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人選の困難さ

「なるほど、ミスター・カジカワが言った意味がよく分かった」

 ブラックホール破壊計画のリーダー、ハワード・マクスウェルは現状に頭を抱えた。

 実行役が見当たらないのだ。


 まず彼等は世間から非難されている集団である。

 超光速航法の実験で1名、加速器爆発事故で十数名の犠牲者を出していた。

 さらに爆心地に近いスイスでは放射線被害が出てしまい、研究を主導した欧州連合は批判されている。

 その原因の完全解決もしないまた、研究を次の段階に進めようとしているとは……。

「人命軽視、危険極まりない人体実験をしたいマッドサイエンティスト」

「超光速航法とか未知の粒子とかを手にしてはしゃぐ、『プロメテウス』を気取る愚か者」

「核兵器ですら慎重な扱いが必要なのに、いきなり地球を破壊しかねない粒子を扱う狂人」

「当たるかどうかも不明な、数千年後の危機に今から備える杞憂の人」

「対処不可能なブラックホールという巨大風車に戦いを挑むドン・キホーテ」

「暇を持て余して不可能な事に挑戦したいだけの富豪のお遊び」

 このように辛辣な事を言われている。


 世間的には、彼等の挑戦を「頑張れ」と応援していない。

「出来もしない事、既に多数の死者を出している危険な事だから、やめろ」

 とさえ言っている。


 この状況で、詳細な情報を出さないまま応募をかけた。

 条件として、

「宇宙、特に極限環境下での作業従事経験者」

「量子力学について、大学院卒業相当の知力を持つ者」

「宇宙飛行士もしくは深海潜水艇の操縦資格を持つ者」

 としたのだが、全世界で募集をかけても応募は十数人であった。


 その十数人に、機密保持契約をして、実際の作業について伝える。

「宇宙最強の汚染物質ストレンジレットを生成し、ブラックホールに打ち込む」

「作業は約1,400光年彼方で、1人もしくは2人で作業を行う」

「ブラックホールの至近距離で作業を行う為、放射線被曝が確実にある」

「成功確率は10%を想定、さらに下回る可能性大」

「成功時でも生還は不可能」

 という事を知らされた後、

「やるかやらないかは諸君の選択に任せる」

 とも話した。


……そして全員が「やらない」を選択。

 当然だろう。

 生きて帰る事が出来ないミッションなど、割に合わないどころの話ではない。

 ここまではまあ予想通りだった。

 生還確率0%なんて言われて、「やる」という者は居ないだろう。

 隠していても、いずれ気づく事だ、正直に話した方が問題が少ない。

 そして、この程度の事に気づかないような人間に用は無い。


 何度か募集を繰り返し、条件を説明した結果、たまに1名だけ残ったりする。

 だが、その者も次の選抜で落選となった。




 冷凍睡眠を研究するサラスワティ・メイラ博士は、極限状態を再現する選考方法を考えた。

 それは実際に宇宙船を模したシミュレーターで冷凍睡眠を行い、その際に

「本当にミッションが始まっている」

 と暗示をかけるものだ。

 冷凍睡眠時に脳を完全凍結させない措置と、複雑な機械操作を睡眠学習させる技術が元になっている。

 それをある意味悪用する。

 シミュレーター機の移動場所は木星重力圏。

 ブラックホールが出す潮汐や、強力な放射線を疑似再現するには丁度良い。

 睡眠時の暗示だけでなく、薬物も使用する

「人倫に悖る事は百も承知。

 しかし、私たちの研究は既に倫理を踏み越えた事をしているから、今更躊躇はしない」

 と、メイラ博士は開き直っている。

 実際、地球上の試験だけでは分からない事もある。

 太陽系内ではエリートだった宇宙飛行士が、1光年先まで往復している最中にノイローゼとなり、宇宙に飛び出して死亡する事故を起こしたのである。

 実際に極限環境を再現して、土壇場の人間を見極めないと選考と言えないだろう。


 こうして行われた選考、一人目は虚無的な技術者であった。

 その前にも一人、理想を追い求める科学者が

「死んでも良い」

 と残って選考に参加したが、彼は地球上でのストレンジレット生成シミュレーターで脱落した。

 余りにも興味が実践に勝ち過ぎて、操作するよりも観測をしてしまうのだ。

 操作という技術面で失格となる。

 まあ、彼は彼で梶川誠一郎准教授のチームにスカウトして、ストレンジレットの安定生成の研究に携わって貰う事になった為、無駄な選考ではなかった。


 さて、地上シミュレーターをクリアした虚無的な考えを持つ技術者だが、疑似極限環境での選考で脱落する。

 シミュレーションでは、シールドの故障でブラックホールからの放射線が船内に入り始めるという事態を再現した。

 彼は暗示に掛かり、今は地上を経って数年後、場所は地球から1,380光年離れた天の川銀河中心方向。

 ブラックホールまで数百天文単位。

 重力の影響が出ていて、宇宙船はブラックホールを公転する軌道に入っている。

 自機が影響を受けているのが分かる。

