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神はサイコロを振ったのか?

 二度目の会合からついに10年の月日が過ぎ、約束の日がやって来た。

 アーサー・ラッセル・チューリングは三度、ブラックホール破壊計画の関係者を集める。

 計画推進のリーダーを、富豪であるハワード・マクスウェルに任せたとはいえ、それ故に中立の立場で会議を仕切らねばなるまい。


(まさかあの時は、ここまでの事になるとは思っていなかった……)

 彼はそう思う。


 ふと考える事がある。

 もし彼等の技術が遥かに低く、何も打つ手が無かったなら?

 彼等だけでなく、人類も幸せだったかもしれない。

 危機を感じても何も出来ない。

 ならば、多くの人たちと同じように外れる65%を信じて、全てを忘れたら良かった。

 何も出来ない事に関わっていても、時間の無駄でしかない。

 更に言えば、宇宙望遠鏡で定点観測するような技術が無かったら?

 人類は何も知らずに安眠していただろう。

 明日死ぬ事を知らぬ者は、それを知る者より心静かで居られるのだから。


 だが、彼等には技術があって、頑張れば何とかなるかもしれない。

 5兆℃なんて高熱を出す方法があるからこそ、今対策しなければならないのか?

 そういう決断を迫られる。

 いや、別に彼が決断をする必要は無いのだ。

 本来は政府機関が決める事だ。

 そう言って国際機関に打診をしたのだが、

「君たちの結論が出ていないのに、我々が決められるはずがない。

 我々は専門家じゃないし、外部の専門家だって、情報不足で何も分からないのだから」

 と逃げられてしまった。


(あの時、思考実験なんてしなければ……)

 そう思わなくもない。

 しかし、事はここまで進んでしまった。

 会議は進めよう。

 かつて梶川教授が言ったように、目的を持った事で捗った技術進歩について聞くだけでも意味があるのだから。




 ウラジーミル・バルクライの「播種宇宙船」チームは、都市レベルとはいかないものの、高層ビルに相当する巨大宇宙船の作成に成功した。

 この程度のサイズでは、遠心力による人工重力は作れない。

 また、循環型の完全自給自足も不可能だ。

 しかし、それを目指した技術の検証機となっている。

 巨大宇宙船とは、そのサイズゆえに強度の問題が発生する。

 姿勢制御するだけで、構造に歪みを生んでしまう。

 そこで強度を増すと共に、スラスターの制御を洗練し、歪まないように全体を動かす事が出来るようになった。

 重厚長大は彼等のお家芸であり、マンパワーと既存技術の組み合わせで堅実な物を作成出来たのである。


 梶川誠一郎のストレンジクォーク研究チームに、エンリコ・ジョルダーノの反物質研究チーム(旧レオンハルト・パウリチーム)が合流し、ラムダ粒子の圧縮で生成されるプロト・ストレンジレットを経て、そこから余分なクォーク2個体を除去する事でストレンジレットが生まれる技術は、大体完成した。

 現在までに、あと一歩でストレンジレットになるだろう。

 中性子一個分の質量の誤差もない、生成中に粒子を制御する(フィールド)を生成する素材は、日本という国の偏執なまでの精密さがあって成せるものだろう。

 そして、発生した一対のストレンジレットに対し、他のバリオンを一方向に射出しながら当てる。

 これにより発射されたビームはストレンジレット塊となり目標を襲う。

 だがこのチームには一個問題がある。

 ストレンジレットの生成は理論だけで、いまだ一度も実行していないのだ。

 当然である。

 地球上……いや太陽系内でそんな危険物質を創るわけにはいかない。

 そして、如何に大型の宇宙船が完成したとはいえ、今後その内部の七割は超光速航法のエンジンが占めてしまう。

 研究の成果で、かつて想定していた全体の九割を占める事からは改善されたが、それでも残った部分が少ないのは否めない。

 そこにストレンジレット生成装置と、射出装置、それらを起動するエネルギーユニットを搭載する。

 頑張って小型化したが、このサイズでは一発発射が精いっぱいだ。

 このストレンジレットを生成・射撃は、あらゆるものが一発本番勝負となるだろう。


 超光速航法と冷凍睡眠は、一度大きな壁を超えている。

 ワープバブルを作って光速を突破する事と、完全に冷凍された人間を時間を置いて復活覚醒させる事。

 特殊相対性理論の壁と、凍結による細胞破壊の壁。

 これを乗り越えた以上、あとはより遠くに、より長くに発展させていけば良い。

 壁を乗り越えるのと、その先を進むのでは、後者の方が圧倒的に楽である。


 そして懸念事項であった「実行者」。

 それが見つかってしまった。

 ピースがほぼ全て揃ってしまった。

 こうして「欠けているものがあるから、自動的に計画中止、もしくは延期で百年後か二百年後の人類に任せるしかない」という逃げは封じられたのだ。




 議論は纏まらなかった。

 明確な推進派は、リーダーであるマクスウェルだ。

 一方、中止派は実は居ない。

 何となく気分的には止めた方が良いようにも思うが、積極的な反対理由が無くなったのである。

 あとは、実行するかどうかの決断だけ。


 そもそもが「今ある技術で、どうにか出来るかな?」という思考実験から始まった。

 参加者も、半分はゲーム感覚で議論に参加していた。

 一見出来そうな感じに纏まったが、

「まあ、今じゃなくても良いね、あと数千年余裕がある。

 方針は立てたから、後は後世の人間が実行するか、より良い方法を考えてくれるだろう。

 先人としての我々は、やる事はやった」

 といって満足し、解散する予定だった。


 彼等全員に、実行しろと決める覚悟が出来ていない。

 宇宙飛行士には課した「結果責任について」が、誰もクリア出来ていない。

 なにより、彼等の中にも

「65%は外れるという確率だし、黙っていれば接近は7,000年後、何もしなくて良いのでは」

 という意識がある。

 東洋のある国のことわざで言うなら

「藪をつついて蛇を出す」

 ような事にならないだろうか?


