その男、変人につき
「やあ、ジョルダーノ博士。
会うのは初めてだが、貴方の事は知っているよ」
警察署内の面会所で、逮捕された「赤い白樺」から話しかけて来た。
男は痩せぎす長身で、頬がこけ、無精ひげを生やしていた。
全体的に冴えない平凡な白人男性だが、目だけが異常だ。
どうという事のない灰色の瞳だが、そこからこちらが覗き込まれている感じがする。
なにか全て見透かされているような目つきだ。
「どうしてここに居るのだ?」
それに対し、男は興ざめした表情になる。
「その質問は実につまらない。
貴方はその答えについて、おおよその予測が出来ているのではないか?
答えがYESしか言いようが無い質問には答えたくないな」
ジョルダーノはムっとしたが、
「では聞き方を変えよう。
どこまで知っているんだ?
わざわざ日本まで来て、しかも逮捕までされている。
計画に関与したいのは分かったが、どこまで見た?」
と再度質問した。
男はニヤっと笑うと
「今の技術で7,000年後の危機に対処する。
今やっておかないと、現在の知識で実現可能な最善手でも地球に被害が及ぶ位置までブラックホールが侵入してしまう。
そして技術の進歩はしているが、肝心の操縦士が見つからない。
ロボットや自動操縦の可能性は色々あるが、今はするつもりがない。
飛行士……生きたパーツ候補は……君たちにしたらむしろ見つからない方が良く、それで計画を中止に出来ると考えている。
しかし推進者は諦めていない……」
「もう分かった。
相当見られていたようだな……」
亡きパウリ博士との日々を思い出した。
こんな得体の知れない男が、実在していたとは驚きである。
「では最初の質問に戻る。
どうしてここに居るのだ?
そこまで分かっているなら、アメリカに乗り込めば良いだろう?
それに、マクスウェルは何度も募集をかけていた。
応募する機会はいくらでもあっただろうに」
男はニヤりと笑う。
「マクスウェルさんとはちょっと過去に関わった事があってね。
普通に応募したんじゃ書類審査で落とされただろう。
それと、あの男が困り始めるまで待っていたんだ。
困らないと俺を認めないだろう。
そして日本に来た理由だが……」
ジョルダーノが息を呑む。
しかし返って来たのは気が抜けた言葉だった。
「面白そうだったから。
焦る事もない。
しばらく観光を楽しんでいたのさ。
これは本当だよ。
企業も官公庁もセキュリティがザル過ぎて、遊び相手にもならない。
普通にゲームやアトラクションを楽しんだ方が有意義だった。
俺の知らない事もまだまだ有るな、って思って楽しい数年だったよ」
「数年?
じゃあ、最近入国したんじゃないんだな」
「貴方が日本に移動して研究を続けた。
その年から俺は日本に居たよ。
筑波は遊ぶには退屈だから、東京に居たんだがね」
この男の動向を聞いても、ただ不快になるだけだ。
大分前から様子を伺っていて、丁度良いタイミングで現れる、その時まで計画関係者の努力をよそに、こいつは面白おかしく見学していたのだ。
ならば、さっさと本命の用事に入ろうか。
「君は、マクスウェルが進めているブラックホール破壊計画に参加する意思があるのだな?」
「意思はある」
「理由を聞きたい。
こんな無謀な計画、関係者でも中止になった方が良いのでは? と思っているのだが」
「答えは今、貴方が言った」
「は?」
「無謀な計画だからだ。
そして、ある理由から俺はきっと落とされるだろう。
だからこそ、合格するのが楽しみだ」
「つまり君は!」
つい声を荒げてしまうジョルダーノ。
思い直し、息を整える。
こいつはこういう奴なんだ、動機に怒りを覚えても仕方がない。
「つまり君は、不可能に近い事だから挑戦してみたい。
出来ない事をやる事が面白い。
単に好みの延長で参加をしたいのだな」
「Exactly(その通り)」
やれやれと呆れたジョルダーノだったが、どうやらこの男はアメリカに送った方が良いと感じた。
放置しても良いが、この男ならいつまでも逮捕されたままではいないだろうし、警察の手を離れた後にまた何かちょっかいを掛けて来るかもしれない。
さっさとマクスウェルという富豪の道楽の為に、送りつけてやろうじゃないか。
こうしてアメリカに送られた「赤い白樺」だが、彼を見たマクスウェルは嫌な表情になった。
「誰かと思ったら、テーム・マキネンじゃないか。
宇宙飛行士の選抜試験に落ちた男が、また受験をしに来たのか?
