加速器を巡るあれこれ
「君は『赤い白樺』を知っているかい?」
反物質研究の第一人者レオンハルト・パウリは助手に話しかけた。
「いえ、知りません。
新種が発見されたのですか?」
学者らしい返事だ。
パウリ博士は
「知らないなら良いよ」
と流す。
しかし、訝しげな助手の様子に
「とある工作員のコードネームだよ。
フリーランスで、誰からの依頼でも受ける。
ただ、依頼を受けるには条件があって、難しくて不可能と言われるもの程興味があるそうだ」
「ふざけたテロリストですね」
「うーむ……テロリストではないな。
スパイらしき事はするが、公的機関から破壊活動ではない仕事を受ける事もある。
テロといえば、以前テロリストが高速列車に爆弾を仕掛けた事があっただろう?
あれを走行中に解体したのが『赤い白樺』だ」
「あれは軍の特殊部隊じゃなかったんですか?」
「表向きはそうだ。
だが、『赤い白樺』の活躍はそれだけじゃないぞ。
標高8,000m級の山岳から、表向き『そこに居てはならない』人が遭難した時に救助したり、軌道投入に失敗した金星探査機を修理したり、とにかく何でも出来るが、困難な事しかしたくない面倒な男だよ。
『万事屋』とか『ΩZ』、つまり『もう後が無い』場合の切り札とも呼ばれている」
「へえ……、そんな奴が実在するんですね。
まるで旧世紀のマンガのようだ。
あり得ない」
「そう、あり得ない。
『青薔薇』って言葉は知っているかね?」
「日本の研究所で作った花ですよね」
「……あの国は風情を科学技術でぶち壊すから良くない。
青い薔薇とは『あり得ない』という意味だったのだよ。
同様に『赤い白樺』も『あり得ない』。
その工作員は、『あり得ない』事程情熱を燃やすようだ」
「はあ……」
助手は納得いかない。
余りにも不条理な存在だからだ。
「まあ、そんなスーパーマンが居るのは分かりました。
そいつがどうかしたんですか?」
「私の依頼を引き受けてくれたのだよ。
さっき『面白い』という返事が来た。
これは承諾の符号らしい」
「反物質研究の第一人者たる先生が、工作員に何を依頼したのですか?
犯罪では無いでしょうね?」
「犯罪だよ」
そう言われて黙る助手。
パウリは笑う。
「ウー・ハオランは知っているね?
悪名高き『戮星計画』の担当者だ。
あの男が、ストレンジレット生成に到る加速器を手に入れるべく、かなり強引な手段を取り出した」
戮星、それは接近するブラックホールに対し、近隣の恒星を人為的に超新星爆発させ、その衝撃で軌道を逸らさせようとする計画だ。
彼等はそれを為す莫大な量の反物質生成を現時点では不可能と判断し、将来実現する為に研究継続としている。
だが彼等には不穏な噂もついている。
ブラックホールへの脅威はあくまでも世間を納得させる口実、実態は反物質の軍事転用ではないか、と。
それが噂だとしても、ウー・ハオランは現実主義者として知られている。
反物質研究の世界的イニシアチブを握りたい、それが世界のエネルギー戦略で自分たちが優位に立つ、それが理由なのだろう。
そしてそれはパウリ博士たちも同じなのだ。
だからこそ気がついていよう。
「それは、我々も必要とし、技術提供を申し出ている事案じゃないですか!」
「そうだ。
ムッシュ梶川は純粋な研究者だ。
これは褒め言葉ではない。
ただ科学技術の発展の為に基礎研究を進めたい、それは科学者としてはピュア過ぎる。
科学技術は時に政治的主導権を握る鍵となる。
あの国とは旧世紀の頃から、粒子加速器や核融合研究で主導権争いをして来たのだが、今に至っても政治のバックアップやセキュリティ対策、軍との連携が無さ過ぎる。
今でも学者の中には『ノートとペンさえあれば学問は出来る』と言う者がいるそうだ。
あの国なりに連携を進め、政治的な保護もしてはいるが、世界のシビアさから見れば実に甘い。
そこをウーに狙われた。
あの男は宇宙物理学者ではあるが、政治家と手を結び利権も得て辣腕を振るう、我々の同類である。