 積極論のマクスウェル氏だって、確固たる自信があるわけでもない。

 彼は「挑戦が人類を前に進める」という、アメリカ人らしく、企業人らしい哲学で語っているだけに過ぎない。

 科学者の詳細な反論の前には、黙り込みはしないが、言い返す事も出来ない。

 結局結論が出ない議論が、オンライン上で長々と続く。


「ところで、実行者の意見はどうなのだ?

 彼にも意見を聞いてみようか」

 誰かがそう言い出した事で、会議は動き出す。




「俺はやれと言われたらやるだけだ」

 そう言うコードネーム「ユクシ・リエッキ」だが、その本音は

「実行は極めて困難、だからこそやってみたい」

 である為、そんな意見に引っ張られるわけにはいかない。

 しかし、彼はこの場で、重大な発言を2つする。


 1つは

「成功させるには、まだ足りないものがある」

 と言って、「超新星を人為的に作り、爆発でブラックホールの軌道を逸らす」という「戮星計画」のウー・ハオランを復帰させろという発言だった。

 超新星爆発程度で、ブラックホールは揺るがない。

 しかし彼等は、人為的に超新星爆発を発生させる為に、恒星中心核に正確に反物質の塊を打ち込み、中心部の質量消失と重力崩壊をさせる研究をしていたのだ。

 その技術を使わせてもらいたい、と言っている。


(ぬけぬけとよく言う……)

 エンリコ・ジョルダーノは呆れていた。

 亡きパウリ博士の依頼で、反物質研究の主導権を握る為にウー・ハオランを失脚させる工作が成された。

 その実行者こそ、「赤い白樺」を名乗っていたユクシ・リエッキなのだ。

 自分で失脚させておいて、用事があるから復活させろ、とか。

 ウー・ハオランにしたら、頭に来る話であろう。


 それは後日の課題として、リエッキが言った事で事態を動かす重要な事は次のものだ。


「どうせならくじ引きで決めたらどうだ?

 サイコロでも良い。

 議論しても決まらないのなら、運に任せるのもアリだぜ。

 それに、ここでやろうと決めても、政府機関が否定するかもしれない。

 だったら、結論だけはさっさと出しても良いだろう」


 それに引きずられるように、チューリングは抽選箱を用意した。

 くじ引きで決めるなど不謹慎だと、梶川誠一郎なんかは怒っていたが、この時代になっても宗教への信仰心が強い者たちは、どうしても決められないなら神の思し召しに任せようか、という気持ちになっている。

 そして、チューリングは封筒を10個用意し、5個ずつ「実行」「中止」の紙を入れて封をする。

 自分すら分からないようにシャッフルしてデスクの上に並べた。

「どれか選びたまえ」

 とリエッキに促した。

 リエッキは画面ごしに封筒を指定する。

 それを開けると

「実行」

 と書かれていた。

「もう1回試そうじゃないか!」

 チューリングがそう言い封筒をシャッフルする。

 会議参加者はざわつくが、リエッキは意に介さず、再度封筒を指定する。

 またも「実行」。

「もう1回、もう1回試そうじゃないか」

 チューリングはそう言って、三度シャッフルした。

 参加者たちは半分溜息混じりながらも、この成り行きを見守った。

 そして3回目も結果は「実行」であった。


 こうして多少納得がいかない事はあれど、会議の結論としては「実行する」として、政府機関に打診する事となった。


 チューリングが呆然としている。

 マクスウェルが個人的に連絡をして来た。

「10個中5個の『実行』を当てるのは確率1/2。

 続いて9個中4個で『実行』を続けて当てるのは1/2×4/9で確率2/9。

 三回目は8個中3個で『実行』を続けて当てるのは1/2×4/9×3/8で確率1/12。

 つまり8.3%。

 これは神の思し召しと言えるな」

 チューリングは首を振る。

「告白する。

 私は不正をしていた。

『実行』は3枚しか作っていなかったのだ……」

「何だと?」

 つまり3回連続で「実行」を引く確率は、3/10×2/9×1/8で1/120。

 確率0.83%。


「かのアルバート・アインシュタインは『神はサイコロを振らない』と言った。

 意図こそ違うが、私も神はギャンブルをしないものと思っている。

 ならば、この確率は一体何なのだ?

 実行せよというのが神の思し召しなのか?

 神がサイコロを振った結果なのか?

 科学の世界に身を置いている私だが、今日ほど訳が分からない気持ちになった事はない……」


 チューリングの嘆きのように、これは超絶者による意思なのか、それとも単なる偶然なのか。

 ともあれ、計画は実行と決まった。

 まさしく「賽は投げられた」のである。

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