視野を狭めてしまう。千裕のカウンター戦法は心理的な側面も抜かりない。
「くーーーーーっ、痺れるね! こういう展開大好き!」
昴がマイクを握りしめる。
観戦者の予想を越えてこそ、カードゲームは見物となるのだ。こういう番狂わせな展開が楽しい。
一種の賭場のようだったエシュのタウンショップ。賭場には行ったことがないが、想像を越える展開があるからこそ、楽しいのは賭け事もカードゲームも同じなのだ。
会場も湧く。千裕や裕弥を知る者は千裕に「それでこそ!」と感嘆したり、リュートに「頑張れ、もっとやれ!」と声援を送ったり。ライブならではの盛り上がりがそこにはあった。
「アズハの破壊を無効し、イオは山札へ帰る」
「くっ、だが、それでこそ俺様のライバルだぜ」
破壊がキャンセルされたことで、エドクラは追加アビリティの発動が叶わない。しかし。
「同じカードを二枚持ってるのはお前だけじゃないんだよ! エドクラをバックアップに下げ、もう一枚エドクラをアドベント! 今度は破壊させてもらうぜ、アズハ!」
千裕にリバースバックアップはもうない。これは防ぎようがなく、若年の騎士により、天使は翼を切り裂かれて、ダウンチャームへ。
「エドクラの[大物食らい]! 破壊したアーミーが自分よりパワーが高かった場合、パワーがプラス5000される!」
将来有望な少年兵らしいアビリティだ。これで不足分のパワーは補填される。先のようにアビリティが不発しても、エドクラは志願兵アーミー。バックアップに下げてサポートすることができる。パワーこそ低いが有用なカードだ。
「さあ、邪魔者はいなくなった。エドクラの支援でエドクラの攻撃だ!」
「[囚われの姫君ディーヴァ]でシェルター」
「まだ一ダメージなのにシェルターとは弱気だな、ユーヤ!」
「そんな安い挑発には乗らないっての」
そう、千裕はまだ一ダメージ。メメにより、先のターン、センターの攻撃を封じたからだ。
何故なら、センターのハイカーとアブソープションしているラゼルはクリティカル上昇アビリティを持っている。その条件は、相手の空きサークルが四つ以上あること。
千裕のフィールドにはセンターのKnightが立ち、古城が佇むだけ。イオが山札に帰り、アズハがダウンチャームへ行った結果、センター以外の全てのサークルが空いてしまった。ラゼルのアビリティを防ぐ方法がない。
それなら、受けてしまう方がいい。
「ハイカー、ラゼル! あの忌々しい騎士に全力をぶつけてやれ! [団結の剣]の効果で、ハイカーとラゼルそれぞれのパワーをプラス5000する! そしてラゼルのアビリティ! お前の空きサークルは五つ、よってクリティカルプラス1だ!」
「アンシェルター」
「ブレイヴコマンドチェック」
めくられたカードはリプレイコマンド。
「ふん、クリティカルじゃなかったが、この効果は全部エドクラにやるぜ」
エドクラがアップ、パワープラス5000。
エドクラはパワー5000から単体で15000の強アーミーとなる。
対する千裕はセンターのアタックによるクリティカル2のダメージコマンドはブランク。
「エドクラの再攻撃!」
「アンシェルター」
千裕の宣言に淀みはなかった。千裕のダメージコマンドはブランク。ダメージは4。ブレイヴハーツはダメージ5になった方が負けである。
リュートは笑う。
「ふん、てめえの首の皮がこれで一枚だ。すぐちょん切ってやるから待ってろよ。ターンエンド」
「ふ、ふふふ……」
王手がかかったというのに笑い出す千裕。ゆらりと顔を上げた千裕は不敵に笑っていた。灰色の瞳には淡い焔。様々な煌めきを返す白髪が、ゆらゆらと揺れ、それは陽炎のようだった。
「僕に首の皮一枚を残したことを、後悔させてあげる」
千裕の発言に昴がはっと息を飲む。千裕の姿、所作、雰囲気に懐かしさを覚えていた。
それはリュートも同じだったようだ。その猫目を軽く見開いてから、好戦的に目をすがめる。
「いいねえ……やってみせろよ、ユーヤ。俺様はお前と戦いたかったんだ」
「光栄だよ。ターンアップ、ドロー」
ただ、首の皮一枚残っただけである。千裕の手札は豊潤だが、一ターンにアビリティ以外で出せるのは三枚まで。千裕はどう出るのだろうか。
その口から、信じられない言葉が発せられる。
「コールアビリティ」
誰もが息を飲んだ。
マイクを握っていたアミから、思わず、「嘘でしょ」と言葉が零れる。
「コールアビリティ……ダウンチャームからの復活能力は黒属性特有のもののはずだわ。確かに、赤属性のコトカタシリーズもコールアビリティを持つけど……あれはピンポイントアビリティなのよ……!?」
千裕は手札を一枚公開する。そのカードは[聖盾の守護者イオ]
「手札にあるとき、イオを公開することで、イオのアビリティが発動する。公開したイオをダウンチャームへ送ることで、ダウンチャームにあるアーミーをアドベントすることができる。──戻っておいで、アズハ」
Knightの傍らの土から、ずずず、と音を立てて出てくる大きな翼の天使。
リバースバックアップを二枚セットすることで、その翼が開かれ、白い羽根が舞った。[縛め]の解除である。
「更に[時動かしの古城]のアビリティで、リバースバックアップを一枚オープンする」
「なっ」
オープンされたカードに誰もが驚愕する。
そのカードの名は[罪人たちの歌姫ディーヴァ]──正規兵アーミーである。
「おい、正規兵アーミーはリバースバックアップにはならないはずだろ」
