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テーム・マキネン、コードネーム「赤い白樺」、またの名をユクシ・リエッキ、その真実

 ユクシ・リエッキは全ての準備を終え、地球を旅立った。

 関係者だけが見送る。

 地球のほとんどの人類は、これからたった一人で、7,000年後に訪れるブラックホールからの脅威を取り除く為に赴く男の事を知らない。

 名誉欲が強い者なら耐えられない話だ。

 だがリエッキは、そういう事を気にも止めずに、言い残す言葉も無しで出発した。

 誰もがブラックホールまでの「片道切符」だと思っている。


 やがて障害の少ない空間に達し、超光速航法に入る。

 24時間のチャージで3光年より少ない距離しか移動出来ない。

 ブラックホールまでは約1年半の旅となる。

 その間の酸素や食糧がもったいないので、そこまでは冷凍睡眠で済ます。

 リエッキは無表情に、自分の体内に埋め込まれたシャントに生命維持の為のチューブを接続し、薬品が注入されると抵抗もせずに眠りに就いた。

 この冷凍睡眠は、脳の損傷を防ぐ為に適度な活動をさせる。

 肉体は低温で、代謝はほとんどしなくなるが、心臓や脳といった部分は緩慢にだが動いていた。

 脳が動く為、冷凍睡眠中でも夢を見る……。




 テーム・マキネンは、欧州連合フィンランドで産まれた。

 父は会社員兼農家、母は学校教師という共働きで、姉が一人いる。

 彼が子供の頃、重大な出来事があった。

 湖の国、フィンランドの北極圏で遊んでいた彼は、凍結していた筈の湖が割れて、そこに投げ出されたのだ。

 彼はそこで死んでいた筈だった。

 実際、同じように真冬の湖に落ちた子は、低体温症で死んでいる。

 だが幼過ぎたテーム坊やは、顔が冷たい水に触れた瞬間にショックで仮死状態となる。

 水を飲む事もなく、心停止をした事もあり、彼は救助されるまでのダメージを最小限で済ませていた。

 そしてもっとも体重が軽く、また真っ先に救助対象となった幼子が救い出され、懸命な蘇生処置を施された。

 そしてテーム坊やは生き返った。


 しかし、生き返った彼は何かが変わっていた。

 恐怖を感じなくなってしまったのだ。

恐怖喪失(フィアレス)」と呼ばれる状態。

 死ぬ程の体験をした者に見られる精神上の変化である。

 それが分かっていないテームは、意図的に死と隣り合わせの遊びを始めてしまう。

 それを必死で止め、怒り、泣きながら注意する家族。

 成長するにつれ、彼は気づいてしまった。

「自分はおかしい」

 と。


 やがて学生になった彼は、危ない遊ぶをしなくなり、代わりに勉強に打ち込んだ。

 自分が「おかしい」事を確信した以上、あえて危険な事をして周囲を不安にさせる必要はないからだ。

 周りから見れば、成長して落ち着いた良い子になっていた。

 しかし、彼は

(なにか面白い事は無いだろうか?)

 と、ずっと飢えている。

 恐怖を感じないから、生きている実感もない。

 家族や友達からしたら楽しい事をしていても、どこか空虚な感じだ。

 それを埋めるべく、その時目の前にあった「学習」に対し挑んでいった。

 ゆえに彼は、誰もが解けないような難しい問題、解が無いような問題程必死に取り組み、大学入学前には「天才」と呼ばれるようになっていた。

 そのままアメリカの大学に入学。

 専攻は数学だが、同時に複数の学位を取得する優秀さを見せた。


 だが、彼は卒業後に一転し、故郷に戻って兵役に就く。

 彼程の実績があれば兵役免除も可能だったのだが、彼はあえて志願した。

 軍はその経歴からサイバー攻撃に対する部署を用意したのだが、それをこなしつつも、彼は狙撃兵としての腕を磨いた。

 何故狙撃兵か?

