数値は判断しない、決めるのは人間
「やろうじゃないか」
ブラックホール消滅作戦の前提が崩れた為に、再度呼び掛けて参集したメンバーの中で、超光速航法を開発している富豪のハワード・オルドリン・マクスウェル3世は、明確に主張した。
「呼び掛けておいて言うのもおかしな話だが、拙速に過ぎないか?」
アーサー・チューリングが窘める。
マクスウェルのチームは、2年程前に1光年を目指す強引な計画を実行し、宇宙飛行士を死なせる事故を起こした。
彼は非難を浴びている。
そんな中で、彼の猪突猛進さは鳴りを潜めていない。
「科学には犠牲はつきものだよ。
我々はアポロ1号で3人の宇宙飛行士を失ったが、その後月へ一番乗りした。
ソユーズ1号で墜落事故を起こしたのに、その後数十年使用続けるシリーズへと成長させた君たちなら分かるのではないか?」
マクスウェルはウラジーミル・バルクライに話を振る。
「確かに科学に犠牲はつきものだ。
そこは同意する。
だが勇敢と無謀な違う。
我々は地道に一歩ずつ進む。
君たちのようにそそっかしく、数歩飛びのスキップをしながら躓く愚は侵さない」
都市規模の大型宇宙船を開発し、そこで下手をしたら数十万年旅を続けてでも人類をどこかの惑星に移住させる「播種計画」のリーダー・バルクライは乗って来なかった。
マクスウェルはフンと笑う。
「もし、私が全ての資金を出し、全ての資材を用意し、批判を全て引き受けると言ったら、君は今すぐにでも巨大宇宙船を造るのではないか?
それでも何もしないか?」
挑発気味に言うマクスウェルに、バルクライはやはり乗って来ない。
「宇宙船は造る。
しかし計画は実行しない。
それだけだ」
ノリの悪いバルクライから、マクスウェルはジョルダーノに視線を移す。
「君はどうだ?
確かにパウリ博士の死を悼む気持ちは私にもある。
だが、君はその死を乗り越えて前に進みたいのではないかね?」
ジョルダーノは嫌な顔をしていた。
確かにそう思う気持ちは多分にある。
パウリ博士は、単にブラックホール衝突を大義名分に、同様の研究をしていたチームを蹴落として、自分たちが反物質研究の第一人者になろうとしていた。
本心ではブラックホール衝突なんて数千年後の事など、どうでも良いと思っていた。
しかし、彼は自分自身の名誉欲で動いたのではない。
欧州連合の為に、反物質研究というエネルギー政策を手に入れたかったのだ。
兵器転用しかねない相手や、慎重過ぎて一向に前に進まない相手に任せておけない。
大分偏りはあるが、基本的には人類の為、と思って動いていた。
そんな博士が、数千年後ではなく、下手したら数年後に始めねばならないと事情が変わったなら、どうするだろうか?
その博士の助手で、研究を引き継ぐ事になる自分はどうあるべきか。
そこに意外な声が挙がる。
「やるだけなら、今から始めても良いのではないですか?」
それは慎重居士である梶川誠一郎准教授の声であった。
「ミスター・カジカワ、君がそう言うとは意外だよ」
チューリングが向き直る。
「そう思う理由を聞かせてくれないか?」
それに対する回答は、実に彼等らしいものだった。
「今から始めて、出来る事はそれぞれの技術の向上でしょう。
それを期間を決めて行うのは、メリハリが効いて良い事です。
巨大宇宙船だって、超光速航法だって、実際にやってみないとどこに技術的問題が生じるか、分からないでしょう?
これについては、人が死なないならいくらでも失敗出来る。
最終的に人が乗る前に、失敗しまくった方がむしろ良い。
パウリ博士の件、心よりお悔やみ申し上げます。
そんな中で言うのもなんですが、研究は返してもらいますね。
したくても、もう出来ないでしょう?
本当に不謹慎で申し訳ありませんが、パウリ博士の事故で残したデータ、実に貴重です。
私たちから見れば性急で慎重さに欠けるものでしたが、だからこそ私たちでは得られない結果が出た。
私たちが有意義に使いたいと思います。
なんだったら、ジョルダーノさんも我々と一緒に研究しませんか?
それが亡き博士の遺志を継ぐ事になると思いますよ。
こんな風に、死者が出る事故を起こすのは論外ですが、そうでないなら多少の冒険は必要かもしれず。それには計画実行を前提に準備を始めるというのは、良い目的だと考えます。
さて、準備を今から始めるにあたり、私が危惧している事をお伝えします。
誰がこの任に当たるんですか?
現時点の技術は未確定のものが多く、その実行可否判断を機械に委ねますか?