だからこそ排除せねばならない」
パウリは梶川たちを非難する。
彼等はプロト・ストレンジレット生成に、実際に成功したのか計測ミスなのか、確かに不明だ。
しかし、その時点で公表するのが良かった。
研究費不足と嘆いている割に、目を引く成果発表をしない。
慎重なのは結構だが、自分たちから言わなかった事で、研究のイニシアチブは誰が握るのか不透明になったのだ。
自ら主導するよう動けば良かったのだ。
そうしなかった事で、日本には今、多数の機関から共同研究の申し出が殺到している。
自分たちの加速器を使っての研究だ。
他にも、
「核兵器以上に危険な兵器開発に繋がる研究反対」
とシュプレヒコールを挙げる自称市民団体や、
「世界のエネルギー危機を救う技術は、世界で共有するべきだ」
と語る世界主義者たちが騒ぎ出している。
彼等はストレンジレットの実情を分かっていない。
黒幕からしたら、余計な知識がある踊り子等不要なのだし。
ウー局長のみならず、軍事転用しそうな国の機関では、研究員に高額オファーをして引き抜きにかかっている。
全くもって、無防備極まりない。
どうにかしないと。
なるほど、だから工作員に依頼したのか。
助手はそう理解したが、口にはしなかった。
そう尋ねるのが、どこか躊躇われたからだ。
それから数ヶ月経ち、助手はウー・ハオラン失脚の報を目にする。
後見していた政治家や企業を巻き込む大スキャンダルに発展し、「戮星計画」は頓挫する見通しだ。
これに満足したパウリ博士は、欧州連合を動かして日欧共同研究と、機密保持の為に研究をアルプス山脈の岩塊を貫いて作った巨大加速器で行う事を勝ち取る。
梶川准教授は反対したが、危険な粒子を自国では扱いかねる、技術よりも政治的なリスクを回避したい政府が決定したのだった。
「これがラムダ粒子をプロト・ストレンジレットに濃縮し、エネルギーを取り出した……かもしれないやり方か……」
パウリ博士は梶川准教授が泣く泣く提供した資料を見て唸った。
政治的な幼稚さは非難したが、科学力となると侮れない。
梶川准教授たちは、それこそブラックホールの脅威を全く意識していない。
彼等の属する国では
「死ぬなら皆一緒に死のうか。
駄目な時はなにをやっても駄目なのだし。
人間は死ぬ時に悔いを残すような生き方をしていなければ、満足して死ねる」
という死生観があり、ブラックホール対策なんて意味がないと諦観している。
ニアミスしない確率だって高いのだし。
だから純粋に基礎研究をしていただけだ。
研究費も、日本以外の研究機関の目から見たら、大してつけられていない。
だから、既存の技術を組み直し、アイデアと職人技で、とんでもない粒子を発生させるものを作り上げたのだ。
なお、日本には旧世紀から新エネルギーを使うアニメが多数あり、よく見るとそこからのアイデアも有ったりする。
「主導権を握る事に成功した。
あとは基礎研究だ」
梶川が聞いたら頭に来るだろう事をパウリは言う。
梶川たちの研究姿勢は間違っていない。
基礎からしっかり進めないと、危なくて仕方ない。
だから
「安心して研究するなら、主導権をしっかり握っておけ」
となるだろう。
こうして科学とは別口のやり方で研究の主導権を握ったパウリだったが、その栄華は長続きしなかった。
基礎研究を何度も繰り返していて、1年程過ぎた時である。
アルプス山脈地下の粒子加速器で爆発事故が起きた。
それは地震が少ないヨーロッパ大陸で、震度4が観測される程の爆発であった。
パウリ博士のチームは、その爆発現場に居た為、全員死亡しただろう。
現場は危険過ぎて、誰も確認に行っていないが。
パウリ博士の助手は、遥かに離れた場所でエネルギー観測をしていた為、無事である。
その彼は、爆発の時に凄まじいエネルギーが発生した事を記録している。
この記録が、ブラックホール対策の根幹を揺るがす事になるのであった。




