第98話 知っているけれど
勝敗が決した。
三十分後。純冷と千裕の頭にはたんこぶができていた。犯人はアミである。
何せ彼らは獣王復活のためのデモライブを控えている身だ。カードゲームなぞに現を抜かしている場合ではない。
デモライブのための新曲の作詞作曲及び編曲を担当し、歌を歌い、各楽器の楽譜を書くのは全てアミである。それがいかに大変なことか。
時間がないので三十分でアミは怒りを収めた。アミはプロなのである。
「いいこと!? どんな理由があろうと、しばらくはこの曲の練習をなさい。次はなくってよ」
アミがばん、と二人に楽譜を突き付ける。純冷はギター、千裕はキーボードだ。
「あと、元の世界に帰ったら、[夢の在り処]のアレンジバージョンを出そうと思ってるの。さっきの演奏は千裕?」
「え、ああ」
「じゃあ後でまた聴かせて。譜面に起こすから」
嵐のようにアミは去って行った。
純冷と千裕は少しぽかんとした後、顔を見合わせて、笑った。
この二人が屈託なく笑うのは、もしかしたら、珍しかったかもしれない。
「アミはすごいね。元の世界に帰った後のことまで、もう考えてる」
「というか、このスピードで譜面を起こすのがまずすごいよな。さすがはAmiというか。面白いやつだ」
まあ、[夢の在り処]を歌った頃はまだ幼かっただろうが……彼女がアイドル、というよりか、シンガーソングライターに近い活動をしていることが驚きだ。
寝ている昴の顔をちら、と見る。
「アミは夢の先を見てる」
「純冷は夢の途中を歩いている」
「……昴はまだ夢を探している。私は昴の夢を手伝いたいと思うよ。お前はどうだ? 千裕」
純冷の問いに千裕はにへっと笑った。おそらく、昴が見たらこう言っただろう。「千裕と裕弥が混ざったみたいな笑い方だ」
「俺も、昴を手伝うよ。俺の夢も、正体も……もう、見つけたから」
先程のゲームで、やはり何かを掴んだらしい。
アミには叱られたが、無意味なゲームではなかっただろう。それだけで今は充分だ。
一方。
ぽーん、と電子ピアノの音が響く。その後に同じ音のベースの重低音がした。
「よかった。音感はあるみたいね。楽譜は読める?」
「おそらく。クロハの記憶が少しずつ流れた中に、五線譜があった」
「そういや、千裕や裕弥と違って、黒羽ってやつは表に出てこないわね」
アミが魔王にベースを教えているところだった。字面がなんともシュールだが、絵面はそこそこ様になっている。黒装束の魔王が黒光りするベースを携える姿は貫禄があった。
ばさくさとするマントを脱ぎなさいとアミに言われたのだが、魔王はマントを魔法か何かで肘くらいの高さまで小さくした。様々な世界を渡り歩いてきただけあり、妥協点を見つけ出すのが上手いようだ。
魔王にはマントを脱げない訳があった。
「クロハは錯乱状態でな。このマントは精神安定の作用があるから、それでクロハの意識を抑え込んでいる」
アミは首を傾げる。
「その体は黒羽のものでしょう? なんであんたがちゃっかり主導権握ってんのよ」
それはまあ、その通りである。
アミは誰が相手であろうと物怖じしない。魔王はその程度のことでああだこうだ言わないが、ブレイヴハーツで魔王と敵対していた者たちが居合わせたなら、さぞ冷や冷やしたことだろう。
魔王は誇り高い死神である。禁忌と倫理を司る世界の死神だ。
これまでたくさんの世界を殺してきた死神。世界を殺しているのだから、それを人に換算したら、夥しい人数になるだろう。それくらい恐ろしい存在なのだ。
けれど、アミにはそんなことは関係ない。異世界組としては、黒のテイカーとして召喚された黒羽が蔑ろにされていることの方が気に食わないのだ。
魔王は悲しげで寂しげで、それらの感情に理解のある表情をした。
「クロハの体の主導権がクロハにあるべきなのは尤もだ。だが、クロハは今、意思疎通ができる状態ではない。側近のクリスティンは一週間話しかけ続けたそうだが、会話が成立することはなかったそうだ」
「で、そのマントであんたを表面に出して、意思疎通できるようにしてるってわけ?」
「ああ。使いどころのないマントだと思っていたが、やっと馴染んできたようだ。スバルに会ったときはまだオレとクロハの意識が混濁していて、どっちが喋っていたかわからなかった」
会話が成り立たないというのは不便である。アミは人と比べたら短気な方という自覚はあるが、短気でなくとも、側近のクリスティンのように一週間も粘ることはできないだろう。
精神を安定させるなんて、便利アイテムもあったものだ、と思ったが、話を聞いた感じでは、すぐよく効く、というわけではなさそうだ。黒羽と魔王の意識が判然としなかった時期があることからもわかる。
魔王は生真面目に、楽譜の音をなぞりながら語る。
「きっと、クロハもオレと波長が合ってしまったのだろう。[白の王]を殺してから、オレはずっと狂ったように泣いていた。唯一の理解者かもしれない人物を自分で手にかけた後悔と罪悪、喪失感でどうにかなりそうだった。というか実際、どうにかなっていたんだろうな。タイミングの妙かもしれないが、タイラントが成した業とヘレナの術が重なって、オレの体にクロハが適合した、もしくはオレがクロハに適合したか……」
音は全部合っている。が、リズムはわからないようで、単音の連なりが続いていく。
「今は遠いが、ずっと、近くでクロハの声を聞いていた気がするんだ。やつも泣いていた。誰かを亡くしてしまったと。自分の手が届かなかったために、失ってしまった、と」
喪失の苦しみと痛み。それが魔王と黒羽を繋いだのかもしれない。それが黒属性の[コールアビリティ]に繋がっているのだろう。
[コールアビリティ]とは、ダウンチャームから盤上へアーミーを呼び戻す能力。白属性のカウンターとは別な意味で厄介な能力だ。
「知っている。知っているんだ。死んだものは還らない」
それでも、願わずにはいられなかったのだろう。アミも、母を亡くしたばかりの頃、悲しくて泣いた。「ママ、どうして死んじゃったの? アミのところに帰ってきてよ」と叫んだのを覚えている。
幼くて、世の理も知らないはずなのに、どこかで母が帰ってこないことを知っていた。そんな悲しい叫びだった。叶わないとわかっていても、願ってしまう願いの一つだ。
それを強く願うのが、世界の死神と呼ばれる魔王なのは、何という皮肉だろうか。
ただ、アミはそんなしみったれたことばかり考えて、じめじめしているような性格はしていなかった。
「あんたのことも、救ってやるわよ、魔王。あたしがたった一つ、誰に後ろ指指されても誇れる[歌]でね」




