不可能への挑戦
「HALコンプレックス」……それは人類がいまだコンピューターに最終判断を委ねられない理由である。
古い映画での、コンピューターによる「任務の為に人間を排除」という判断をした描写。
その後もコンピューターが核戦争を引き起こしたり、打ち破った人類を夢の中に押し込めながら生体電源として利用したり、人類を守る為には「支配する事」と判断してしまったり、様々な物語が作られた。
それより前、「ロボット」という単語が生まれる事になったカレル・チャペックの戯曲の頃から、人類はいずれ自分が作った機械に滅ぼされる恐怖をどこかに抱いているようだ。
日本では「ロボットを友として対等に扱う」アニメーション文化が20世紀からあるのだが、それでも「コンピューターに全ての判断を委ねた未来都市が、コンピューターの暴走によって地球上の全生命を滅亡させてしまう」未来を描いた漫画も存在している。
冷静に考えれば、コンピューター制御にして自動で起爆する事が良いだろう。
それでも、最後の最後で彼等は機械を信じられなかった。
人類絶滅を積極的に望む人間でない事を見極められさえすれば、いざという時の臨機応変さも、矛盾状態からの脱却も、同じ人間の方が信用出来る。
それがこの計画の引き金を、どうしても生きた飛行士に委ね無ければならない理由である。
それがどんな変人であっても。
さて、ユクシ・リエッキは「引き金」を委ねられる存在たり得るだろうか?
ユクシ・リエッキは宇宙船に乗り込み、冷凍睡眠の為の機器を取り付けられる。
「不安じゃないんですか?」
他人事のように、体にチューブやセンサーを入れられていく様子に無関心なリエッキに、冷凍睡眠担当チームは声をかけた。
どんなに科学を信頼している者でも、この冷凍睡眠は現在進行形の技術、万が一失敗したらという恐怖が、筋肉の硬直となって針の刺さりづらさとして分かってしまう。
しかし、この男にはそういうものが全くない。
不思議に感じて声を掛けてしまった。
「不安じゃないよ。
この技術なら成功する」
「そうですか、信じてくれて嬉しいです」
「特に脳へのダメージを与えない、夢を見せる事で適度に活性化させる。
その脳の危険を検知したらすぐに覚醒させる。
安全装置はバッチリなんだろ?」
「え?」
担当者の手が止まった。
そこまではまだ公表していない。
この脳を適度に活性化させる技術は、同時に暗示を摺り込む手段としても利用されている。
だからこそ、人を洗脳する装置に繋がるから、迂闊に公表しない方が良いと判断された。
それをこの男は知っている。
「……8年前、我々のムンバイの研究所に大規模なハッキングがされた。
しかし、中枢データにアクセスしたハッカーは、その後、それを公表したりして、世間を混乱させなかった。
もしかしたら、貴方があの時の?」
「さあね。
でも、あの研究所のセキュリティシステムは中々堅牢で、皆が手こずっていたって聞く。
そのハッカーにしたら、攻略しがいがあっただろうね」
その回答に、担当者は理解した。
こいつが犯人だったのだ。
だが、その件はもう終わった話である。
今はこの男を眠らせ、その間に「実際にブラックホール近傍で任務にあたっている」と思わせる事が先決である。
リエッキを乗せた宇宙船はブラックホール近傍、実際には木星近辺に到達し、シミュレーターとして動作を始めた。
そして他の同じような選考が始まる。
警報が鳴り
「放射線遮蔽シールド損傷、出力低下。
現状での修理不可能。
300秒後にシールド消滅。
至急対処せよ」
とAIが宣告する。
ここからストレンジレット発射までの時間は早くても400秒。
100秒足りない。
ここで任務を成功させようと焦ってしくじるか、諦めるか、不屈の精神力でシールド消滅後の放射線侵食(と思わされる)に抗うか。
「コンピューター、損傷箇所を提示せよ」
「回答、エネルギー供給ユニットの全損。
バッテリーからの供給のみとなっています」
「コンピューター、シールド出力を50%に変更。
消滅までの時間を延長せよ」
リエッキは命じる。
「出力50%でも、消滅は必至。
500秒後に消滅します。
また出力50%では十分な遮蔽は出来ません」
「実行せよ。
即死を防げたら、それで十分だ」
リエッキは弱体化したシールドで、僅かずつ強くなり始める放射線で皮膚がピリつく(というように感覚操作している)感じを気にも止めず、冷静に作業を進める。
その手順は、焦りもせず、手こずりもせず、順調そのものだ。
そして、第二の罠が発動する。
暗示として仕掛けた「成功するも、それが結果で地球に惨禍を招く」がフラッシュバックする筈だ。
だがリエッキの手に躊躇は無い。
そのまま作業を進め、最終セーフティー解除、実行処理が走る。
あとはコンピューターが最適なタイミングでストレンジレットを発射するだろう。
リエッキは全ての操作を終えると、以前失格となった選考時と同じように、以降は何もせずに黙って計器を見るだけとなった。
やる事は終えた、その先は任せる、とばかりに。
この選考は終わった。
見事合格である。
だが、選考担当はリエッキ自身にしか分からない事を、どうしても聞きたくなった。
「計画成功のせいで、地球の寿命が短くなる」暗示。
あれをどう克服したのか? と。
リエッキはこのように答えた。
「やった事の結果にまで責任は持てない。
何もしなくても、7,000年後に地球が滅亡するかもしれない。
その時、あの時ああしていればと悔やむ事と、今回地球の寿命を短くする結果を招いて、やるんじゃなかったと悔やむ事と、どちらも同じだろう。
俺は任務を成功する事だけに集中し、その結果何が起ころうが、もうどうにも出来ない事として諦めないとならない。
実行まで最善は尽くすが、実行後に起きてしまった事については、もうどうしようも無い事と割り切る。
俺は不可能な任務を可能とする事にしか、責任は持てん」
さて、この選考試験こそクリアしたものの、やはり適任者かどうか議論となった。
確かに結果にまでは責任を求められない。
そうと割り切って、任務にのみ集中するその精神力は素晴らしい。
しかし、余りにも割り切り過ぎている。
そこに少し不安というか、怖さを感じてしまった。
別の疑念もある。
試験官がリエッキに
「もしかして、君はこれが暗示によるシミュレーションだと気付いていたのではないか?」
と尋ねる。
彼は肯定も否定もせず
「さあね」
とだけ答えて笑った。
もし彼がシミュレーターだと気付いていて、だから冷静だったのなら、この試験の意味はほとんどない。
確かにこの回避方法は最適なものなのだが、実際に土壇場で同じ判断が出来るのか?