 彼は故郷の英雄「シモ・ヘイヘ」の伝記を読み、

「たった32人で、4,000人の敵を押し返した『コッラーの奇蹟』。

 困難な仕事を見事に成し遂げた。

 見習いたいものだ」

 そう言ったという。

 やがて彼は「現代のシモ・ヘイヘ」と言われる狙撃能力を見せるも、彼の軍人時代はついに戦争は起こらなかった。

 そして軍にも飽きた彼は、士官昇進への打診を断り、あっさりと退役する。


 そして彼はアメリカに戻る。

 既に28歳になっていたが、そこから大学院に進んだ。

 6年ものブランクがある学問の世界だったが、特に苦労もせずに復帰出来た。

 彼は大学院では情報システム工学、プログラミングを学ぶ。

 そこで学位を取得するが、博士課程や数学・アルゴリズムの研究分野には進まずに、当時富豪のハワード・オルドリン・マクスウェル3世が求めていた宇宙飛行士に応募した。

 そこで落選したのは既に何度も述べている。

 そして、「テーム・マキネン」という個人の消息はそこで途絶えた。




 ある時、アメリカのとある企業がハッキングを受け、隠していた重大情報を抜かれてしまう。

 またある時、犯罪組織の隠し資金の情報がばら撒かれてしまう。

 このように、ある時期からアンタッチャブルな情報が暴かれる事件が多発し始めた。

 その頃から、裏の世界では凄腕のハッカーの名前が語られ始めた。

「赤い白樺」というコードネームが。

 最初、「赤い白樺」はハッカー、もしくはクラッカーとして有名だった。

 その評価が変わる出来事が起こる。

 ヨーロッパ連合内の核融合発電所へのテロ阻止である。


 非合法団体も一枚岩ではない。

 過激なテロ集団同士も争っていたりする。

 とあるテロ組織が核融合発電所を占拠し、爆弾を仕掛けて政府機関を脅迫した。

 彼等は、ほとんどが廃炉となった核分裂型発電所と違い、核融合型はレーザーなり磁場なりを停止させれば、反応が止まってしまい、放射線も有害物質も発生しない事を知らなかった。

 そんな頭の悪い集団に対し、対立組織が妨害を行った。

 その時、ハッカーとして敵対組織の通信を傍受しながら、狙撃や爆弾解体もやってのけたのが「赤い白樺」である。

 なお、「赤い白樺」にとって敵や味方は無く、ただ雇われた側の為に最善を尽くしただけだ。


 この事件の後、「赤い白樺」の名前は裏の世界だけでなく、表でも多少知られるようになった。

 発電所占拠事件の後、現場調査にあたったレオンハルト・パウリ教授は

「爆弾を仕掛けた側は実に雑な仕事をしているが、解体した側は、発電所の機構をよく理解している。

 例えばここの配線は、切れたらちょっと面倒な事になるのだが、わざわざ保護材を当てて傷つかないようにしながら作業をした。

 これは一体何者の仕業なのだろう?」

 と、謎の工作員に興味を抱いたという。


 ある時、フリーランスである事を知ったとある機関が、ダメ元で「赤い白樺」に作業を依頼した。

 深海に沈んだ機密の処理である。

 断られると思った依頼に対し、「赤い白樺」からの返答は

「面白い、やってみよう」

 であった。

 そしてこれ以降、政府機関や企業、富豪や王族なども、困った事があれば彼に依頼をするようになる。

 その際、彼でなくても出来るような事案は拒絶される。

 故に、どうしようもなく追い詰められ、もう後が無いという意味で「ΩZ」「OmegaZ」という暗号が使われはじめ、それに見合った内容である場合は

「面白い」

 という承諾の返事が来るようになった。

 その内容は多岐に渡る。

「赤い白樺」はハッカー、狙撃手であるのみならず、何でも出来るスーパーマンであった。

 かつて彼と仕事をした者で、彼を嫌っている者は「所詮は何でも屋」と馬鹿にした為、「万事屋(オールマイティ)」という仇名も聞かれるようになる。




 そんな「赤い白樺」「ΩZ」「万事屋(オールマイティ)」はある日突然活動を停止した。

 どう連絡しても返事が来ない。

 誰もが「赤い白樺」は死んだと思うようになる。


 実は本人は日本に来ていた。

 パスポートの名前は「マッティ・ユーティライネン」。

 故郷の有名なエースパイロットの名前を拝借している。

 彼は、日本では全く「仕事」をしなかった。

 ただひたすら、日本という社会で異常発達しているゲームをしまくっていた。

 ゲームの世界には、彼以上の強者がゴロゴロいる。

 そんな者たちと巡り会って、ひたすら勝ち負けを繰り返していた。

「指先の微妙な操作、見倣うべき技術」

 と呟いていたが、ネットワークの向こう側でフィンランド語の台詞である為、ゲームの強者たちは何も気づいていない。


 そして満を持して、彼はつくば市に移動。

 マクスウェル氏の献金もあって、警備が厳重な粒子加速器施設に潜入する。

 まあその程度、彼にとっては温いものなのだが。

「ここが最重要部、そしてあそこに警備システム……」

 全てを確認した後、彼は意図的に発見され、警備員に捕まる。

 身元引受人として、エンリコ・ジョルダーノを指名して。

 そして……。




 ユクシ・リエッキは眠りに就いている。

 如何なる夢を見ているのか、いや、夢を見る必要すら無く、ただ寝ながら何かをシミュレートしているのか伺い知る事は出来ない。

 このような経歴の男が、宇宙における「絶対的破壊神」ブラックホールに挑むべく旅を続けていた。

明日で完結なので、今日は19時にも投稿し、明日2話で終わります。

次が最終章です。

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