第100話 リズム
テレビゲームブレイヴハーツが出たのは、確か、昴が八歳の誕生日を迎えたときだ。あの頃の昴は子どもらしい子どもで、誕生日プレゼントは何がいい? と両親に聞かれて「新しいゲームが欲しい!」なんて無邪気に答えていた。
懐かしい。たまたまだったんだ。誕生日に発売になったブレイヴハーツ。昴が唯一、借り物でもなんでもなく、手にしたテレビゲーム。
まだ幼い結芽を連れて、誕生日に父と母が連れ出してくれたショッピングモールで[本日新発売]と貼り紙がされたソフトウェア。父と母は昴がどんなゲームが好きかわからず、好きに選ばせようと連れてきてくれたのだ。
あの頃はまだ事前予約の制度がしっかりしていなくて、発売日当日に購入できるのは奇跡だった。まあ、転売ヤーなども今ほどいない、平和な時代である。
「本日新発売……本日って今日だよね? このゲーム、ぼくと誕生日一緒?」
「そうねえ」
母が無垢な問いかけに微笑む。
「じゃあぼくこれにする! 絵もきれーだし、名前が英語で読めないけど、かっこいい!」
「小さいけど、ここにカタカナでどう読むか書いてあるぞ」
ほら、と父が示した部分を読み上げる。
「ブレイヴハーツ……?」
流行るかどうかもわからない。ありふれたRPGのように見えたそれを、発売日に、自分の誕生日に手にできたことが運命のように思えた。
「えーーーーー!? 純冷と千裕の対戦!? そんなの見たいに決まってるじゃん、どうして起こしてくれなかったの!?」
「あんた寝て三十分も経たないやつを起こすとか鬼でしかないだろアホか」
昴はアミとドラムセットの前にいた。そこで寝ている間のことを聞いたのだ。
ブレイヴハーツ馬鹿の昴はアミが想像した通りの反応をした。こいつはブレイヴハーツをするだけじゃなく、対戦を見るのも好きなのだ。よくいるゲーム好きな男の子、という感じで、アミはまあ、嫌いではないのだが、夢中になりすぎて体調管理を忘れるのが玉に瑕だとは思う。
そんな昴の担当パートは打楽器。一番忙しいパートだ。
ただ、昴にしたのはちゃんと理由がある。魔王も千裕も純冷も初心者に毛が生えた程度の実力だ。アミからすれば。
「はい、これ譜面。パーカッションの譜面が一番骨が折れるのよ」
「わかる。うんうん、なるほど、こんな感じね」
それに対し、昴は。
「じゃあ、アミ、ちょっと歌ってよ」
「気軽に言うんじゃないわよ。スティック落とすんじゃないわよ」
アミがリズミカルに指を振る。ワン、トゥー、と言って、ブレス。
「風よ、草原を吹き渡り
我らを導け!」
ダンダッ、ダカダカダカダカ!
「Brave Hearts and take off
覚悟はいいか?
目指す場所はこの先に!」
ずしん、と体の奥底から響いてくるバスドラムの一拍。手首のしなやかさから来るスティック捌きで成されるロール。曲のテンションに合わせ、どのタムを使うか、ハイハットの射し込み、クラッシュを入れるタイミング。どれも初見とは思えない。つい勢いで先まで歌ってしまいそうだ。
同時にアミは気づく。これね、と。
昴はアミからすると音感はいまいちなのだが、リズム感覚が鋭敏なのだ。おそらく、そのリズム感覚は様々な事柄に応用される。朝起きて、登校して、授業を受け、給食を食べ、といった基本的な生活習慣や勉強をするときのペンでノートに書き込む速度、果てにはカードゲームの流れさえ、リズミカルに進めてしまう。
リズムとは音楽にとって基礎とも言える部分だ。音楽の根底を支えるのがリズム、主旋律はオリジナリティ。スバルはリズム、基礎ができている。何なら、できすぎているくらいだ。
赤属性の炎竜連鎖も竜の友とのコンボも、基礎がしっかりしており、手順を心得ているからこそ繋げられる。パワーアップという素直さが昴の赤属性の強みではない。昴が無意識に行っている、リズミカルさ、指揮能力が赤属性を強くしている。
勿論、他のテイカーも指揮能力はある。純冷は変化への順応が高い。魔王は確固たる個を持っている。千裕は孤独に強い。そういう個性を持っている。
昴はそういう個性を持たない。個性とはオリジナリティだ。基礎がしっかりしすぎていて、基礎の範囲からはみ出る個性がない。それが昴の[将来の夢がない]という悩みの根幹。
まあ、それをアミがどうこう言ってもどうにもならない。昴は中学三年生。アミと同い年だ。純冷やアミが目標に早く辿り着いただけで、昴はまだ悩んでいい年なのである。
まあ、基礎ができすぎているのも一つの個性ではあるが、[将来の夢]、ひいては[やりたいこと]、[なりたいもの]を見つけるには、何か一つが突出していないと難しい。
昴はそれを見つけられる。アミはそう確信している。だって、昴は個性との衝突を恐れず、誰とでもブレイヴハーツをする。だって、昴は異世界から呼ばれたテイカー全員と戦ったのだ。
「アミ、どう?」
「もっと難しくしてやろうかしら」
「ええっ!?」
焦る昴をくすくすと笑いながら、アミは計画する。
アミはもう、歌う以外の選択肢を選ぶことができない。そういう意味では見た目がどうあれ、大人になってしまったのだ。
大人とは、子どもを導く存在だと思っている。個性を見出だせないことで悩んでいる子どもにはどうすればいいのか、アミは知っている。
自分の個性をぶつけてやるのよ。
ぶつかればぶつかるほど、昴は削れて、どういう輪郭を持つかはっきりしてくる。その輪郭を昴が自覚したとき、昴は夢を見つけられる。
誰よりもブレイヴハーツを好きでいてくれる少年へ、Amiからの感謝の気持ちがそれだ。