「普通の正規兵アーミーはね。でも、彼女は違う。罪人たちの歌姫は、罪故に上に立つことを許されない……[罪人たちの歌姫ディーヴァ]のオープン時アビリティ。前列のアーミーにパワー3000を与える。フィールドに[時動かしの古城]がセットされているのなら、更にパワープラス3000。そして、古城と歌姫は切り離すことができない。[時動かしの古城]のピンポイントアビリティ。[時動かしの古城]のアビリティで開いたリバースバックアップの名に[ディーヴァ]が入っているとき、そのアーミーをパワープラス5000、クリティカルプラス1し、前列に移動させ、もう一枚リバースバックアップをオープンできる」
前列が揃い、パワーも軒並み上がる。正規兵ディーヴァはカード効果によるアドベントのため、センターより階級が上でも普通にアドベントできる。だが、こんなのは異例中の異例だ。そして、もう一枚のリバースバックアップが開かれる。
「[孤狼]のオープン時アビリティ。狼は呼び合う。遠吠えが友を呼ぶ。山札の一番上をめくり、そのカードがビーストアーミーなら、シェルターサークルかアーミーサークルにアドベントする」
[エッジスナイプドラゴン]と似たアビリティだ。だが、白属性の千裕のデッキは様々な種族のアーミーを取り入れることで強くなるため、特定の一種族を出すのは難しい。
山札の一番上、千裕が公開したカードは──
「[剣牙狼ウォシェ]ビーストアーミーだ」
ウォシェがアドベントされる。ウォシェと孤狼の雄叫びが重なった。
あと埋まっていないのは一つのバックアップサークルのみ。ここまでの展開で、アズハ、ウォシェはアビリティによるアドベントであるため、千裕はもう一枚、場にカードを出すことができる。
「リバースバックアップをセット」
「はっ」
リュートが鼻で笑った。
「普通にバックアップにアドベントすりゃ、ディーヴァの支援ができて、クリティカルアップの攻撃が通りやすくなったのによ。[時動かしの古城]のアビリティはもう使えねえだろ」
[時動かしの古城]のリバースバックアップ強制オープン能力はさすがに強力すぎるため、ターン一回のみの発動の制限がある。ディーヴァとのコンボであるピンポイントアビリティでも一度しか開けない。
「いいんだ。これは保険。きみはこのターン中の僕の攻撃を防ぎきれない」
「なんだと?」
「その手札の枚数で、どうやって捌ききるの?」
そう、リュートは大きく展開こそしなかったものの、手札の枚数は少ない。四枚しか彼の手の中にはない。リュートが大々的に展開しないのは手札補填のアビリティがないからである。
だが、先のターンのコマンドチェックでシェルター値が10000のリプレイコマンドアーミーを引いている。
「目ぇ腐ってんのか? 俺様はまだ2ダメージだぜ。ディーヴァは正規兵で高パワーだが、バックアップなしなら、余裕で防げる」
「じゃあ、ディーヴァで攻撃」
「[竜騎士エミル]でシェルター」
「ウォシェのバックアップ、Knight」
「アンシェルター」
ここでクリティカルを引かれても、リュートのダメージは4。次のアズハの攻撃も手札を全部使えば防げる。
だが。
「ブレイヴコマンドチェック。ゲット、リプレイコマンド」
「なっ……」
それは今、一番引かれてはいけないコマンドだった。
千裕はクリティカルコマンドを積む攻撃型タイプのコマンド構成だと、思い込んでいた。
「僕は攻撃タイプも好きだけど、同じくらいバランスタイプも好きなんだ。クリティカル、ヒーリング、ドロー、そしてリプレイコマンド。四つが揃っていると、大体臨機応変に対応できるからね」
リプレイ以外なら、どうにかできた。だが、リプレイが出てしまった。クリティカル2を持つディーヴァが再攻撃できるようになる。
「効果は全てディーヴァに。アズハ」
「シェルター!」
まだ、リュートの闘志は燃え尽きない。
リュートの勝ち筋は一つ。ディーヴァの攻撃を受け、ヒーリングコマンドを二枚目に引くこと。
いや。
「シェルターサークルの[竜騎士見習いアクス]のアビリティ発動! 相手アーミーを一枚指定して破壊! [罪人たちの歌姫ディーヴァ]を指定!」
ディーヴァの再攻撃を防ぐ方法は残されていた。ディーヴァが場からいなくなればいい。アクスが投げる手斧はリュートの最後の抵抗だった。
だが、千裕はくすりと笑う。リュートが愕然と目を見開いた。
ディーヴァを狙って放たれた手斧が、がきん、と何かに阻まれる。
「やっぱり、セットしていてよかったな。ありがとう、イオ」
リバースバックアップがオープンしていた。それは[聖盾の守護者イオ]である。
「そんな……どうして」
「何故ここまで徹底できたかって?」
アズハの攻撃は防がれたものの、イオによって守られたディーヴァの道を遮るものはない。リュートの手札は0。エドクラは志願兵アーミーであるため、スライドシェルターはできない。
「それは簡単だよ。僕は君のデッキをよく知っている。君のやり方を知っている。君とは何回も戦った」
ディーヴァの攻撃を指示するため、ディーヴァのカードを横に倒しながら、千裕は告げる。
「だって君は、僕の好敵手だもの」
ディーヴァの無慈悲な一撃が、竜騎士たちを襲う。
「まだだ、ダメージコマンド……くっ」
一枚目、ヒーリングコマンド。しかし、ダメージ数が相手より少ない場合、回復効果は発動しない。
「二枚目!!」
出たのは[竜騎士ラゼル]
順番が逆なら、希望はあったのだが。
アミが高らかに宣告する。
「千裕VSリュート、勝者、千裕!!」
「ラヴァン」
涼やかな声と共に、皮膚を切り裂く風がリュートを襲った。