マクスウェルはこの結果を見て、どこか嬉しそうではあったが、すぐに表情を引き締めて
「諸君の意見は聞いた。
確かにこれだけでは分からないな。
次の試練をクリアしてもらおう」
と皆に告げた。
この時期、マクスウェルが指揮する超光速航法研究は、8年前より相当に進歩している。
以前は72時間のチャージで0.1光年の跳躍がやっとであった。
今は24時間のチャージで3光年弱まで跳躍可能となった。
この宇宙船に乗せて、往復100日の旅をさせてみよう。
「太陽系内では平然としていた宇宙飛行士も、太陽が他の恒星と同じような点としか見えなくなり、自分がどこにいるのか分からなくなるに連れ、精神に異常を来した。
あの男だって、そうなる可能性はある。
見極めないとならない」
こうして以前の「1光年で精神異常となった」人体実験が繰り返される。
今度の目的はヒアデス星団の端にある恒星で、距離は約190光年。
それを一人で往復して貰う。
前回の犠牲を踏まえて、どう頑張っても帰還するまでハッチは開かないようにする。
ノイローゼとなり外に飛び出す事は防げるが、帰還したら廃人を出迎える事になるかもしれない。
あるいは何らかの方法で自殺をし、出迎えるのはただの屍もしれない。
それでも良いだろう。
(あの男は面白い、面白くないで生きている。
万難を排して、ブラックホールに向かって運命の弾丸を発射する引き金を引ける。
そこまでは確認出来た。
しかし、そこまで行き着けるのか?
もし冷凍睡眠が途中で停止して、強制覚醒したら、あの男はたった一人で長い旅路を行く。
見える星座は地球からのものとは全く違う。
しばらくはAI相手に退屈しのぎも出来よう。
だが、それとて限界はある。
誰とも話せない、誰の顔も見ない、そんな孤独に耐えられるのか?
なにより、面白さを求める男が、何も出来ない『つまらなさ』に耐えられるのか?
それを見極めないと……)
こうして第二の試練にリエッキは挑む。
結果は、無事に生還であった。
言動も以前と全く変わらない。
皮肉屋で、物事を「面白い」「つまらない」で語るムカつく男。
何一つ変わっていない。
宇宙飛行はどうだったか感想を聞かれた時、彼は
「ただ決まった時間に飯を食って、眠っていただけだ」
と平然と言ってのけた。
これには試験官たち、なにより試練を与えたマクスウェルさえ驚いた。
そして帰還した宇宙船のフライトレコーダーを調べる。
本当に衝撃だ。
そこには、見ている方が「これは何日目の様子か?」と迷ってしまう程、全く変わらない彼の様子が延々と記録されていたのだ。
彼の一日は、目覚める、健康測定をする、食事をする、計器を確認する、持ち込んだ本を読み、たまに音楽を聴く、体を拭く、就寝するという規則正しい生活を繰り返すだけだった。
AIとの会話も無い。
彼は完全に孤独に耐え、退屈をものともしなかった。
(こんな男が居るんだな……)
マクスウェルは、以前宇宙飛行士選考で彼を落としたのは間違いだったかもしれないと思い直してもいた。
それにしても、よく孤独に耐えきったものだ。
その秘訣を聞いてみたい。
マクスウェルのしつこい問いに、最初は「俺はそういう風に出来ている」とぶっきらぼうに言っていたリエッキだったが、根負けして一部のネタバラシをした。
「『面壁九年』という逸話があるのを知っているか?
禅宗の開祖・達磨は壁に向かって9年間座禅を続けて悟りを開いたそうだ。
ZENは精神修養の為に、アメリカでも習う者が居たよな。
俺も習ったんだ。
心を乱さず、瞑想をし続け、何年でも変わらずに過ごす。
俺は宗教家じゃないから、そこまでは出来ない。
悟りを開く為の習得でもない。
ただ退屈にも飽きず、周囲の事に心を動かされない手段として身につけたまでさ」
マクスウェルは今こそ確信した。
この男以上の適任者はいない、と。