 そしてプロト・ストレンジレットに含まれる不純物の崩壊過程を経て、ラムダ粒子濃縮、ストレンジレット生成という危険な操作を行う。

 そこに警報(アラート)が。

「放射線遮蔽シールド損傷、出力低下。

 現状で修理不能。

 300秒後にシールド消滅。

 至急対処せよ」


 生成操作終了まで180秒、同時に起動を始めた射出装置のエネルギー充填完了が360秒後、移動位置からの諸元入力から発射までの時間を考えると、間に合わない。

 これに対し男は淡々と作業を進めるも、やがてこう呟く。

「まあ、私が死のうが、失敗しようが、分かるのは1,400年後だ。

 その時には誰かが何とかしているだろう」


 彼は死ぬ事は恐れていないようだ。

 それ故に成功への執着も無い。

 失敗しても誰かが何とかする、駄目なら人類皆で滅べば良い。

 結果が分かるのは1,400年後だし、ブラックホールとの衝突も7,000年後。

 どうとでもなれ。


 これでは任せる事が出来ない。

 惜しい人材だが、落選とした。


 続いて試練に挑んだのは、功名心の強い科学者である。

 彼は

「自分が死んでも、それで人類が救われるなら良い!」

 と豪語していた。

 それはシミュレーターが作り出した極限環境でも変わらない。

 良いように思ったが、彼にも問題があった。

「あ、ステップを一個短縮した」

「諸元情報一個、入力ミスしている」

 モニタリングしているスタッフが指摘する。

 彼は焦っていた。

 何としても成功させたい。

 シールド消滅まで300秒、しかし消滅しても機体そのものの防御力によって即死はしない。

 緩慢に死んでいくだけだ。

 だから彼は「急いで作業する事で、死ぬまでにストレンジレット射出を成功させたい」と焦り、いくつかの手順を飛ばしたり、データを斜め読みしてしまったのだ。

 発射は可能だろう。

 しかし成功するかどうかは運任せ、神のみぞ知る。

 彼にも引き金を預けられない。


 第3の被験者は、自己犠牲精神の強い科学者であった。

 どちらかというと神学者のような感じだ。

 敬虔な宗教心を持ち、自分の行為が人類の為になるのなら、という心を持っていた。

 そんな彼は、極限環境でもそのように振舞う。

 命が失われつつある中でも、変わらなかった。

 センサーや、血液循環の管から注入される薬物により、徐々に眠くなって来る。

 つまりタイムリミットが迫る中でも、彼は嬉々としていた。

 しかし、ここで最後の罠が発動する。

 前者はここまで行き着かなかった。


 コンピュータが告げる。

「ブラックホールの自転軸計測完了。

 自転軸線上に太陽系の未来位置を確認。

 強力なガンマ線バースト発生の恐れあり。

 地球への直撃確率88%……」


 ここで彼は挫けてしまった。

 自分が射出するストレンジレットで、ブラックホールの一部を破壊する偉業を成す。

 しかし、これでは偉業にならない。

 宗教的な犠牲精神が強いとはいえ、彼も科学者である。

 光速で放たれるガンマ線バーストは、7,000年後ではなく、1,400年後には地球に到達する。

 1,400光年はこの強力なエネルギー放射において、近距離なのだ。

 自分の行いは偉業ではなく、人類を救う事でもなく、むしろ地球上の生命の寿命を縮める愚行なのだ。

 それに気づいてしまった。

 彼の指は、最終セーフティー解除コマンドをする直前で動かなくなった。

 そして声を挙げて泣き出してしまった。


 彼は、成功が必ず報われると信じていた。

 だが、この未知の所業は反対の結果を招く事だってある。

 彼は結果責任に耐えられなかったのだ。

 そして皆は、彼にもブラックホールへの片道切符を渡さない事に決めた。




「困ったものだ。

 ミスター・カジカワが言った通りだよ。

 地球上探せば、任に堪える人はいるだろう。

 しかし、強要は出来ない。

 志願し、死ぬ事を納得してくれる者でないと送り出せない。

 そして、安心して発射装置を預けられる者は見つからなかった。

 さて、どうしたものかな……」

 マクスウェルの愚痴に、梶川はついポロっとヒントを与えてしまう。

「そうですね。

 神風特攻隊よりもっと酷い命令になりますからね……」


 マクスウェルの目が輝いた。

「そうだよ。

 カミカゼがあった!

 日本の軍人は、必ず死ぬ任務に喜んで従事したんだろ?

 死ぬ事を厭わず任務を行える者、それは軍人だ。

 あと自爆テロを喜んで行う狂信者。

 自殺攻撃カミカゼをやれる者から選考すれば良い。

 あとは、彼等をどう納得させて任務に就かせるかだな……」


 梶川は

(余計な一言だった……)

 と思ったが、もう遅い。

 だがそれでも梶川は、マクスウェルの考えはまず間違いなく上手くいかないと確信している。

(仮に太平洋戦争時の特攻隊の人たちがここに居たとしても、この任務には志願しないだろう。

 彼等は別に自殺志願者じゃなかったのだから……)

今日も19時にもアップします。

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