機械は出来上がれば、良くも悪くも性能以上の事は出来ません。
しかし、人間は違いますよ。
ダメかもしれないと考えても、今ここですべきと判断する事も出来ます。
一方、万事順調でも遅延させた方が良いと、色んな状況から判断する事も出来ます。
こればかりは単純なYES/NO判断ではない。
しかし、人間は脆いものです。
マクスウェルさんの所の事故、1光年の旅程でも人はおかしくなったんです。
地球の運命を背負った判断を、1,400光年彼方で一人狂う事なく出来る人材。
こんなのを探すのは、ある意味技術進化より難しいかもしれません。
だから、選定する為にも一回計画を始めてみないと、ダメだという結論すら出ないでしょう」
チューリングは苦笑いする。
出来っこない、だから実際にやってみろ、今は失敗しても痛くも痒くもないから失敗しよう、そう言っているのだ。
マクスウェルも肩をすくめて呆れている。
だが、一理はある。
問題を洗い出す為には、始めてみるのが良い。
何の為にリハーサルがあるのかと言ったら、流れの中で発生する諸問題を見つけ、実行する人の習熟度を高める為である。
物事を慎重に進めるには、一度ダメ出しする為に通しでやってみた方が良い。
「まあ、ミスター・マクスウェルが資金を出すなら、始めてみても良い」
バルクライがそう言った。
「おいおい、私が出さないとならないのか?」
「さっき、そう言っただろ?」
「あれは例え話だろ」
「だとしても、我々は君が出資する事が条件だ。
百年計画、千年計画だから、私の代で一つの結果を出してみるのも良いだろう。
後任の為の叩き台となる。
だから、金を出しなさい」
フーと息を一つ吐く。
「分かった、出資しよう。
播種宇宙船だけでなく、ここにいる全ての計画は、私の資金で進めてもらう。
だが、条件がある」
一同は。なんとなく言う事が読めていた。
「私をこの計画のリーダーにしろ。
当然だろう?
私の金で進めるのだ。
何かあったら、私が批判の矢面に立つのだ。
私がリーダーシップを振るって何が悪い?」
「別に悪くはありませんよ」
チューリングが一同を代表して返す。
「ミスター・カジカワが言ったように、まずは始めてみましょう。
そして問題を洗い出しましょう。
何年が良いかな、そうだ、10年にしましょう。
長いくらいだが、これくらいの期間はどうしても必要ですな。
そこまでに良い結果が出るかどうか。
そして、10年後に発動出来るかどうか、再評価をしましょう」
自分は何も技術的貢献をしていないのに、この場を仕切るチューリング。
この辺り、貴族の末裔らしいと言うべきか。
「で、10年後に実行可能となったら、やるのか? やらないのか?」
「その時も皆で集まって、皆で決めましょう」
「リーダーである私が決めて良いのではないか?
先ほど梶川准教授が言った、誰がブラックホールを破壊する引金を引くか。
なんなら私がやっても良い」
「高度な技術を制御するのですから、貴方には不可能です」
日本人には珍しく、ハッキリ物を言い、周囲が驚いている。
まあ、ストレンジクォーク研究の第一人者が言うのだ、そうなのだろう。
マクスウェルは大袈裟に「オー・ノー」と言って首を振った。
とにかく、10年後でもまだ仮定の話である。
ダメな部分があれば、発動中止一択だ。
そう思えば、まず「始めてみよう」という日本人の提案は、チューリングの肩の荷を下ろした。
10年後、それを富豪に過ぎないマクスウェルが担ぐと言う。
酔狂な事だが、それならそれで良いだろう。
自分は司会者に徹しようか。
こうしてミーティングは散会した。
「で、どうだった?」
会議が行われた場所とは全く無関係のとある場所。
寂れた雑居ビルの中。
盗聴に気を使った回線で、ある男が別の男に話しかける。
この男は極端な主張を掲げる活動家だ。
高度な科学技術の為の投資や、進み過ぎた産業に金を使うのはやめて、貧民救済に使えという部分はよくある者だが、その目的の為にはテロリズムは必要、それくらいして注目を集めないと人民の目が覚めないとか言っていて、行動の過激さは世界の捜査機関からマークされている。
「アルプスの地震は、5兆℃もの温度を叩き出すエネルギー抽出実験の結果のようだ。
事故を起こしたから失敗に見えるが、目的であるエネルギー抽出は果たしている」
「それでまた、先進国や富裕層だけがエネルギーを独占するのか?」
「俺への依頼には、目的の解釈をする事は含まれていない。
自分で考えろ。
ハッキングは実につまらなかった。
発覚すれば刺客を送られて殺される、ウー・ハオランへの工作の方が面白かった。
今回は、作成途中の論文を読み、そこに書かれていた事を解釈する所だけが面白かったな」
「相変わらず、お前は面白いか面白くないかで判断するんだな。
貧しい人民の為とか、真面目に考えないのか?
崇高な義務感を持ち合わせていないのか?
『赤い白樺』よ」
そう呼ばれた男は、溜息も吐かず、感情を乗せない声で返答した。
「一体それの何が悪い?」
第1章終わりです。
明日17時から第2章です。
明日も2話投稿します。