お前のような死ぬ事を面白い、なんて言うような奴は不適格だ」
テーム・マキネン、フィンランド系欧州連合籍人。
彼はかつて、マクスウェルが進める超光速航法研究の宇宙飛行士に応募した事があったのだ。
その時は、実技においてズバ抜けた成績を叩き出した。
アメリカの大学を卒業し、新世代コンピュータ関係の修士号を持つ、経歴的にも申し分がない男だ。
だがこの男は、最後まで諦めずに生き抜こうとする精神を持つか確認する試験で、不適格となったのだ。
絶対死ぬ状況に設定したシミュレーターにおいて、
「所詮これはシミュレーター。
絶対死ぬとインプットされていたなら、確実に死ぬ。
だが、実際に死ぬわけではない。
本当に死ぬなら、それも面白い。
だが、実際に死なない以上、何もする価値がない。
つまらない」
と言って、最低限の操作をした後は何もしなかったのだ。
諦めが早い、生への執着が薄い、真剣に物事を考えない、こういう人間性が見られた為、選考担当は失格とした。
才能はずば抜けていたから、マクスウェルが直々に
「宇宙飛行士はダメだったが、研究チームに残らないか?」
とスカウトする。
しかし、その時のマキネンは
「他の奴でも出来るようなつまらない仕事はしたくない」
と言って、未練も残さずに消えたのだ。
マクスウェルはその時の不快さを覚えている。
「赤い白樺」ことテーム・マキネンは、そんなマクスウェルの心理を読んだように、
「あの時は俺は必要無かった。
俺以外でも問題無かった。
今は俺が必要だろう?
欲しいのは生に執着する普通の宇宙飛行士じゃない。
確実に死ぬ事が分かっていて、冷静さを失わず、名誉も家族への感情も持たずに任務を遂行する人材。
ただの死にたがりではダメで、何が起こるか分からない宇宙で、臨機応変に対応出来る人材なのだろう?」
「お前がそれだと言うのか?」
「さあね。
確かめてみたらどうだい?
一つ言えるのは、今のあんたは俺を拒絶する余裕が無いという事だ。
いくら探しても成り手がいない。
刑務所まで探しに行ったが、自分の求める変人は居なかった。
多分世の中には、俺以上に頭の回転が速く、狡猾で、自分の判断に自信を持ち、誤る事なく実行出来る人間はいるだろう。
俺なんて実は大した事はない男だ。
だが、賢い人たちはこんな無謀な事はしない。
賢者であるが狂人、狂人であるが冷静に判断出来る。
誰もが狂う状態に一人置かれても、もうこれ以上狂う事はないイカれた人間。
狂いきっているがゆえに、一周回って賢人の隣にいるような存在。
世界中探しても見つからなかった。
そうだろう?」
「…………」
マクスウェルは返事出来ない。
言われた内容は不快な事実の羅列だが、その通りである。
かつて自分の夢の研究に対し、未練も残さず去っていった不快な男。
その才能は凄いのに、超光速航法研究を「自分以外でも出来るつまらない事」なんて言った不愉快さ。
しかし、確かに選り好みしている余裕もない。
10年後に進捗発表し、計画推進するかどうかを決める日まで、もう2年を切った。
一度は選考で落とした男だが、その時とは状況も、求められる資質も違う。
「分かった、お前を選考対象に加えよう。
だが、必ず選ばれるとは思わん事だな」
そう言ったマクスウェルに、「赤い白樺」は不敵に笑う。
「もちろんだ。
必ず選ばれるなら、これ程つまらない事はない。
あんたが俺を嫌っている事も込みで、また失格になる可能性が高い。
だからこそ、挑戦してみる価値がある」
「ここでも面白いか、つまらないか、それで判断するのだな……」
「悪いのか?」
「まあ良い。
今必要なのは、適正かどうかだけで、人間性はどうでも良い。
だから、私が過去のいきさつから、あえて不利になるよう手を加える真似はしないという事も覚えておきたまえ、テーム・マキネンよ」
「その名前なんだが、使わないで欲しい。
俺の名前という個人情報から、様々な事が分かってしまう。
俺のような手合いは、手がかりさえ有れば何でも調べるぞ。
現に、俺はあんたの苦戦を知った上で、ここに現れたのだし」
「では『赤い白樺』と呼べば良いのか?」
「その名前も変な意味で有名になってしまった。
新しい名前にしたい。
『ユクシ・リエッキ』、さっさと喋りたい時は『リエッキ』と呼んでくれ」
「Yksi Liekki」(ユクシ・リエッキ)、フィンランド語で「一つの炎」。
この男は、ブラックホール破壊計画を相当に把握しているようだ。
たった一発の炎で、ブラックホールの軌道を逸らそうというのが目的なのだから。
こうして新たな名「ユクシ・リエッキ」を名乗った男は、選抜試験に取り掛かる。




